そういえば、忠興には心当たりはあった。ある時光秀に声をかけられ、振り返ると……彼はとても悲しそうな顔をして、こう言った。
「いや、なんでもなかった。すまない」
そんなことが幾度かあった。気にしないようにしていた。いつも彼はどこか寂しそうに、泣きそうな顔をしているのだ。光秀のそんな顔を見たくなかった。泣きたいのはこっちの方だと思えばよかった。だから忠興は何故か後ろめたさを覚え、再び目線を戻して唇を真一文字に結ぶことしかできなかった。
暫くして、光秀がああいう死に方をしたから、きっとそれを憂いているのだと思っていた。もしかしたらこの義父は自分が仕掛ける戦が負け戦であることを知っていて、それに巻き込まれるであろう娘婿を案じていたのかもしれない。そう思っていた。だから光秀は信長死後、藤孝と忠興が彼に従わなかったことに腹を立てたと言っていたのだと。
だが、今思えばすべて違ったのだと思う。
光秀が何を望んでいるのかも何を求めたのかも、忠興はいっさい知らなかった。知っている気でいたのは、きっとその後のことをいたずらに知ったからだ。光秀が本当は怒っていなかったことも、ただ凪いだ心でこちらを見ていたことも、なにも知らなければよかった。知ったところでどうにもならない。重なった運命はもはや忠興の意思では到底剥がせない。
本当ならばそんなもの、この体が産んだ魂を否定してでも捨ててしまえばよかった。この身が滅ぶとしてしても、怒り狂って拒否すればよかった。
「結局俺は、父の身代わりか」
「そんなことありませんよ」
そういう義父の穏やかな顔の奥にある寒々しさにどうして怒れないというのだろう。