【R18】秘灮

今日はどうも右近の様子がおかしいと忠三郎は最初から気がついてはいた。風邪でも引いているのかと何気なく聞いてみたが、本人曰くそうではないようで、昨晩すこし眠れなかっただけだと笑われてその場はなんとなく過ごした。
しかし、やはり変なのだ。いつもならばどんなに汗ばむ季節でもきちんと身なりを整えているし、そこにあまり隙はない。右近に対して少なからず劣情を持っている身としてはその方が助かる一方で、少なくとも右近にとって特別な存在であるはずの忠三郎に対してだけは、少しくらい隙を見せてくれてもいいのにとも思う。そう、忠三郎は右近にとっての特別で、逆もまた然りだ。これは二人だけの秘密だが、先日の逢瀬でやっと互いを知れたばかりなのだ。その時に互いに互いを特別だとたしかに言った。忠三郎は耳がいいから聞き漏らさなかったし、何度も何度も聞いたから間違いではない。むしろ何度も聞きすぎて少し苛立った右近が眉間に皺を寄せたのが可愛らしかったことすら覚えている。その時ですらこんな顔はしていなかった。
なんだか寂しそうな、それでいてぼうっとした表情をして、たまに話を聞いていない。右近にしては珍しいと思う。それだけならやはり体調が芳しくないのではないだろうかと心配なのだが、問題はそれだけじゃなかった。
「右近殿……その、少しばかりお顔が近いです」
「おや、すみません……私としたことが」
おかしい。こんなことがあるわけがない。右近は元来他人との距離を広めに取る人間だ。本人に特に悪気はなく、純粋に人に触られたり触ったりすることが苦手なだけであることは周知の事実だ。それがどうしたことだろうか、顔どころか、なんだか全体的にとても近い。これに気がついた時は、右近が遂に忠三郎に対してその苦手意識を払拭したのかと少しだけ喜んでいたのだが、どうもそれは勘違いだったようだ。
「高山殿、やはりお加減がよろしくないのでは……」
周りの者だってそれは心配するだろう。
「右近殿、少しこちらへ」
「あ……」
そのとき初めて忠三郎は右近の手首を掴んだ。手から肘にかけては特に触られたくないと言うので我慢していたが、それを破ってでも右近をこの場から連れ出したかった。
人のいない場所を探すと、心配して着いてきたそれぞれの側仕えにこう言った。
「心配ない、このことはけして他言するな。誰も来ないようにしておけ」
へたり込んでしまった右近を訝るように見ていた彼らだったが、忠三郎のただならぬ様子に気圧されたのかすぐに散っていった。
人の気配がなくなるのを確認していると、変わらず右近の手首を掴んでいるはずの右手に何か温かいものが触れる。視線を右近へ戻すと、何を思ったか右近は自らの手首を縛めている忠三郎の手にその唇を押し当てていた。流石に動揺して思わず右近の手を離すと、彼は忠三郎の右手に手を添えて、ちゅ、ちゅと愛おしげに口づけをする。彼の吐息が荒いのが、手に直接伝わってむずむずする。どうしていいかわからないでいると、右近は忠三郎の無骨な指をためらうことなく咥えた。
「え、あの……右近殿……?」
右近は忠三郎が呼んでも応えることなく、その指に吸い付いている。右近の口腔内は熱く、その舌がぴとぴとと指にまとわりつくたびに、忠三郎は右近に絶対にさせてはいけないことを夢想してしまった。
「だめです、右近殿」
指を少し曲げ右近の口を無理矢理開けさせると指を引き抜く。右近の舌と忠三郎の指を唾液が糸を引いて繋がっている。あまりに扇情的だ。こんなもの、右近らしいとか右近らしくないを通り越している。
右近の体を抱きしめると、瞬間小さく上擦った声を上げた。ふう、ふうと呼吸音が近くなる。
「大丈夫ですか」
「は、はい……ん、忠三郎殿……もっと……」
すり、と体をすりつけるなんて初めてだ。いや、先程からされてることされてることほとんどが初めてなのだが。無論、性的に積極的な男を抱いたことがないわけではない。だが彼らの間には言葉がある。右近にそれがあってもそれはそれで困るが、本質的に何かが違う気がする。心配すると同時に、心の底から惚れている彼のこんな甘えたな様子に忠三郎も何かおかしな気持ちになってしまう。どういう形であれ、もっと、と惚れた相手に言われたら応えたくなるものだ。忠三郎は右近の体を撫でた。衣越しでもわかるほど彼の体は熱を帯びていたが、それ以上に驚いたのは撫でられているだけのはずの右近がまるですでに抱かれているかのような声をあげ、身を捩らせたことだ。たまらず忠三郎はその衣を剥ぎその白い肌を露わにさせる。この前やっと初めて男を知ったばかりの肌は、薄桃色に上気して忠三郎を誘う。誘われるまま、彼を床に寝かせ覆い被さると、右近は忠三郎の背中に腕を回しぎゅっと抱きしめてきた。熱とわずかな湿り気は汗によるものだろうか、首筋の傷痕に唇を押し付けるとひゅっと息を吸い込んだ音がした。顔を上げ右近のうすら赤い薄い唇を塞ぐと、その口腔内や吐息も普段より熱く感じられた。
