もう何日になるだろう。
もう何度抱かれただろう。
もう何度絶頂を迎えただろう。
今は何時なんだろうか。
今は何日なのだろうか。
春なのか。
夏なのか。
秋なのか。
冬なのか。
もうわからない。
「あ、あ…!バージル…っ!
体に纏わりつくのは汗や体液だけではない。堅く冷たい金属の拘束具は、Vの四肢を縛め抵抗すら許さない。
それを繋ぐ麻縄が、Vが体を捩るたびに音を立てるように揺れる。
バージルは嫌がるVの体を何度も開かせた。もう何もかも見られたと思う。
同じ魂を共有しているのだから、知らないところは最初からないと思うが、それだとしても見られたくないところまで隅々見られている。
膝に巻かれた拘束具がVのすらりとした長い脚を苦しげに曲げさせ、それがベッドの柵に無情にも麻縄で強固に繋がれている。もはやVの意思とは関係なく秘部を晒している状態だ。
腕も同じように柵に固定されているため、Vにできることといえば涙で頬を濡らし叫ぶだけで、それすら目の前のバージルを少し楽しげにさせるだけだ。
「もう、や、だ…ぁっ」
何度達しただろう。何度その手によって傷つけられただろう。もう数えられない。もう何も考えたくない。それなのに、理性を失うことも、バージルに総てをゆだねる選択肢も、Vには与えられていない。
ただ否定するだけ。ただその快楽を突っぱねることだけがVにできるたったひとつの抵抗だった。
「そういえばやめてもらえるとでも思っていたのか?」
その非力な抵抗をどう思っているのかはわからないが、バージルの声が冷たく響く。Vを蹂躙し貪るその姿は獣にも似ていた。
孤高で、何も信じない。何も与えず奪うのみだ。力とはこういうことだと、Vに何度も叩きつける。
「ひ、ぁっ!いや……っやめて、も、う…っ」
「やめるわけがないだろう?お前にはよくわかっているはずだ…」
そういって耳元でこう囁く。
「お前は俺だ、紛れもなく」
それは死の宣告めいてVの脳を揺さぶる。間違いなく同じ魂のはずなのに、間違いなく片割れのはずなのに。
確かにVは一度バージルに捨てられた存在だ。だが、こんなことをされるなんて思っていなかった。
こんなこと望んでいない。こんなことをするわけがない。こんな、自殺行為のような、何も生まないみだらな関係など。
バージルが何を考えているのかがわからない。なにが彼の思う幸せなのかも。なにを求めてVを抱くのかも。
「ん、ん…いやだ…!あ、あっ!」
爛れたそれにVが耐え切れず何度も気を失ったが、そのたびにバージルはよりひどくVを抱いた。
いっそ狂えれば楽だったろうかと思うが、バージルの顔を見るたびに、彼の望んでいたことやVの望みを考えてしまいそれもできない。
深い絶望がVの思考を熱く溶かしては冷たく凍らせる。そんなことの繰り返しだ。
もうやめてくれるかもしれない、もう気が付いてくれるかもしれない。この関係が不毛なことに。少しでも期待してしまうから、それを裏切られては深く傷つくのだ。
どれだけの日々を過ごしただろう。どれだけ涙を流しただろう。
打ち据えられるたび、いたいけな体が疼くたび、それを受け入れる自分を感じるたび、Vは涙を落とした。
バージルはきっとそれに気が付いていない。
Vがこの地下室にやってきたのは、すべてが終わったあの日からおよそ2週間がたったころだった。
あのレッドグレイブ市での事件で…何故かVはバージルに戻れなかった。それなのに、何故かバージルは存在している。Vは…動揺した。困惑した。
捨てられた身としてすべてを賭して挑んだ大博打を、真っ向からあざ笑うような仕打ちに、Vは絶望を隠し切れなかった。
「こんな結末、誰も望んでいない」
「…同感だ。何故貴様がそこにいる」
バージルも困惑はしているようだが、ひとまずVをねめつけると閻魔刀にその手をかざす。至極当然という動きだった。
