創作戦国

毒の豪雨

雨が降っている、それも大粒の雨だ。声を押し殺し与一郎の指の動きに意識を尖らせ、与えられる甘やかな刺激に耐える右近を見かねた天の情けなのか、それとも罪人を裁く鉄槌なのかは知る由もない。「この土砂降りだ、きっとあなたの声なんて掻き消えてしまうで…

ただ、夢に出ないだけ

忠三郎が死んでから半年が経った。世界は一瞬の動揺を見せたが、やがて何もなかったように蠢きはじめ、そのままになっている。別に太陽は何事もなかったように昇ってくるし、月もまた何事もなかったように軽薄に薄雲を纏っている。何も変わらない彼だけが欠け…

野の百合のいかに育つか

ついに出立の時が来た。もう二度とこの国には戻ることはないだろう。目の前には秋の青空がただ何も言わずに微笑むばかりで、これからの旅立ちを示唆しているような気がした。……全て無駄だったとは思わない。右近を知る者は彼の追放を仕方がないと納得させて…

獅子の妹は虎

とらは昔から兄に憧れていた。いや、言い方が悪い。……昔から、兄が憎かった。男の兄が憎かった。もしも兄を殺して自分も死ねば来世は男に産まれられるというのなら、とらは喜んで兄を殺して自分も死ぬだろう。それくらい、男である兄を、そして女である自分…

きれいな石の恋人

思えば自分を見つめるあの黒い目は黒曜石でできていると思う。真珠でできた肌の下、手の甲から腕に広がる血管は翡翠でできているのではないだろうか。そしてそこに流れている血は柘榴石がひときわ赤く輝いては溶けているのだ。そうだと思うと合点がいく。この…

見知らぬ共存者

明智光秀が生きているという噂は、忠興をそれなりに動揺させた。直接その噂を聞いたことはない。きっと皆、忠興が彼の娘婿なことを気にして接しているからだろう。しかし、それでも耳に入るのが噂というものだ。そういうこともあって、ただの悪趣味な噂にすぎ…

【R18】雲を霞と、散りうるもの

「教えを棄てないのならばここで死ね。それすらも拒むのならば、お前の目の前で子供たちを一人ずつ殺す」それは自分でも笑ってしまうくらいの稚拙な脅し文句だった。こんなことをしたところで、彼女の父親は変えられないし、それらに惹かれる忠興が変わるわけ…

【R18】どうしても話を聞いてほしいノンケの右近vs絶対に話を聞きたくないバリタチの忠三郎

交流が生まれたばかりの頃、右近が忠三郎に教えの話をすると忠三郎は決まってその話はもう聞きたくないと右近の話を遮り避けてばかりだった。右近としては、忠三郎こそ救いの教えを聞くべきだと思っていた。もちろん彼が仲間になればより一層うまくことが運ぶ…

うたかた

天の御国の使い達は皆その背に鳥のように羽根を持っていると言う。そして自由に空を飛ぶことができるのだ……と、子どもの頃に教わった。当時、彦五郎と呼ばれていたころの右近は、ずっと空を飛ぶ鳥を透かして彼らを夢想していた。空を飛べたら楽しいだろうな…

三十二歳の別れ

「もう終わりにしよう」既に聞き飽きたその言葉に、与一郎は閉じていた目をゆっくりと開く。声の主を辿って視線を投げると、忠三郎はこちらに背中を向けていた。少し苛立たしい。そう言う大事なことはきちんと向き合って目を見て話すものだろう。こんな時にこ…

たとえ愛が刃なれど

「愛とはなんでありましょうか」忠三郎が突然そんなことを言い始めた。まるで外で遊んでいた子供が、何か面白いものを見つけてきたかのような表情だ。そこには凝りも濁りもない、澄み渡った感情が流れている。そんな彼が聖書にしるされた愛という言葉に興味を…