「ん、んん……っふ、ぁ…」
ぴちゃぴちゃと音を立ててする口吸いはさぞ浅ましいだろう。あまり右近相手にしたいものではなかったはずなのだが、その体がびくんびくんと震えるのを見て少しばかり悦に浸ってしまう自分もいるのだ。
胸元を見ると、触ってもいないはずの乳首が赤く熟れている。まるでこの指に弄られるのを待っているかのようだと思って、指で軽く撫でる。
「あ、あっ……」
先日触った時は多少くすぐったがりはしたもののいまいちピンときていない様子だったはずなのだが。いや、その時に意地になって触りすぎたせいかもしれない。人差し指と中指の間でその小さな乳首をきゅっと挟みながら胸全体を揉むように動かすと、与えられた刺激に素直に体が応え、その唇からは熱い吐息とともに色のある喘ぎ声が漏れる。
舌で乳首を突き、ちゅっと吸うとびくりと肢体が跳ねた。
「ひゃっ……」
「気持ち良いですか?」
前回はそう聞いても微かに頷くだけだった右近が、頬を染めてこんなことを言う。
「きもちい、いです……んんっ、もっと……」
抱きしめた体はまだその快楽にうち震えているようだ。忠三郎の頭を抱えるようにしてせがむように胸を押しつけられるのは悪い気はしない。しばらく右近の胸元を赤子のように吸っていた。右手でその腰を撫で、下帯に手をかけ、その肌をあらわにする。はあはあと吐息を漏らし新たな快感を迎えるように右近が僅かに脚を開いたのがいじらしく感じられ、もう一度唇を奪った。
「触っても良いですか」
忠三郎の言葉に、右近は一度頷く。腹から下腹部をなぞると、その愛おしい喉元がきゅっと締まり息を飲み込むのがわかった。
「ひゃ、ぁ……」
一度でも絶頂すれば彼も落ち着くかもしれない。そう思って何度か扱く。右近の体がびくびく震えるのは扇情的であるがそれ以上に気の毒でもあるのだ。しかししばらくすると右近は忠三郎の手をその指で少し触り、ふるふると首を横に振った。
「嫌でしたか……?」
そう聞くと、また首を横に振る。はふはふと息を漏らしている彼の言葉を待つ。すると右近はこんなことを言い始めた。
「あの、あの……飛騨殿が……」
ほしい。
その消え入るような言葉に忠三郎は少しだけ真顔になってしまった。右近は相変わらず顔を赤らめ、熱に浮かされたようにしている。普段ならば絶対に言わないであろう言葉が、どれだけ忠三郎の心を掻き乱すのか彼自身は気が付いているのだろうか。
何故か試されている気がして、忠三郎は扱いていた手をゆっくり下ろし、戸渡をつと指で撫でる。
「あっ……」
息を呑んだ右近は、これから何をされるかわかっているはずだ。後ろの窄に指を押し込み、ぐにぐにと指を動かして前回見つけた好いところを探す。あ、あ、と小さく喘いでいた右近だったが、少しだけ深いところにあるそこをつつくと悲鳴にも似た声を上げ背中をわずかにのけぞらせた。体をくねらせ快楽を享受するその全てが刺激的だ。忠三郎も右近の体を案じて我慢していたが、もうそれも難しい。頃合いを見計らい、自らの雄を右近の窄にそっとあてがう。はあはあと息を漏らしながらそれを見ている右近の眼差しに少しだけ期待の色が見えて、忠三郎はそれだけでどうにかなりそうだった。前回は少し挿入に苦労した。当然、男を知らない体なのだからとわかってはいたし、それはそれで興奮したが、今回はそれを思うと不思議なくらいすんなりと忠三郎を受け入れた。
「あっ……あ、あっ……」
熱くうねる内部がぎゅっと忠三郎を締め付ける。不安を与えないように体を右近の体を抱きしめ乱れた髪を撫であげる。汗ばんだ白い頬はすっかり上気し、朱を垂らしたように染まっている。視線が合うと少し恥じらうように俯くので、意地悪なことはしたくないのだが、つい顎を捉えてしまう。
「昨晩眠れなかったというのは……こうされたくて、我慢できなかったのでしょうか?」
「……」
顎がかすかに動き、頷こうとしているのがわかる。漏れる吐息すら愛おしい。
「可愛らしい……口吸いをさせてください」
忠三郎は常に右近の返事を待っていたが、返事を待てなかった。合わせるだけの口付けから、舌を絡ませて、唇を食み、歯列をなぞり……全てを奪うような、いっそ浅ましいことを右近相手にするとは思っていなかった。
「ん、う……っふ、あ」
