ずっと一緒にいような

「ん…」
今日も体が熱い。しばらく経つと自然と治るのだが、なぜかここのところ寝起きが芳しくない。体が火照るように熱いし、心なしか体も痛い。この体で生活し始めてそう長くはないから、こんな日もあるかと思っていたのだが最近になってどうもおかしいと感じ始めた。
身を起こしてトタトタとリビングに向かうと、すでに家主…ネロは起きていて、コーヒーを啜っていた。
「おはよう、寝坊助…髪の毛すげえことになってんなお前…」
「んん…おは、よう…」
ふわあと欠伸をしてネロの隣に座る。ネロはこりゃひでえなとVの髪の毛をその指で撫でる。
それが心地よくてしばらくされるがままになっていたが、だんだんと頭に血が巡ってきたらしく異様に恥ずかしい光景だと気がついた。頭を振ってその手から逃れる。
「も、いい…」
「いいじゃねえよ、ちゃんと櫛くらい入れろよな」
「大丈夫だ…コーヒーあるか」
「あるけど…お前実は朝弱いのか?」
「知らん…」
そう言うとネロは立ち上がる。そしてキリエが料理をしているキッチンへ入っていくと、二人で何事か話していたが、そのうちコーヒーがなみなみと入ったマグカップを一つ持って帰ってきた。Vの飲むコーヒーはキリエが淹れた特別なエスプレッソだ。異様に濃い。
最近これを飲まないと目が覚めなくなってきた、気がする。
「体が熱いんだ…」
そう言うと、ネロはまたかよと伸びを一つ入れる。
「寝すぎなんじゃねえの」
「そうか…?」
「あとあれだ、ココア飲んでるだろお前、ジンジャーまで入れるし…あれで体熱いんじゃないか?」
「でもあれがないと眠れないからな…」
Vがコーヒーに口をつけてぐっと飲み干そうとすると、それをネロが取り上げようとする。
「こういうの飲んでるから寝られなくなるんだろ、悪循環だ」
「ココアが良いって言ったのはネロじゃないか」
「ジンジャーを入れろとまでは言ってねえよ」
そう言ってネロは笑って席を立った。今日もどこかで便利屋稼業だ。怠そうに、でもどこか楽しそうに仕事をするネロがVには眩しい。
ついていくと言ったが、断られた。今日もキリエと留守番だ。最近彼女に料理を教えてもらっているから悪い気はしないが、自分のような人間がキリエというネロにとって大切な人と、一つ屋根の下で二人きりなんて良いのだろうか。ネロは気にしていないと言っていたが…まあ、考えていても仕方がない。Vとキリエはネロを見送ると、キッチンに入っていった。今日はラザニアを作るそうだ。

そもそもの始まりは一週間前に遡る。フォルトゥナ…ネロの元で暮らし始めてしばらく経ったVにとって、夜は退屈なものでしかなかった。
もともと寝つきは悪い。眠っても悪夢しか見ない。夜に寝るとなおさらだ。昼間に寝ているとネロが怒るので、仕方なく本を読んだりしていた。
「ネロ、散歩に行ってもいいか?」
こう切り出したのは、あらかたネロのところにある本を読んでしまって、暇を持て余したからだ。眠れないのならば外に出ればいい。この街に興味がある。ネロが育ったこの街が、夜はどのような顔をするのか気になって仕方がない。
そう思ったがネロはいい顔をしなかった。
「だめだ」
きっぱりと否定して、ネロはこう続けた。
「お前にとってまだ夜は危ない。外なんてなおさらだ…フォルトゥナだって安全とは言い切れねえんだよ」
「だが、眠れないんだ…」
「眠れない?…ココアでも飲んでみるか、体温めたら眠れるだろ」
眠れないだけでなく、悪夢のことも本当は言わなければならなかったのだが、ネロに余計な気苦労をさせたくないからと口をつぐんだ。
「ネロがそう言うのなら…」
そう言ってネロの勧めるままに彼が淹れた温かいココアを飲んだ。この体になってココアを飲むのは初めてだった。どこか懐かしい甘すぎる味…居心地が悪かった。
しかし驚いたのは翌朝だった。
悪夢を見ることなく、むしろ夢すら見ないくらいに…気がついたら朝だった。
目覚めた時の爽快感といったらなかった。初めてこんなに眠ったかもしれない。
眠ると言うのはここまで気持ちがいいことなのかと思うくらいだった。
朝、機嫌よく起き出したらネロも驚いていた。
「随分いい顔しているじゃねえか、ココアがそんなによかったか?」
「…まあ、悪くはなかったな」
なんだか子供扱いされているようだったが、実際そうなのだから仕方がない。
Vの様子を見てネロがどこか嬉しそうだったのは、その時はそこまで気にならなかった。
しかし数日経って、Vの体に異変が起きた。朝起きると息が切れ、体が熱い。
まるで…激しく戦った後のような…そんな感覚だ。

