こんなことになるならさっさとフォルトゥナに帰るべきだったとネロは今更後悔した。
ダンテの事務所に滞在し三日経つ。
久しぶりなんだからもっとゆっくりしていけとダンテが言うので、まあ叔父と甥の関係なのだしそれくらいはするべきかと思ったのがそもそもの間違いだったのかもしれない。
事務所に住んでいるのがダンテだけならばそれでよかったのかもしれない。しかし今に関してはそうではない。ダンテはあの事件の後、Vと二人暮らすようになったのだ。まあそれに対してネロは異論なかった。フォルトゥナに連れて行きたかったかと言われれば微妙なところだったし、ダンテの提案にネロは頷くことしかできなかった。
問題はそのVのことだ。
「ネロ…」
彼が自らの父親の断片だと言うことは聞かされている。始めは憤ったし、混乱もしたし、それなりに複雑だった。だが一度フォルトゥナに帰りキリエ達に事の顛末を話してみたら、自分のルーツを知ることの少しばかりの喜びに気がついたのだ。
ずっといないと信じていた血縁というほの暖かい存在。全てではないにしろ、Vはその一部だということは、もしかしたらとてつもない奇跡なのではないだろうか。
だから、きっと再び会えれば、それは嬉しいと思うのではないだろうかとすら思っていた。楽観的だと我ながら思う。だが本当にそう思っていた。
しかし現実は無情だった。やはり会えたら会えたで複雑なのだ。Vを嫌いにはなれないが、彼が行ったことを…それはけして彼そのものが望むものではないにしても…赦す気にはまだなれない。時間が解決するとダンテは言うが、そのダンテも彼…バージルを、まだ完全には赦してはいないとネロは思う。
そしてそんな複雑な状況はさらに複雑化している。それもV自身によって。
「ネロ…」
あれだけダンテのそばから離れなかったVが、昨日あたりからネロにやけに近い。パーソナルスペースというものを知らずにいるのか、こちらはわざとVが寄ってこないようにソファの真ん中に脚を広げて座っているのに、無理矢理隣に座って来ようとしたりする。
よく懐いた飼い猫が甘えるような仕草に、少しだけ心がざわつくが、あくまでネロは平静を装う。Vの体から香る甘いそれが、存在しないはずの懐かしさを掻き立てる。
「やめろ…お前も大概でかいんだぞ」
「隣にいたい」
「なんでだよ」
「ネロのことが好きだから」
至極当然とでも言いたげなVにネロは内心頭を抱える。
Vの癪に触るほど細い腰や、それでいてシルエットを強調する肉付きの良い尻や、妖しげに挑発する唇に何も感じなかったといえば嘘になる。むしろそれらはネロの若さを刺激するのに十分すぎる威力を孕んでいた。
しかしここでその誘いに安易に乗れるほどネロは軽くなれない。素行がいいとは自分でも思わないが、そういう種類の素行の悪い人間はとても好きになれない。
Vはそんなネロの顔をなぜか嬉しそうに眺めていた。好きという言葉にも色々とあるだろうが…明らかにそれは父と子のそれから逸脱している。もしかしたらそれすらVにはわからないのかもしれない。そう思うと無闇に否定するのも違う気はするにはするが、だからといって、呼応するように俺もお前のことが好きだと言ったらなんとなくいけない気がする。
「ネロは俺のことが嫌いか?」
首を傾げたVがそう問う。その表情はやや不安げだ。その顔はやめてほしい。なんだか心の底にあるよくわからない何かが騒つくから。あまつさえそれを近寄せるなんて以ての外だ。ネロの体にその身を預けようとするのをなんとか手で払いながら答える。
「いや、別に嫌いじゃねえけど」
「好きか?」
「お前なんでそんな極端なんだよ」
怪訝な顔をするVにその顔はむしろ俺がしたい顔だとネロは思った。
大真面目な顔をしてどういう思考回路をしているんだ。もとからわけのわからないやつだとは思っていたがここまでとは思わなかった。
「ネロの言っていることが俺にはわからない」
Vは揶揄うように言うが、本心からのそれなのだろう。そしてするりとネロの膝を撫でるので、わっと思わず声が出てしまった。くつくつと喉の奥から笑う声が気まずい空気を無視して響く。
「可愛い」
「何すんだお前、ちょっと、本当にやめろよ」
「やめたくない」
そう言いながらVはひらりとその身をひるがえし、ネロの前に膝をついた。そしてネロを見上げるとふ、と笑った。
笑ったが、その目は見たこともないくらい虚ろだった。もともと愁いを帯びた眼差しはしているが、それともまた違う。心の在り処を見失ったような目だった。
思わず反応が遅れてしまう。あ、と思ったときにはVはネロの膝に割り込み、そのジッパーを下ろそうとしていた。
「おい、V!」
ネロの怒声にも怯まずVは下着に手をかけ、現れたその雄に躊躇なくキスをした。むしろこちらが怯みそうなくらい、唐突だった、
