どうしたものか……と、右近は思案していた。
この男となら情を交わしていいかもしれないと思ったのは右近で、なんなら誘いをかけたのも実は右近からだった。忠三郎からは誘いづらいだろうと思ってのことだったが、いざことに及ぶとなったとたんに、誘った手前何かしなければならないのでは、と気ばかりが逸ってどうしようもない。
妻と同じことをしているだろうと言われればそれまでだが、状況が違いすぎる。むしろ妻はこんなに恐ろしい思いをしていたのかと過去に思いを馳せるほどであった。
が、今はそれどころでもない。
「触ります……」
忠三郎はそうお伺いを立てるように声をかけながら右近に触れた。抱きしめられた時にふわりと力の抜ける感じがするのが不思議だとか考えていたら、すっかり衣を乱されていた。
寝かされた素肌に忠三郎の逞しい指が触れる。
脇腹から腰を撫で下ろされた時、意識しすぎたのか体が少し跳ねた。
「あ」
「嫌でしたか?すみません……」
きっと、忠三郎はものすごく気を遣ってくれている。彼が積極的に男と関係しているのは知っているし、きっと今は右近だからこそこうしてゆっくりと触っているだけなのだろう。見たわけではないからわからないけれど。
胸元を触られたとき、くすぐったくて笑ってしまった。それを聞かれたのが少し気恥ずかしかったが、忠三郎がその指先で乳首を撫で、かりかりと優しく引っ掻くように刺激されているうちになんだかこれがくすぐったいのか快楽によるものなのかわからずぼんやりしてしまう。
「ん…、ん」
鼻から抜ける声が、やはり恥ずかしい。聞かれたくないと思ってしまう。忠三郎は愛おしげに右近の胸元に口付けをする。むずついた感情が何由来なのかを知らない右近ではない。しかし、それは……認めてしまうのがすごく怖いのだ。
忠三郎は丁寧に胸元や腹に愛撫した。隠した背中がじっとり汗で濡れているのを感じる。
「あっ……あの、そこは……」
内腿を指でなぞられ思わず声が出てしまう。脚を閉じたいが忠三郎が体でそれを阻止している状況で、つまり右近の下腹部も含めてすべて曝け出してしまっているのだが……それらの羞恥も相まって余計に体が勝手に動いてしまう。
「ここが気持ちいいんですね」
忠三郎は嬉しそうにそう言うと、内腿と足の付け根を柔らかく撫でた。
なんだか、よくわからないが変なのだ。気持ちがいいのかどうかもわからないが、刺激でゆるく勃った己のそれに気がついてますます恥ずかしくなってしまう。
その手つきが優しくあればあるほど、もぞもぞと腰を動かすことしかできない。まだ体を撫でられただけで肝心なところにはどこも触れられていないのに、情けない声を漏らし身を捩るのをやめられない自分が不思議だった。
「あ、飛騨殿、やっ……」
脚を広げられ後ろを香油で少し濡らされる……と思ったが、実際に触っていたのはその手前……蟻の門渡だったようだ。そこは善いらしいと聞いたことはあったけれど、自分で触ったことなどない。他人にも触れさせない。
つまり右近はそこを触れられるのがどういうことなのかを今知ったのだ。
「あ、あっ……」
門渡と雄を同時にするすると撫でられる。ぞくぞくと体中が粟立つような感覚に息が漏れた。右近の善いところを探るように、とんとんと指で軽く叩いたり、押したり、そのまま少し揺らしたり……されたはずだ。もう与えられた刺激がどこからきたものなのかもわからないくらい、右近はこの時点で乱れていた。
「あっ……飛騨、殿、そこ……い、いや」
陰嚢をやわやわと触られるのは殊更恥ずかしかった。ふるふると首を横に振ると、その反応を見た忠三郎はすぐにやめて一度この体を抱き寄せる。
暖かさが安心する。右近がその背中に手を回すと、軽く触れるだけの口付けを二度ほどした。暖かい。大丈夫。こんなことをすることになるなんて思ってすらいなかったけれど。
「後ろ、ゆっくり触るので、痛かったら仰ってください」
そう言う忠三郎の息が少しだけ荒くなっているのに気がついた時、ほんの一瞬だけ、右近は忠三郎が恐ろしくなった。
しかし忠三郎のある意味での恐ろしさは、この時点ではまだなりをひそめていたといっていい。
「ん、ん……」
先ほどの愛撫で熱を帯びた後ろを忠三郎は丁寧に愛していった。勿論そこも、人に触らせたことなどない。どうなってしまうかもわからない中、ただ身を任せるしかなかった。
不思議なことに痛みはほとんどなかった。侵入する指先は確かに異物感を与えたが、柔らかな愛撫のおかげかぼうっとするだけで、大人しく身を任せていた。
「あっ……ぅ」
左を向くように横向きに寝かせられ、足が閉じられるようになったのは良かったけれど、後ろはそれでは隠せないのだと当たり前のことを考えていた。向き合っていたときよりも深いところを広げられ、思わず体が震える。
「や、ア」
こりこりと中にある何かを触られた時、少し大きな声が出てしまった。否応にも声が漏れ出て、自分ばかりがずっと恥ずかしい。
「ひぁ、あ、や、ぁ」