悪いことをしたとは思っていない。
Vのココアに睡眠薬を混ぜた。昔世話になっていた医師からもらったものだ。孤児院は精神的に弱った子供が稀にいる。そういった子供に投与するためのものだ。Vは子どものようなものだ。眠れないならこれでも試すかと、軽い気持ちだった。こんな人の道から逸れた行為に及ぶために始めたことでない。
Vの体は魔力がないと消えてしまう。それは知っていた…というか、薄々勘付いてはいた。魔力の補充のためにオーブを探してはいたが、フォルトゥナでオーブを落とすような悪魔はもうほとんどいない。ニコに頼み込んで彼女がコレクションしているオーブを分けてもらったこともあったがそれだって有限だ。
だからこれは正しい行為なのだ。
いつぞやVが冗談めかして言ったことがある。
「お前の血でもいいんだぞ」
魔力を持つネロの体に流れるものならば、Vの体を養えると言う。そうなったら吸血鬼だなとあの時は笑って返したが、それも真剣に考えた。だがVは嫌がるだろう。そこまでして生かされることに意味を見出してしまう。
今ですら、悪魔狩りをするネロを見て、俺のために戦う必要はないとまで言うのだ。
だが彼の言うことに従えばいずれVは消えてしまう。
だめだ、それだけは許されない。Vはネロにとってやっと手に入れたルーツの一つでもある。それに…ネロの抱くVへの劣情は、その頃にはもうネロ一人では解決できないほどに膨れ上がっていた。
「V…」
名前を呼び、眠りに落ちたVの素肌を撫ぜる。微かだが魔力が流れ込むのを感じる。
初めは好奇心とちょっとした出来心からだった。黒く豊かな髪を撫でた。髪の毛は抵抗することなくネロの指に絡みつく。そこから頰に、首筋に指を滑らせた。起きる気配はない。何をしても起きないのか…そんなに強い薬だったとは思わないが…。
その生白い首筋に顔を埋め舐めてやると、かさついた肌が潤うのがわかった。それは唾液の水を受け取っただけでなく、唾液に含まれる魔力がそうさせるのだと理解するのにはそう時間はかからなかった。
こんなことならもっと早くこの道を選べばよかったとすら思う。
だが過ぎ去った時間は取り戻せない。取り戻せないなら追いかけるしかない。Vをここに留めておきたい。なにがあっても、どんな手を使ってでも。
その夜からネロの密かな時間は始まっていった。体のどこを触ってもVは目を覚まさない。
それをいいことに身体中を弄り、愛した。Vの目につくところにジンジャーを置いたのもネロだ。紅茶用にキリエが準備していたものを拝借した。悪いことだとは承知している。
今でも忘れられないことがある。Vのふっくらとした唇に触れ、舌をその口腔内に侵入させた時。まるで雷に打たれたような衝撃が走った。あとあと考えればそれは今まで経験したことがないほど魔力を吸い取られたショックのようなものだったのだろう。原理はいまいちわからないが、まあどうでもいい。唇を一方的に貪るだけのキスは、どのみち今まで経験したことのないものだった。
「ん………っ」
Vの中を解かすように指を埋め、いつものように愛する。今まではそれで満足していたが…これだけほぐれれば、本当にいけないことをしても、いいのではないだろうか。眠ったVが身を捩らせ息を漏らす。たまにこうしてネロに緊張感を走らせるが、それはやがて杞憂に終わり再び規則的な寝息に姿を変えた。
「V…入れるぞ…」
「…ぁ……」
すでに怒張したそれを、Vの後ろの蕾に擦り付ける。先走りからも魔力が漏れるのか、再び吸い取られるような感覚に震えが止まらない。
もっと先を知りたい。もっと奥を…Vもネロも知らない…。
Vの痩躯を抱えるようにして、その奥を目指し腰を押し進める。ネロの耳元でVの静かな寝息が、徐々に淫らに乱れていく。
たまに鼻を鳴らし甘えるような幻聴すら聞こえた。Vの体は拒絶することなく、むしろ迎え入れるようにネロを飲み込む…そして急激に魔力が吸い取られるようなそんな気がした。もっと与えなければ、もっと捧げなければ。Vが消えてしまうなんて許せない。この姿を知っているのも自分だけだ。誰にも見せない。触らせない。ネロが、自分で選んで、自分で背負って、それでも手に入れたかったたった一つの答え。
「…あ、ぁ……っ」
はあはあと息を漏らし小さく悲鳴をあげるVが実は目覚めているのではないかと何度も何度も考えた。
もういっそ永遠に目覚めないで欲しい。この関係を喪うのがそれだけネロは怖かった。Vを誰にも渡したくなかった。それが叔父であろうが、Vの魂の片割れで…そして自らの父親であろうが。
夢でもいい、一瞬でもいいから、Vの愛が欲しかった。それが紛い物でも、なんでもよかった。どうかどうか、俺だけを愛してと何度も何度もネロはVの中に自らの欲望を吐き出した。魔力がVの体に溜まっていくのを感じる。満足感と、自らへの限りない嫌悪感の温度差で死んでしまいそうだ。それでもVを抱くのをやめられなかった。魔力を捧げるのも、愛するのも、ネロにとってもVにとっても背徳そのものでしかなかったのに、その一線はあっという間に超えてしまった。
Vの体が潤っていく。その体を組み伏して獣のように交わる時間が、もはやネロにとってなくてはならないものとなった。

「なあ、ネロ…やはり最近おかしいんだ…聞いてくれ…最近お前からオーブを貰っていないのに、何故か体が冴え渡るようなんだ…こんなことは初めてだ…おかしい、こんなことあるはずない……ネロ、聞いているのか…?どうして、笑うんだ…?お前には何か心当たりがあるのか…?」

逃がさない。この狂おしいほど愛おしい魂を、二度と手離さない。
例えVが総てに気がついて、逃げ出そうとしても…地獄の底まで追いかけて、必ずここに連れ戻してやる。手遅れだとVが悟るまで、いや、悟ったとしても…何度も何度も繰り返してやる。
逃がさねえよ、ずっと一緒にいような。