同時に存在してはならない、同じ魂を共有している睨みあう二人の間に割って入ったのは、ネロとダンテだった。
「いいじゃねえか。そういうことだってあるんだろう?」
「あるわけがない」
眉間に皺が寄るVを、ダンテはまあまあとその肩に触れようとするが、それをVはひらりと躱した。
そして、勘違いするなとダンテを睨む。だがその瞳は、困惑と不安に揺れていた。
ネロがそのダンテを押しのけるように割って入る。
そしてVの手を取った。Vは気まずそうにその手を見るが、振り払うようなことはしなかった。
「どういうことなんだよ、説明してくれ、V」
「俺は…Vなんて名前じゃない」
「知ってるよ、わかってて言ってるんだ」
「…」
「どういうことなんだ?」
そうしてVはすべてを明かした。バージルは苦々しくそれを見ていたし、ダンテもそうだった。
自らの正体。ここに至るまでの話。長い長い話だったと思うが、言葉にしてしまえば大して時間はかからなかった。
ネロはVから聞いた言葉を反芻しているようだった。それは…当然だ。信じられないようなことだらけだった。
「…わかった」
そうして、声を絞り出すのがいっぱいいっぱいという感じでネロは言葉を吐くと、ダンテとバージルに向き合った。
まだ戦う姿勢を崩さないこのよく似た…双子なのだから当然だが…ふたりをネロはねめつける。
「これからどうする、ダンテ…お前たちは」
ダンテがふふ、と鼻で笑う。何故今更それを問うのかといった具合で、担いだ大剣を持ち直した。
ネロはわかっていた。放っておいたらおそらく延々と戦い続けるだろうということを。
きっとこの双子に戦わないという選択肢はない。止められるのは、この場においてネロだけだ。
それがこの敬愛するダンテの望まないものだとしても、そして…今もまだよくわからないが、この目の前の父親だというバージルという男もきっとそれを望むことはしないだろうとしても。それを、彼らの自由だからと放り出してしまったら、きっとまた後悔する…ような、気がする。よくわからない。
だが、そんなネロの逡巡を看破したのかダンテは仰々しく息を吐くと意外な言葉を口にした。
「俺はこいつらを連れて帰るさ」
「…は?」
「どういうことだ」
唖然としたネロよりも、Vの方が身を乗り出すようにしてダンテの前に躍り出る。その動揺した目を楽し気にダンテは見つめてこう続けた。
「まあ、今すぐってわけじゃねえよ。まだこの辺は楽しませてくれそうな獲物がいるだろうしな…当然、そのあとの話をしてるんだろう?」
「…まあ、そうだけど…Vも連れてくってのか?」
「何か不満か?」
「いや、不満ってわけでもねえけど」
ネロはあからさまに言い淀んでいた。
Vはその横顔を見る。明らかに不満げなその口元に、言いたいことはたくさんあったはずなのに、何故か何も思い浮かばない。
それは父親としての言葉だったような気もするし、短い時間だったが友として歩んだ道についての言及だったのかもしれない。
…よく、わからない。
本当に、よくわからなかった。Vはネロに対して思うところがもっとあるはずなのだが…。
ダンテはふむ、と大剣を背中に預け腕を組む。そして自らの兄と…その片割れに視線をやる。
「なら文句ないだろう?バージル、V、お前らを放っておくわけにはいかねえ。俺としても不本意だがついてきてもらうぞ」
それまで黙って聞いていたバージルが徐に視線を上げる。ぎらりと煌めくその瞳は彼が持つ抜身の刀のように冷たかった。
そして吐き捨てるようにダンテに問う。
「何故そうなる。俺は…ダンテ、お前と今更仲良しごっこなんて御免だ」
「仲良し?は、笑わせてくれる。俺はお前と暮らしたいなんて口が裂けても言わねえよ」
「ならば何故」
「さっきも言ったろ、お前らを放っておくと余計なことしかしねえからな。かといってフォルトゥナに預けるわけにもいかねえ。なあ、ネロ?」
「俺は連れて帰ってもいいけどな」
