蒲生氏郷

ただ、夢に出ないだけ

忠三郎が死んでから半年が経った。世界は一瞬の動揺を見せたが、やがて何もなかったように蠢きはじめ、そのままになっている。別に太陽は何事もなかったように昇ってくるし、月もまた何事もなかったように軽薄に薄雲を纏っている。何も変わらない彼だけが欠け…

たとえ愛が刃なれど

「愛とはなんでありましょうか」忠三郎が突然そんなことを言い始めた。まるで外で遊んでいた子供が、何か面白いものを見つけてきたかのような表情だ。そこには凝りも濁りもない、澄み渡った感情が流れている。そんな彼が聖書にしるされた愛という言葉に興味を…

苧環の運命

出会いは時として運命として付き纏う。主である全知全能の神によって試練を与えられ、人はそれに叶うよう努めて生きるべきだ。これは試練なのだろうか。この出会いは試練なのだろうか。違う。右近が忠三郎に出会ってしまったのは、けして運命という崇高なもの…

I’ll be your home

本当は全て知っていたのかも知れない。自分のこれからを。本当は全て知っていたのかも知れない。与一郎の本当の気持ちを。「お前と恋人同士だったのならどれだけ良かっただろう」「随分と寒い冗談を言う」そのやりとりの虚しさと言ったらなかった。満月が憎た…

【R18】秘灮

今日はどうも右近の様子がおかしいと忠三郎は最初から気がついてはいた。風邪でも引いているのかと何気なく聞いてみたが、本人曰くそうではないようで、昨晩すこし眠れなかっただけだと笑われてその場はなんとなく過ごした。しかし、やはり変なのだ。いつもな…

夕立散らして

忠三郎の生まれた日は、それはそれは天気のいい日だったと聞いたことがある。なんとなく腑に落ちる。晴れた日の午後の日差しに忠三郎は似ている。何気なくそれを家中に話したら、与一郎の生まれた日は季節外れの夕立が激しい日だったと聞いて、それもなんとな…

【R18】どうしても話を聞いてほしいノンケの右近vs絶対に話を聞きたくないバリタチの忠三郎

交流が生まれたばかりの頃、右近が忠三郎に教えの話をすると忠三郎は決まってその話はもう聞きたくないと右近の話を遮り避けてばかりだった。右近としては、忠三郎こそ救いの教えを聞くべきだと思っていた。もちろん彼が仲間になればより一層うまくことが運ぶ…

うたかた

天の御国の使い達は皆その背に鳥のように羽根を持っていると言う。そして自由に空を飛ぶことができるのだ……と、子どもの頃に教わった。当時、彦五郎と呼ばれていたころの右近は、ずっと空を飛ぶ鳥を透かして彼らを夢想していた。空を飛べたら楽しいだろうな…

三十二歳の別れ

「もう終わりにしよう」既に聞き飽きたその言葉に、与一郎は閉じていた目をゆっくりと開く。声の主を辿って視線を投げると、忠三郎はこちらに背中を向けていた。少し苛立たしい。そう言う大事なことはきちんと向き合って目を見て話すものだろう。こんな時にこ…

祈り、のち

眠りにつく前に忠三郎は神のもとに跪く。胸にかけた十字架を手に、何かを呟いて頭を垂れている。与一郎がいても変わらないその習慣は、神秘性をこめて美しくあると同時に、もはや与一郎の嫉妬心を的確に煽ってくるものでしかなかった。忠三郎が何かにすがって…

莫迦げた話

莫迦な話だ。本当に、莫迦げた話。「忠三殿は長生きに向いておりませんなぁ」酒の席でのこと。どうしてそんな言葉が出たか覚えていないが、たしかに皮肉を込めて言ったはずだ。老いて死を待つだけの存在になるよりも、忠三郎という男は若いまま、あっさりとこ…