その他

君は僕の未来だった

由比医師の朝は早い。と、言っておけば格好がつくというものだが、実際のところはそうではない。年寄りは早起きになるものだが、どうも最近朝起きるのが億劫になった気がする。おそらく若いころに無理をしすぎたのだ。医師になって40年以上、体力に任せて身…

毎週水曜日夜10時から好評放送中

しまった!牧原アヤは夜勤明けのバスの中で、スマートフォンを手に静かに愕然としていた。木曜日の午前11時。昼前の陽光は夜勤明けの人間に厳しい。まるでこの世には日中に勤務する人間しかいないとでも言いたげで、春から夏にかけてならばなおさらだ。体の…

それは追憶になる前の話(杉山三袖「高山右近 細川三斎忠興の追憶」の二次創作)

氏郷は唖然とし、それから間もなく憤慨した。それは隣にいる友人に対してではなく、その友人の話す趣味の悪い噂話に対してでもなかった。それを真に受けて動揺しながらも、期待の眼差しを秘め空想してしまう自分に対しての怒りであった。「しかし、前田様と右…

氷の向こうは晴天

冷たい人間だ。初めて宗景を見た直家の評だ。それはおおかた合っていたし、細々としたところは間違ってもいた。人の目というものは何よりもその本性を雄弁に語るものだ。多かれ少なかれ人の本性とは複雑なもので、単純な人間という言葉こそあるが実際にそのよ…

拝島家騒動

拝島家はここ半月、不穏な空気が流れていた。普段ならば特に笑い話で済むであろう軽い摩擦も、今に限っては古びたタオルで傷口を思いきり擦られるような緊張感をもったものになっていた。一応、明るい話題がないわけではないのだが、その場限りと言った印象は…

出立の日 会田ルリのそれまでとこれから

会田ルリは困っていた。困ると言うほどの事ではないと自分でも思う。しかし困っていた。思い返せば今までの人生の殆どは何か知らかで困っていたと思う。もうすぐ古希だというのに恥ずかしいものだが、うっすらとした困りごとはいつまでもルリに降りかかった。…

海はまだもっと広いはず

嫌いだ。初めて見た時からそう思っていた。この男は絶対に違う、とも同時に思っていた。彼はどこか愚鈍に見えたし、体を大きく見せることでなんとなく圧を演じているだけにも見えた。だから光秀の隣にいるべき器ではないと思っていた。会話も最低限に済ませて…

人でなし

「呆れた」宗景は眉を上げ、川のほとりに座る男を見下ろした。全く何も変わっていない。久しぶりに会って多少は動揺するかと思ったし、宗景も密かにそれを恐れていたが、あっけないほどの穏やかな再会だった。「あなたに呆れられるようなことは何もしていませ…

浦上宗景の娘は母を知らない

芳は母を知らない。世捨人の父は寡黙な男だ。いや、言い方が適切ではないかもしれない。父は……暗い。寡黙というものはただ言葉が少ないだけで、必ずしも暗い人間というわけではないのだが、父の場合はそこに人としての暗さを感じる。父はかつて多くの国衆を…

糸繰草の路を望めども

忠家は頭を抱えていた。確かに忠家は兄である直家に比べたら知恵は回らないし、適切な判断を下すことだって兄よりは難しいだろう。しかし、知恵が回らなかろうと、適切に判断ができなかろうと、人間とは迷うものでありそこに至るまでに悩むことだってあるのだ…

宵闇に嘘を

直家が宗景に呼ばれるようになったのは、登城を許され暫く経った頃だと思う。今思えば、その期間を使って直家を値踏みしていたのかもしれない。口が固く拒まないことは当然だが、重要なのはおそらく男との経験の有無だろう。宗景は直家の反応の一つ一つから、…