「こいつら…いや、バージルがその気になったらお前の周りの人間が悲しむぞ」
「…」
ネロは唇をかんだ。自らの腕を奪ったその行動で、確かにネロの周りの人間は悲しんだ。
その張本人を、いまさら父親だからと言って連れて帰るのは、確かにネロとしても難しい感情ではある。
ネロがよくても、周囲の目は許さないかもしれない。その上にVを連れて帰るとなると、ここで即断することが賢明な判断とも思えない。
だがそれとこれとは別だとネロは思う。
せっかく知りえた自らの軌跡なのだ。せっかく…なんだかよくわからないけれども、導き出せた事実なのだ。
それをいくらダンテとはいえ…すべて任せてしまっていいのだろうか。
そう思うと、食い下がることしかできなかった。
「…たまに会いに行くから、それは…別にいいだろ」
「もちろん、なあ、バージル?」
「俺は何も納得していないがな」
「仕方ねえだろ、お前もVも居場所がねえんだ。そういうやつが一番面倒ごとを起こすのは俺が一番よく知ってるからな」
ダンテはそう言うとネロのほうを見る。
「会いに来いよ、こいつらだって父親になってまだ日が浅いんだ」
「わかってる」
そしてバージルとVは揃ってダンテの事務所に暮らすことになった。
ネロはまだ何かを言いたげだったが、渋々といったていでフォルトゥナへ帰っていった。彼は彼で帰る場所があるのだから、それは正解だと思う。
ダンテの言うとおりだ。ネロのもとで暮らしたら、破綻したときにネロが一番悲しむに違いない。リカバリーだってできない。
だとしたら、ダンテが暮らす街の片隅で生活したほうが、Vも楽だと思う。
それに三人で暮らすといっても、三人が三人それぞれ好きに暮らしていた。
朝起きる時間だって違うし、食事の回数もまちまちだ。時折ダンテのもとに合言葉付きの仕事がやってくると、バージルを連れてVは事務所に残るということもしていた。
心配していたダンテとバージルの関係も、なんだかんだつかず離れず良好だとVは思う。
まあ、まだ互いに距離を取りかねているのだろう。
…だからこそ、Vは、しきりにバージルのもとに戻ろうとしていた。
この生活に自分は不要だと本気で思っていたし、バージルがダンテと向き合うのに、バージルが一番隠したい存在であろう自分がいてしまうことで双子の関係に悪影響だとすら思っていた。
そのためにいろいろと調べたり、バージルの部屋に何度も通ったりしていたが、それらを避けるようにバージルは生活していた。今思えば、これもすべて罠だったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
そしてその日はやってきた。
「ここは…」
その日、Vはバージルを探していた。ダンテが珍しく仕事に出ていた。二人きりになる気まずさやら、元に戻れるいい機会だと思うやらで、Vはバージルの部屋の前に立った。部屋の中に人の気配はない。すると後ろで外につながるドアが閉まる音がして、振り返る。バージルだ。外に出たというのだろうか。
バージルは何も言わずにダンテの事務所を出て、路地裏を抜けていった。Vは気配を消しバージルを尾行する。大通りを避けるように何本も通りを抜けた。何度か撒かれそうになったが、いかんせんバージルの風体は目立つ。見失うことはなかった。
そしてたどり着いたのがここだった。
裏通りの人気のいない…昼だというのになんだか薄暗いそこは、スラムの木賃宿といっても差し障りはないくらい年季の入った建物だ。アパートなのかホテルなのかは見た目ではわからない。
ドアが半開きになっているのはもう元から閉まらないのかもしれないとなんとなく考えながらそっとドアの中を伺う。
誰もいないようだ。暗いそこはロビーか何かのようだ。右手にガラスの引き戸のついた受付のような小部屋が見える。木賃宿で間違いないだろう。
