江戸幕閣

大久保忠成が阿部忠秋の悪戯を松平信綱越しに嗜める話

特別腹を空かせていたわけではない。忠秋は多少人より恰幅が良いが、それとこれとは別問題だ。同じ仕事をしている人間の困った顔を見たかっただけで、それ以上の理由はない。それに、自分のことを甘え上手とは思わないが、事実として年上に可愛がられてはいる…

小火の炉

「私相手では面白くはないでしょう」長い仕事がようやく終わり、少し話し込むきっかけがあった。信綱は利勝が酒を用意するのを見て、素直に眉根を寄せそう言う。晩冬、まだ寒さの抜けきらぬ夜の事、利勝は笑いながらぬるく温めた酒を口に運ぶ。信綱は酒を呑ま…

馬鹿な火事

彼の死は正しくなかった。思えば、彼の父だって地震に巻き込まれて死んだのだから正しくは死ななかったと思う。加賀爪忠澄が死んだという事実を細川忠利は病床で知った。昔から体が弱かったから、少し風邪を引いたと思っていたのだが、どうもこの命の火もそろ…

我が左手

この手は結局何を守ったのだろうか。忠勝は、己が手を見ていた。分厚い手は歳をとるごとにごつごつしだし、硬くなった皮膚は木の皮のようだ。将軍家光は、忠勝のことを自らの左手と称した。彼の死後、遺された幼い将軍を守るのに奔走したこの手は、もはやその…

【R18】ひたかくし

ぱちゅ、ぱちゅ、と卑猥な音を立てて体のぶつかる音が微かに響いた。必死に声を殺しているが、最近なぜか声を我慢することが出来ず、後で肝を冷やすことが増えている気がする。「ん、ん……っあ、あっ」与えられる快楽を吐息に込め、忠利の体をぎゅっと抱きし…

うずらと不思議な孤児の話

「鶉を全て手放したそうじゃないか」信綱の言葉に忠秋は顔を上げた。仕事中に珍しく雑談を振ってきたと思ったが、その内容だって仕事がらみだから特段忠秋を面白がらせるものではなかった。彼の言う通り、忠秋は先日まで大量に飼育していた鶉を手放した。自ら…

雪に変わった雨は涙の粒

いつまでも続くかなんてそんなことはわからない。長雨だと思って眺めていたら通り雨だったことなんていくらでもあるし、それが雪に変わることだってあるではないか。ただ一つ言えるのは、必ずそれは終わるのだ。悲しくもあり安堵もある。信綱はなぜ悲しく思っ…

問と解

例えば信綱が問いを発するとする。彼は聡く様々なものに問いを見つけては、何故そうなるのかと訊くのだ。人から見たらそれは彼自身の人間性を疑うような行為かもしれないが、それを信綱が理解したところで、納得し止めることはない。そうすると、今度は忠秋が…