「馬鹿!冗談じゃねえ!いい加減にしろこの…んっ!」
なんとか下腹部からVを引きはがそうと悪態をつきながらその頭を押すが、強制的に与えられる快楽がぞわりぞわりとネロを蝕む。
舌を這わせ、ちろちろと挑発するように舐めてみたり、かと思うと口に含み口腔内で強めに扱かれる。
尿道口をちゅ、と吸われると抵抗すらできず思わず自らの口を覆って溢れ出る吐息を飲み込んだ。
体が熱くなってくるのを止められない。ネロの意思に反して下半身に血が集まってくる。そして更なる妖しげな刺激を求めてしまう。
「ほんと、やめろ…」
「なぜ声を我慢するんだ?もっと聞きたいのに」
慣れた手つきでネロのそれを指で扱きながらVは不服そうに唇を尖らせる。全て見透かしたような顔をしたり、何も知らないというような顔をしたり、本当にVという男がわからない。わかることといえば、その刺激はネロには強すぎるということだけだ。
「我慢も何もあるかよ!お前な、こういうことは本当にやめろ!」
「何故?」
「そりゃあ、お前…」
言い澱んでいると、Vは再びネロのそこに唇を寄せる。ちゅ、という音にぞくっと背筋が群れなした。
「俺が男だからか?関係ない、こういうことなら男同士でもできる…」
「…そういうことじゃねえよ」
「俺が父親だからか?」
カッと頭に血が上りそうになったが、目を剥くだけでなんとか堪える。
Vは…この事実になんとも思っていないのだろうか。そもそも父親だという自覚もないのだろうか。いや、まともな神経をしていたらこういったことをしてこないか…などと考えていると、ネロの答えを待つのに飽きたのかはわからないがVはじゅる、と卑猥な音を立てて口腔内でネロをいたぶりはじめる。
「っあ……」
じゅぷじゅぷとVの唾液とネロの先走りが混ざり合う。いやらしい唇で扱かれながらうねる舌がそれを優しく刺激しネロの思考をあっという間に溶かしていく。
「っぐ、あ…っV…!」
「ん…」
気がつくと引き剥がすためにVの頭に絡んでいたネロの指が、逆に引き寄せるように髪の毛に絡んでいた。
「いひゃい…」
痛い、と言いたかったのだろうが、口の中に今にも弾けんばかりに怒張したネロのそれが含まれているためVの言葉は徒らにネロを焦らせるだけだった。
「んっ!く、口に入れたまま喋んなよ…っ」
「うー…」
「だからやめろって…っ!あ、やべ、待て、ほんと…っ」
迫り来る絶頂を恐れてネロは思わず首を振る。それとは反比例して、まるでネロが無理矢理Vの口を犯しているようにその手はVを自らの下腹部に押し付けてしまう。
「っだ、だめだ…で、出る…っ」
「…んっ」
そして呆気なくネロはVの口腔内に己の欲望を叩きつけてしまった。
「う、わ…ちょ、あー…」
どくんどくんと今更心臓が早鐘を打ち、波が引くように熱が冷めていく。
そして残った気怠げな罪悪感の中、Vがこくんと音を立ててネロの欲望の残滓を飲み下したのを見てしまった。
「おま、え?飲んだ!?まじかよ!」
「んん…」
「いやお前何を…あっ」
名残惜しげにVはネロの尿道に残ったそれをちゅ、と吸う。思わず腰が跳ねそうなほどの強い快感になんとか耐え、ネロは今度こそVを引き剥がすと、はーっと溜息をつく。
「……ネロ」
「…んだよ…」
気怠げに返すが、まさかここから先まで要求されるのかと内心少しばかり焦る。当たり前だが男なんて抱いたことも抱かれたこともない。いやこれ以上迫られたら、流石のネロも本気で怒って力で解決しに行こうとすら思っていた。
だがVはその唇の前に人差し指を当てると、子どもにするようにしいっと息を吐き、そしてネロを嘲笑するように唇を歪めこう言った。
「このことは秘密だ」
「言うわけねえだろ、こんなこと…誰にも言えるか馬鹿。だいたいお前な…おい、どこへ行くんだよ」
言い終わる前にVはその柔和な表情のまま立ち上がる。その瞬間、少しばかりその目に光が差したように見えた。それまでの虚ろな顔とは違う。
「出かけてくる」
「えっ」
「今日は気分がいい」
そう言うと、ひらりと身を翻してVは部屋から出ていく。止めようと手を伸ばしたが、引き留めて何をするのかと言われたら何も答えられないと逡巡してしまい結局それは虚空を掴んだだけだった。
バタンと扉が閉まり、一人部屋に残されたネロは、なんとか今起きたことを整理しようとあたりを見回すが、そこはもうただの日常の、なんてことはない昼下がりでしかなかった。
「…な、なんだったんだよ…」
もういっそ夢か妄想だったらまだましだったのかすらわからない。いやその方が余計に落ち込みそうだ。いまはただ、現実に起きたこの奇怪としか言いようのない自らの欲望とVの欲望のぶつかりあいの余韻に流されるしかない。
一つ言えるのは、Vのあの虚ろながら妖艶な笑みに今もどこか胸の底がちくりと痛むことだけだった。
甘すぎる経験に、ネロは思わず舌打ちをした。