バージルがこんなところに何の用があるというのだろう。なにかまたよからぬことをしているのではないだろうか。
不安にかられながらもVは屋内に入ると後ろ手でなんとか戸を閉めた。薄暗いそこに足を踏み入れる。人の気配はするが、どこにいるのかがわからない。
ロビーは廊下につながっていて、いくつも部屋がある。どこからかコツコツと足音が聞こえるが、どこから聞こえるのかがわからない。
耳を澄ませると、それが下から…まるで階段を昇るような音だということが分かった。
気配を消し、足音が聞こえないようにゆっくりと探索する。
建て増しを繰り返したのだろうか、上り階段をいくつか見つけたが、それぞれが独立したものだった。見た目よりも大きな建物だということがわかる。
いや、大きいというよりは奥行きがあるのだ。足音を頼りに廊下を彷徨うと、行き止まりに突き当たる。ここは外れかと踵を返そうとするが、床にくぼみがあるのに気が付いた。不自然なそれはVが体重をかけて踏むと周りの床と明らかに違う材質なことが伺えた。
「…?」
窪みに指をかける。すると床はあっけなく持ちあがる。そして床下から人一人なんとか入れる降り階段が現れた。呼吸を整え耳を欹てると、足音はここから聞こえているように聞こえた。ここだ。
ゆっくりと階段に足を乗せ、引き続き足音を立てないように階下を下りてゆく。もちろんその耳は響く足音に集中していた。
そのせいだろうか。Vは背後にいただろうその存在に気が付かなかった。いよいよ階段を降り切るというところで、その地下が何に続くかを見届けるまでもなくVは後ろから何者かに殴られ、気を失って倒れてしまった。
目が覚めると、Vは拘束されていた。
四肢には冷たく光る金属が嵌められ…麻縄で無造作にベッドに縛められていた。
身に着けていたはずの衣服や持ち物はなく、生まれたままの姿で…思わずこの体に住まう愛しくも悍ましい黒い獣たちを呼び出そうとするが、その瞬間腕をめぐる金属の輪がVの右腕を締め付ける。骨が軋むほどの圧力に悶絶していると、部屋の隅から聞き慣れた声がした。
「無駄だ」
ハッとして顔を上げると、そこには椅子に腰かけたバージルがいた。その表情は冷たく、あざ笑うようだった。唇を歪めるその顔に、咄嗟に言葉が出てこない。
「バージル…お前が…」
「俺がお前に気が付かないとでも思っていたのか?追いかけっこは終わりだ…それに」
そう言うと椅子から立ち上がり、Vを見下ろす。その視線に思わず顔を背けてしまいたくなる。
「本当に何も気が付かなかったのか?」
「何がだ…」
「貴様の望みを叶えてやろうと言うんだ…消えることを望んでいたな?俺とともにありたいと」
そう言って椅子から離れVが横たわるベッドに近寄る。
「それは……ち、近寄るな!」
Vの言葉にバージルは眉を上げる。そしてこう言った。その声音は低いが、聞いたこともないくらいに優しい。
「なぜだ?V…貴様は俺からなにもかも奪おうとしている、ここにいてはいけない人間なのに」
「…お前が何を言っているのかがわからない、奪う?なんのことだ?俺は何も奪っていない、むしろ俺は捨てられた身だ。他の誰でもないお前に」
「捨てたのは確かだ。だが俺はこうしてここにいる…貴様はなぜここにいる?」
そう問うとバージルの指先がVの頬をなぞる。死体のように冷たい指先に、思わず背中が群なすのを止められない。
威嚇するように言葉を発する。それが無駄な抵抗なことはわかっている。Vは知っている。捨てられたとはいえ、目の前の男は自分自身だ。
「ひっ…やめろ、触るな!」
「質問に答えろ、V…」
バージルはぎし、とベッドに足をかけ、その体に触れる。首筋に、鎖骨に、腋に、腕に、胸元に…。
その指先の意思を否応にも知ってしまい、Vは思わず体を捩り、叫んだ。
「あっ……や、いやだ、いやだ!」
「本気で嫌ならもっと抵抗してみろ…尤も」
そう言って愛おし気にVを拘束する金属を撫でる。猫でも撫でているような手つきだ。
