「こうしてやろう、お前のためだ」
当たり前の顔をしてバージルはVの腕を頭上で縛り上げた。そして露わになった薄い胸と脇腹を眺め満足そうにそう言う。
縛り上げると言っても、その縛めに使った拘束具は何気なくキッチンで見つけたサテンの白色のリボンだし、その縛め方もまるで子供が飾り付けるように頼りなく緩やかだ。おそらくVが本気で抵抗したらあっという間に解けてしまうだろう。だが両手を縛められることに変わりはない。露骨に不安げな表情をするVをよそに、バージルはその首筋に噛み付くように口づけを落とした。
「ひっ…」
「これが外れたら今日は終わりだ」
そう言って再びバージルは腰を打ち据える。あられもない声を上げて善がるVを見るその目はまるで獲物を食いつくさんとする獣のそれだ。
Vは抵抗もできずただ体を捩らせることしかできない。その吐息にみるみる色が付き、うねる肌はわずかに朱に染まる。
「あ、やだ、やだぁ…」
「何が嫌なんだ?言ってみろ…俺が聞いてやる」
「う、あ…そ、それは…」
元はと言えばほぼ無理矢理の行為だった。今回も、初めて繋がったあの夜も。まるで優しく、本でも読んでやるくらいの寛容さでVを部屋に呼び出してはその体に淫らな傷をつけた。
治る頃にまた呼んで、再び崩すように行為に及んだ。そして再び傷をつける。何度何度も。もう何回目かはわからない。
Vにはバージルが何を考えているのかがわからない。何が目的なのかも、何を思って自分を抱いているのかも。
二つだけわかったことがある。
一つはバージルが痛めつけるセックスしかしないこと。
もう一つはそんな荒んだ営みを受け入れてしまっている自分がいることだ。
受け入れなければならない気さえする。バージルがVを捨てたように、Vがバージルを捨てることはあってはならない。絶対に。なぜかと問われれば、わからないと言うしかないのだが。
そんなVを挑発するように、バージルはVが嫌がりそうなことをする。今回はたまたまこれだっただけだ。いろいろなことをされた。いろいろなことをさせられた。あえて言葉にしたくない。
嫌がるVの反応を愉しむようにバージルはその耳許に囁く。言葉を吹き込むように。
「…何が、嫌なんだ?」
「うう…縛るの、い、や…」
ふるふると首を横に振り、涙を流して懇願する。バージルはVの耳朶を舐め、ぞわりと体を震わせたVと目を合わせる。とても不思議そうに。
「何故だ?こんなものお前でも簡単に解けるじゃないか?嫌ならば解いてしまえばいい…それとも」
「ひぐっ…」
強く強く奥深くまで侵入され、Vの喉がひっくと震える。バージルはまるで愛しい人を抱くようにVの体を抱くと、行為とは裏腹な優しい低い声でこう言った。
「もっとシてほしいから強く縛ってほしいのか?」
「ち、ちが…っあ、やだ、やだ…っ!」
「俺はな…お前のためを思っているんだ。わかっているさ、お前は俺を愛したいんだろう?ならば与えてやろう…」
バージルが何を言っているのか、Vには分からなかった。
Vは確かに、バージルの元に還ろうとしていた。自分が存在しては、バージルのためにならないと、自分のためにもならないと。なぜ二人が同時に存在できているかもわからないのだ。これで本当の姿であるはずのバージルが消え、力無い自分だけが残された時のことを考えると、それだけでVは自壊してしまうと自分で思っている。Vは自らを、バージルの全てを愛そうとしていた。それは間違いない。その言葉に嘘は微塵もない。
だが、見返りなんて求めていない。バージルが何をもってこんな行為に耽るのかもわからない。その思考回路がわからなくてはならないのは、他の誰でもない自分でなければならないのに。
与えるなんて言われても、Vはそれを受け取り切れるほどの力を有していないのに。
「お前はただ啼いていればいい」
「…っ!」
バージルの言葉にただただ身体を震わせることしかできない。その身に棲まう迸る肉欲を悪魔と呼ぶのなら、もう互いに悪魔になってしまったのではないかというくらいに激しく、そして淫らに情を交わした。いや、もうそこに情などという言葉はなく、ただただ交わっているだけなのかもしれない。そこにいるから、仕方なくするのだ。Vには最初から拒否権など用意されてないと言いたげに。
「ひ、ぐ…んん…っ、バージル…」
シーツを掴み快楽を散らそうにも、ゆるく施された縛めによってそれすら叶わない。涙がVの上気した頬をしとどに濡らす。
思わず目をぎゅっと瞑る。はあはあと漏れる吐息と喘ぎ声、体のぶつかる音だけが暗闇に響く。
バージルはVのその様子をせせら笑うように、その瞼に指を這わせた。
「っひ…!」
「どうした?涙を拭ってやろうとしただけだ…それとも」
「あ、や、いやだ、やめて…」
「抉られるとでも思ったか」
そう言ってバージルはVの瞼に指を押し付けた。Vは思わずその手でバージルの腕を取り、抵抗した。否定の言葉を並べ、その指先を振り払おうとするが、力の差は歴然だ。
「いやだ…っ!バージル!」
「本当に抉り取ってやろうか…何も見えなくなった方が、お前も幸せだろう」
「やだ、や…っ!」
何度も何度も首を横に振るが、どうしてもその手から逃れられない。自らの無力さと、バージルの明確な悪意に心の底から震えが止まらない。
やがてその指は突如としてVの濡れた瞼から離れた。やっと取り戻せた視界がにじむ。そしてバージルは徐にVの後ろから自身を引き抜く。ずるりという感触とともにVの体が再び震える。そこがはしたなくひくついてるのが自分でもわかった。
「…あ、あ…バージル…?」
Vの声に、バージルは優しく微笑む。しかしその言葉は氷のように冷たかった。
「言っただろう?今日は終わりだ…自分で外したんだろうに」
「え…」
「どうしてもしたいのなら俺を誘ってみろ。お前なぞにできるとは思わんが…」
そう言ってバージルはわずかに浮かんだ自らの汗を拭うと、ベッドの端に座り居住まいを正し始めた。
ひとり取り残された気がして、Vは思わず体の痛みを無視してその身を起こすと、バージルの背中に身体を押し付けた。必死に腕を絡ませる。
「…なんだ」
「その…」
「それで誘ってるつもりか?」
ふ、とバージルが鼻で笑ったようだった。
振り返る事はしない。ぴたりとその背に頬をつけ、Vは首を横に振る。バージルがいなくなってしまうような気がしただけだ。消えるのなら、共に消えたかった。それがうまく言葉にできない。たどたどしい言葉を舌で転がす。
「あ…ち、違う…」
「ならば何故?」
「………うぅ…」
言葉に詰まっていると、バージルは自らに巻きついたVの腕を撫でる。
「お前は何を望むんだ?」
「…わからない…けれど…離れたくない」
「…そうか」
バージルはそう言うと、体を捩りVの腕を引いて自らの腕の中にVを招き入れた。ひやりとしたその肌の感触にぞわりとVの背中が群れなす。
「ならば、もう一度結んでやろう…」
そう言ってバージルは再びVの腕をとり、今度はきつくきつく結ぶと、その細身の体を押し倒した。