中を混ぜられ声を我慢できない。脱いだ衣を握りしめ、悶えることしかできないのは不甲斐なさすら感じた。忠三郎は右近の後ろと雄を宥めるように同時に触れた。あまりにも優しく、長かった。もういいと伝えてもやめてくれない。
「このまますると右近殿に酷くしてしまいます」
酷くていい、なんて言えなかった。実際、忠三郎のものをここに入れられたらどうなるかなんてわからなかったから。
「ひ、ンッ……あ、ぁ」
声が掠れる。絶頂しそうでしないというか、じわじわと広がる快楽が右近をわからなくさせる。
何度も、何度も、与えられる刺激に体の全てが反応してしまう。それを見られてしまう。気持ちが良いのに、委ねるのが怖い。こんな気持ちになるのなら、知らない方が良かったのかもしれない……。
ふと、忠三郎の方を見た。目が合うとその……きりりとした目鼻立ちが、右近に対してふにゃ、と笑う。相貌を崩して、というのはこう言うことなのかもしれない。
ああ……右近は思い知るのだ。この男に心の底から惚れているのは自分なのだと。もう離れたくないと心の底から望んでいるのは右近なのだと改めて知ってしまった。
右近は忠三郎の表情の作り方、声の出し方、言葉を選び思案する時の顔、唇から漏れる勇ましくも若々しい言葉とどこか世界を俯瞰している眼差し……全てが好ましいと思えるのだ。
忠三郎は何度か愛撫を中断して右近の緊張をほぐすように体を揉んだり、押したりしてくれた。手を繋ぎ、暖かさを共有したりもした。
「すみません、右近殿、まだ早いかもしれないんですけれど……」
我慢できなくなったと忠三郎が申し訳なさそうに抱きしめてくる。こちらとしてはもう我慢も何も与えられる快楽でわけがわからず、はしたないと思いつつも脚を広げ体を震わせるばかりなのだが……ああ、這入ってくる。ぬちゅ、といやらしい音が本当に恥ずかしくてたまらないのだが、そんなことも書き換えるほどの忠三郎と言う男の圧が右近の体を中から押す。
「ひ、ぐ……っ」
「右近殿、すみません、痛かったらすぐやめま……え」
別にふしだらな仕草だとわかってやったわけではない。もがくように忠三郎の体に触れ、ぎゅ、と抱きついただけだ。忠三郎は本当に右近が嫌だと言えばきっとやめてくれる。だから、忠三郎に委ねるように縋り付いたのだ。忠三郎の荒い息が耳にかかりそれでも声をあげてしまった。
「ん、ンッぁ」
確かに少し痛かった。だがそれ以上に忠三郎が誰よりも近くにいることに、とてつもなく満ち足りた気持ちになる。忠三郎は右近が少しでも痛くないようあちこち体を触って気を紛らわせてくれたのが、慣れない右近にとっては快楽という言いようのない巨大な何かに絡め取られすこし怖いと思うほどだった。だがそれも、嫌ではなかった。
おそらく、あれだけ弄られたとはいえ右近の中は狭いのだろう。忠三郎は時折大きく息を吐き、たん、たんと右近を揺さぶる。突かれるたびに、触れられるたびに、唇から情けない声が漏れて止まらない。
「ひ、飛騨殿」
右近がそう呼ぶと忠三郎は動きを止めこちらに体を預けてくる。それもまた愛おしい。忠三郎の背中を撫でてやり、何度か口付けをした。
互いに息を漏らしながら見つめ合う。普段は目が合うとどちらともなく話が始まるはずなのに、今は違うんだと気がついた。
その後、何度も休憩を挟みながら交わった。緩やかで、忠三郎がこちらを求めるたびにくらくらとした。
「あ、ァッ……そ、それ…や、あっ」
「こ、この方が楽かと…」
右近の片脚を肩に担ぐようにして、さらに奥に忠三郎が這入ってくる。もうこの際全て曝け出してるとはいえ、あられも無い姿すぎる。
「ひゃ、あっ」
ぐちゅ、と卑猥な音が響く。
羞恥と、先ほどまで届かなかった奥を暴かれてる感覚とで右近はそれまで経験のなかった形で絶頂に至ってしまった。
「あ、あ……っ!?ん、やっ」
「わ、右近殿、……ッ」
腹が勝手に震える。腹だけでなく脚もガクガクと揺れた。突き刺すような快楽が急にやってきて、その後自らが吐精していたことに気がついた。脚を戻した忠三郎が荒い息を吐き右近の体を覆うように寝そべったのを見て、彼の体の汗を感じた時に彼もまた吐精したのだと遅れて気がついた。
なんだか思ったのと全然違う行為だったが……それも含めて、忠三郎が愛おしかった。こちらに身を預け、息を整えている忠三郎の心の臓がどくどくと早鐘を打っているのが右近にもわかった。きっと右近も同じようになっているのに忠三郎も気がついているだろう。汗に濡れた互いの体を厭わず抱きしめ合う。
「ふふ」
ふと漏れたのは、なんだかこんなことに必死に悩んでいたのかという笑いだったのだが、忠三郎はそう思わなかったようだ。
「なんだかみっともなくて…恥ずかしいものです。焦らしておいて自分だけって……」
ふうふう息を吐きながら照れるように笑う忠三郎が、右近にはまぶしすぎる。だから。
「私はあなたしか知らなくていいから」
そう言って、忠三郎に自ら口づけをした。きっと神の作ったこの世界にはもっと多くの人がいるだろうけれど……右近には、彼だけがよかった。それを思えば、思い悩んだあのときですら、愛おしいと思えるだろう。