そして嬉しそうに…Vにとって悍ましい一言を平然と発する。
「これが付いている限り俺に対抗できまい…魔力に反応して収縮する金属だ。悪いことは考えないことだな」
「バージル…!貴様…」
「何故喜ばない?共にあろうというのだ。ここで、たったひとり…誰にも関わらずいることだって、消えるのと同義だろう?代わりにこの俺が直々に愛してやろう。お前が望んだのはそういうことだろう?…もう一度問う、何故喜ばない?」
「こんなことは望まない…バージル、気が触れたか…?」
「…愚問だな。気ならとっくに狂っている。お前のせいで」
そう言ってバージルは自らのコートを脱ぎ捨てると、Vの首筋に手をかけた。
「っあ…!」
そしてまるで捕食するように顔を近づけ、獣のようにその首筋に噛みついた。
「痛…っ、やめろ…!」
噛んだり、舌でざらりと舐めたり、ひたすらに与えられる荒い刺激に体を捩るが、抵抗すればするほど手足に嵌められた妖しい銀色の拘束具がVを縛める。無駄なあがきとあざ笑うように。
Vの白い肌に赤い噛み痕を残しながらバージルはせせら笑う。
「無駄だと言っているのに」
そしてその日からVの本当の悪夢が始まった。
「ひ、ぐっ…」
体中が軋み悲鳴をあげる。ここに囚われどれだけが経ったのかしれない。体が汗とお互いの体液で汚れ、心まで汚染しきりそうな中で、何故かVはその意識を手放さず、その快楽を受け入れることもせず、ただただその手を、指を拒んでいた。
「Vは…まだ見つからねえのか」
ネロは久しぶりに会ったというのに開口一番その名を口にした。最近フォルトゥナからバックと車だけでカジュアルにやってくるようになったネロは、バージルの顔を見ることもなくバックを置くと椅子に腰かけた。
「ああ…」
バージルが答えると、ネロは悔し気に唇をかむ。そして傍らのダンテを非難するように睨んだ。
「やっぱりフォルトゥナに連れていくべきだった。お前らと一緒にいたら真っ先に狙われるのはあいつだ」
ネロの言い分ももっともだ。普通に考えたら、今のVの状況は…悪魔とかそういったものに誘拐されたとみるのが正しいだろう。
この若い青年は、バージルの息子だ…と、最近バージルは知った。最近というか、件の事件のときに知らされた。それは彼も同じだった。
最初はバージルと険悪な…というか、距離をつかみあぐねているようだったが、ここのところよく電話でやり取りしているし、こうして顔を見せに来ることも多い。
といっても、ここ一か月ほどはその話題はVのことで持ち切りだ。行方不明になって…いや、バージルがVを監禁してからもうそれほど経つのだ。
未だにこの悪事は誰にも暴露されていない。
「まだあいつが悪魔関係で連れ去られたって決まったわけじゃねえだろ」
ダンテが眉を顰めるが、それはネロの威圧的な目線がそれをいなす。
いい目をしているとバージルは思う。悪い意味ではない。そのままの意味だ。怒るときに怒り、笑いたいときに笑う。当たり前のことを当たり前にできる目だ。
それが強さの証だ。バージルに対して毒づくこともあるが、戦う時の足の踏み出し方や間合いの取り方などの話をしている時の彼の目は、陳腐な言い方だが輝いている。
「どういうことだよ」
「あいつはずっとここにいてはいけないと思い詰めてただろ、フォルトゥナでも変わらねえよ」
ネロがダンテを睨みつける。
「Vが自分の意思でどっかいったって言うのか?」
そんなことあるわけないだろうという風にネロは首を振った。
両者の言い分はもっともだ。ネロの言いたいことも、ダンテの言いたいことも、どちらも多分間違ってはいないだろう。
ダンテの言う通り、Vならそういう行動に出るかもしれないし、ネロの言う通りに悪魔に攫われたとみるのもあり得ない話ではない。
ただ、真実により近いのはネロだ。二人とも真実に対し果てしなく善意だ。その真相を知る由もない。
