Vをこの部屋に閉じ込めて一ヶ月が経過した。完全に正気を喪いまるで幼児のように振る舞う彼がもはや愛おしい。もう戻れない。彼の世界を壊してしまった。償いがあるとすれば彼を最期まで愛することだろう。
ネロは晩秋の空を眺めていた。もうすぐこの辺りも冬がやってくる。そうしたらVは寒いと言うだろうから、暖かい毛布でも見繕ってやろうと考えていた。枯れ草が路地を彩る。歩む足は存外に軽い。
フォルトゥナからダンテの街までネロは「帰って」きた。
長い仕事だとキリエには話してある。ニコはダンテが絡む仕事だと聞くや否や連れて行けと喚いていたが、キリエに任せて置いてきた。最早フォルトゥナに帰ってくることの方が稀になってきている。申し訳ないが、これも義務だ。愛することを、ネロは義務にした。
「よう」
ドアを開けて、意気揚々と事務所の中に入る。無人だ。またあの部屋か…そう思いながら、階段を上がりとある部屋の前に立った。誰も知らない、ダンテとネロだけの秘密の部屋だ。
キイと音を立てて中を伺う。ダンテとVがお楽しみだ。
「ん…っだん、て…やぁ…そこばっかり…」
「でもお前はココが好きだろ?」
「うん…す、き…すきぃ…」
部屋の中でVがダンテの体にその細い腕を絡ませている。部屋の中はむせかえるような甘だるい匂いが充満し、二人の睦言も相まっていやらしい雰囲気で溢れかえっている。ベッドに座ったダンテの膝に跨ったVが甘い悲鳴をあげている。
「またヤってんのか」
「おう坊や、来てたのか…ほらV、ご挨拶だ」
「あっ…ねろ…!ん、お、おかえりぃ…」
そういうVの表情は完全に蕩けている。もうあの頃のVという青年はもういない。目の前にいるのは、まるで幼い子供のような…倒錯的な光景だ。
近寄ると余計に甘い匂いが際立つ。ネロはVの頭を撫でる。嬉しそうにするVを横目に、手元にある香炉を突いた。
「おいダンテ、またコレ使ってるのか」
以前悪魔討伐のときに報酬代わりに受け取った香炉だ。中身はよくわからない魔力で充満してて、火を入れると忽ち媚薬が辺りに充満する。どう言う悪魔だったかは言わずともわかるだろう。そう言うタイプの悪魔だった。今となれば魔力は微々たるもので、ダンテやネロは辛うじて耐えられるが、正気を失っているVには効果覿面だ。すっかりその香りの虜になっている。
「悪くねえだろ?」
「まあ、確かにな…でももうこんなもん必要ねえんじゃねえの?」
「気分だよ気分…」
そう言ってダンテは再びVを愛し始める。確かにもうこうなってしまったらVに媚薬など必要ない。そんなものがなくても充分に自分たちの愛を受け止めるだけの存在になっている。
最早その身体に意志というものはない。あるのは愛されたいという欲求のみだ。
食事も最低限しか摂取しない。それはそれで困ったものだが、食べないことはないので放って置いている。
「ア、ん…っ!だんて、だ、んて…もっと、もっと…」
「欲張りなお嬢さんだ…ほら、坊やの相手もしてやらねえと可哀想だろ」
「ふえっ…ねろ、すき…」
そう言ってネロの方に手を伸ばすので、近寄ってやるとその頰に躊躇いなくキスをした。
笑って唇を奪ってやると、何度も啄ばむようなそれを交わす。
それだけでは満足できなかったのか、Vはダンテと繋がったまま、ネロの下腹部に手を滑らせる。そしてふわりと笑う。その笑みにいろいろと思うことがあったのだが言葉にうまくできなかった。
「ねろの…ここ、さわりた、い…」
「おいダンテ、お前俺がいない間に何教え込んだんだよ」
「ちょっと大人に誘えるよう教えたんだ。悪くねえだろ?」
ダンテはニヤリと笑う。負けじと笑いかえす。
「上等だ…」
ああ、自分も少し媚薬にやられているのかもしれない。ダンテには負けたくないと何故か対抗意識が燃える。もっと愛せる。自分なら、Vを。
ベッドに横にされたVがネロの雄に向かってすんすんと鼻を鳴らして甘えるようにじゃれつく。脱ぐから待てと言っても待てないようで、身体中をびくりびくりと震わせながら吸い付くそれにネロの中にある支配欲がむくむくと沸き上がる。
「おい、待ては教えなかったのか?」
「どこに教える必要が?」
ダンテとネロのやりとりの間にも、ネロの装いを崩してVはその雄にキスをする。
ちろりちろりと舐めたかと思うと、徐に頬張る。温かくぬるついた口腔内でネロの雄がますます隆起するのを、満足げにVは感じているのかそのまま唇で扱き始める。
以前は嫌がってできなかったことだ。ネロがいない二週間ばかりの間にどう教え込んだのかは知らないが、Vの手慣れた行動に、本当はやり慣れていたのではないか勘ぐるほどだ。
「ん、ん…ね、ろ……んっあ、ン…」
「俺の方にも集中しろよ、なあV…?」
ダンテが意地悪く笑うとわざと激しくVを揺さぶる。
Vは快楽の海に揉まれもがく。まるで花の密に溺れる虫のようだ。
濁流のようなそれに息ができないのかひいひいと喉がなる。流石に可哀想だとネロがその口を解放しようとすると、逆にVは吸い付くようにその雄を再び口に含む。
「らめ…ねろは、おれの…」
「はは、俺のだってさ」
嬉しそうに言ってやると、ダンテが明らかに不機嫌そうにVの体を引き寄せる。
「V、俺は?」
「ん、だんて、も…おれの…あ、あ…いっぱ、い…スキって…いって…?」
「…しょうがない子だ…好きだぞ、V」
負けじとネロもVの頭を撫でる。
「俺も好きだぞ、V」
「ア…っん、すき、すき…だいすき……だいすき…ぃ」
Vが魘されるように何度も何度もそう口走る。
それから何度もVを愛した。まるでVの前でより一層ふさわしいのは自分だと張り合うように。
「これからどうすんだよ」
Vが眠りに落ち、すっかり朝の気配をにじませる窓辺を眺めてネロはダンテに向かい言う。
Vを抱えてダンテは寝そべっている。負けじとVの隣で寝てやると、Vがネロの方に寝返りを打った。なんだか嬉しい。ダンテはふわあと欠伸をすると、Vの背中を撫でながら返す。
「これから?馬鹿言え、もう戻れねえよ」
「…ちげえよ、冬になるだろ…Vに雪を見せたい」
「あー、そういうことか…外には出したくねえけど、雪か…雪ねえ」
「たまには出かけてもいいんじゃねえの…夜なら人目もつかねえだろ」
その言葉にネロは眉をあげる。そして呟くようにこう言った。
「…夜、か」
「あ、ネロ、お前よくねえこと考えてるだろ」
「考えてるのはお前の方だろ」
そう言ってネロはVの体を抱き寄せる。細い、今にも折れてしまいそうな体が、眠っていると言うのにネロの身体にすり寄ってくる。暖かいのが気持ちいいのだろう。
ネロとダンテがやりとりをしている。今まで通り。これからも。
「しぬ、まで、あいして…」
眠ったVが独り言のように呟く。
ネロとダンテは顔を見合わせると、少しはにかむように笑いあって二人でこう言った。
「当たり前だ、お姫様」