細い体を抱きしめさらに深く求めると、右近の体が反るようにひくつく。上擦った余裕のない声が好ましい。普段の彼を知っているから尚更そう思うのかもしれない。口づけによって余計に感度が上がるのか、右近のそこは強く忠三郎を締め付けた。たまらず忠三郎もお返しとばかりに右近の雄を優しく扱く。
「あっ……ぁ、あっやぁぁ……」
与えられる甘い感覚に右近が身を捩り喘ぐ。
もっと、もっと繋がりたい。そう思って右近の体を少し横向きに寝かせる。離れてしまった忠三郎の胸元を惜しむように右近の指先が掠めた。
「苦しくないですか……?」
「ん、ん……大丈夫です……ひ、飛騨殿……もっと……」
その言葉を了承と受け止め、忠三郎はより深いところにぐっと雄を挿し込むと、右近の好いところをとんとんと押すように腰を動かす。同時に右近の雄も少し強めに扱くと、右近は再び仰反って善がった。
「ひゃっ……あ、あっ!」
震える太ももをひと撫でする。しっとりと汗ばむその皮膚が、いや、この愛しい魂が作り出した造形全てが忠三郎をおかしくさせてしまう。思わず何度か声が出そうになり、本当におかしくなったのは右近ではなく自分ではないだろうかと何度も考えたが、忠三郎自身もまた快楽に溺れ、結局これといった答えは出なかった。
右近が一際大きな声をあげた。
「あっ……!」
それから……互いに何度絶頂を迎えただろう。気がつけば日が暮れようとしている。真昼から一体なにをしているんだと忠三郎は朧げに思った。
誰かしらかが様子を見に来るのではないかと心配したが、先ほどの忠三郎の剣幕に何かを悟ったのか誰もこなかった。
右近は忠三郎の隣で臥せている。たまに聞こえる吐息とも寝息ともつかない静かな音すら愛おしいが、そろそろ起こしてやらないといけない。それに……忠三郎は危惧していた。初めてではなかったとはいえ、まだ経験のない右近を手酷く抱いてしまった。いくら右近の誘いだったとは言え……彼の尋常ではない状態をいいことに、この体を良いように抱いてしまった。
「右近殿……」
そう言ってそっと肩に触れる。びくっと体が揺れ目を開けたので少しどきりとしたが、右近の頬にもうあの朱はない。むしろ少し青ざめたような……何かに怯えるような顔をしていた。右近は忠三郎と自分の体を何度か交互に見ている。
「あ、あの……私は……その……」
「右近殿?」
「……幻滅、させてしまったかもしれないですね……」
そうして右近が話し始めたのは、少し驚く話ではあった。初めて関係した晩から、忠三郎のことを想って眠れない日が何日かあり、こんな風に体が火照ってしまうことが何度かあったそうだ。だから今日、忠三郎と会うのが嬉しくもあり怖くもあったと言う。あまり眠れなかったとは言っていたが、よく聴くと一晩まったく眠れなかったらしい。
眠らないと人は大胆になると言うが、もしかしたらそんなこともあるのだろうか。わからない。何か薬でも盛られたのではないかと思ったが、そんな都合のいいものがあるわけがない。
ただ、なんにせよ原因はもう何でもよかった。忠三郎はこう返す。
「幻滅もなにも、むしろ……私はてっきり自分ばかりが貴方を好きで、そこまで想っていただけているなんて知りませんでした……」
前回は緊張と右近への心配が混ざってしまっていたが、もしかしたらそれは却って右近を焦らすだけだったのかもしれない。わかってはいるが彼だってれっきとした人間で、欲のある男なのだ。だからといって彼をふしだらだとは思わない。むしろ愛しさは増すばかりだ。こうした姿を忠三郎にだけ見せてくれたのだろうから。
互いに汗をかいた体を拭くと、右近は居住まいを正し忠三郎も倣った。少しだけ沈黙が流れたが、ぽつりと右近がこう呟く。
「周りになんて説明したらいいでしょう……もうこんな暮れてしまって」
困ったように笑う右近にそっと寄ると、静かに抱きしめる。先ほどの浮かされるような熱はもうないが、確かに温かいその体の熱を感じていた。右近は少し驚いたようだったが、やがて忠三郎の背中に腕を回し抱き返してくる。
「秘密にしましょう……何か聞かれても、私と右近殿だけの、秘密に」
絞り出すように言葉を漏らす。離れがたいが、いつまでもこうしているわけにはいかない。だからせめて、何もかもを二人だけの秘密にしておきたかった。
忠三郎の胸の中で右近がふふ、と笑う。
「飛騨殿は存外、可愛らしい人ですね」
「そんなことは……」
「わかりました、秘密にしましょう……飛騨殿」
そうして右近は忠三郎に触れ合うだけの口づけをした。忠三郎が呆気に取られていると、くすくすと笑いこう言う。
「やはり、可愛らしい」
それから何度か忠三郎は右近と秘密の関係を何度か繰り返したが、この時ほど乱れる右近はこの一度きりだった。