だから、バージルは腕を組む。そしてこう言うのだ。
「貴様らが言っていることが総て正しいわけでも間違っているわけでもないと俺は思うがな」
どういうことだと二人がバージルに視線を投げる。
それを躱すように自らも視線を上げて虚空を見上げてこういう。
「あいつは俺に…戻りたがっていただろう。そのためなら手段も選ばないと言っていた」
これは本当だ。今から言うことは憶測という名の嘘だが、嘘には本当のことを少しずつ混ぜなければならない。
そうでなければ欺けない。誰のことも。
Vは確かにバージルに戻ろうとしていた。正直言って不快だった。
目の前をうろちょろとされることも不快だったが、彼がしきりに今の状況はバージルのためにならないと言っていたことが一番不快だった。
それを決めるのはVではなく、自分にあるとバージルは思う。いくら同じ魂を共有する片割れであったとしてもだ。いや、片割れだからこそ、本来の姿である自分に選択肢があるはずであって、そこにVの意思が介在する猶予はないとすら思う。
それは言わない。億尾にも出さない。提示する情報にバージルの感情はいらないし、そこから嗅ぎつけられても困る。
「じゃあ、あの日も…ダンテは出てたんだよな?」
「ああ…大した仕事じゃなかったことだけは覚えている。それこそVにやらせてもいい仕事だと思ったからな…」
「俺は事務所にいたが…部屋にいたからな、わからん」
これもは半分本当だ。最近はVを避け部屋で過ごしていた。まあ、それもVを焦らすための罠だったのだが。
「バージル……親父も人並みに心配しているのか、Vのことを」
「…当たり前だ。あいつは俺自身でもあるんだからな…むしろ何故そこに疑問を持ったのかが俺にはわからん」
「…いや、別に…ちょっと、見直したっつうか…」
ネロが僅かに…本当に僅かに、嬉しそうだったのを見逃すバージルではなかった。
まあ、気持ちはわからなくはない。総てがわかるわけではないが、想像できない話ではない。
ネロは…天涯孤独だと思って生きてきたのだ。その最初の道程を作ったのは確かにバージルだが、彼がどのような気持ちでその道を歩んできたかは、バージルの思考の外を行くことだ。だが、想像はできる。そこに突然現れたのがバージルでありVであったのだろう。
どう思っただろうか。きっと呑み込めないほどの感情があったに違いない。それを乗り越えた先が今だ。
今更自分の今までの行動を反省などしようとも思わないし、この結論が出たのであれば後悔などしなくていいとすら思い始めている。
もちろんその結論の中に、このネロの表情も含まれているのだ。
悟られぬように不機嫌そうに顔を顰めると、こう提案する。
「しばらくここにいろ…Vを探す」
「自分だけじゃ見つけられねえから一緒に探してください、が抜けてるぞ兄貴」
ダンテがあからさまに呆れた口調でバージルに言葉を投げる。咄嗟に睨み返すが…構わない。これも演技のうちだ。
ネロは、仕方ねえなぁと荷物を持ち上げダンテに部屋を借りるぞと言い置くとドアの向こうに消えていった。バタンと音がするのを確認したのか、ダンテがこう言いだす。
「バージル…何を企んでやがるんだ?」
「別に何も企んではいないな」
そう言ってその答えが気に入らなかったのだろう。ダンテはバージルの前に立ちふさがるように
「お兄ちゃんは昔から嘘を吐くのがド下手クソでね、俺が何も知らないとでも?」
「ほう、ならば教えてもらおうか、俺の片割れは何処にいるんだ?」
「それをお前に聞いてるんだぞ」
「……俺はVの望みを叶えているだけだ」
「望み?あいつの本当の望みも知らねえでよく言うさ」
「ふん、お前になにがわかる…あれは間違うことなく俺だ。俺が望むことをあれは望んでいる」
「どうだか、あんたはなにもわかってねえよ」
「言っていろ。お前にはできない方法で俺はあれを幸せにしているんだ」