氷の向こうは晴天

冷たい人間だ。
初めて宗景を見た直家の評だ。それはおおかた合っていたし、細々としたところは間違ってもいた。
人の目というものは何よりもその本性を雄弁に語るものだ。多かれ少なかれ人の本性とは複雑なもので、単純な人間という言葉こそあるが実際にそのような者はいない。山を覆う木がところどころ紅に染まっていたり、落葉していたり、はたまた枯れてしまっているように、人というものは簡単に評せるものではないことを直家は知っている。知りたくもなかったことを知り続ける人生を歩んできたと言ってもいい。
とりわけ宗景の場合、既に見せている本性ですら最早よくわからないものだった。だから細々としたところで意外な発見がやたらとある男だった。
そしてこうも思った。傍から見れば自分とてそうであると。
姿形は違うけれども、結局は似ているのだろう。直家に様々な因果をもたらしたこの男は、鏡の向こうにいるもう一人の自分なのかも知れない。
「お前のことはよくわからない」
酒を口に運び、そう話すこの主人は、それに悲嘆しているわけではないようだ。淡々とそう事実を述べている。
「そうでしょうか」
「わかりたいと思っていないのかもしれない」
酔っているのかと思ったが、まだ三杯も飲んでいない。普段の宗景であれば舐める程度の量だろう。
「私は宗景様のことを知りたいと思っていますが」
直家の言葉に宗景は笑う。それはそうだとそれまで床にむけていた視線をふと直家に投げた。やはりいつもの様子とは違うと思った。
「どうやって寝首をかくかということを考えているんだろう。それならば情報は必要だ。些細な癖一つも大きな情報になるだろうし、一つも漏らさず知りたいと思うのは間違っていることではない」
「……その見立てを当てはめると、宗景様は私に警戒していないということでしょうか。光栄なことです」
その言葉に宗景ははっ、と息を漏らすように笑った。
「何かを勘違いしているようだ。お前のことは大抵知っている。例えば……お前は何かを考えながら行動せねばならない時、右足から動く。足というか、体だな。手などもわかりやすい。話し合う際も右手が動く、何か自分に不都合なことがあったり、機嫌が悪いと首を左側に少し傾けることもするな、それらも立派な癖だ」
つらつらと並べられた癖は、言われてみれば確かにそうだろう。癖とは往々にして常に意識の外にあるものだ。
宗景も宗景でよく見ているものだ。しかし言われたまま、そのままにしておく趣味はない。ならば、と直家はこう答えた。
「宗景様も、話すときに視線を左に投げがちですね。人と目を合わせるときに少し目を細めるのは威圧する目的もある可能性があります。あと……」
嘘をつくときは髪を触りたがります。
直家の言葉に、宗景は不快げに鼻をひくつかせる。言わなかったことだが、これも宗景の癖といえよう。どちらかというと彼の場合、自分が思っている以上に感情が表情に出がちだ。癖以前の話だろう。
「よく私を見ている」
「宗景様ほどではありません」
目に見えるものが全てではない。見えたものを受け取って、それこそが全ての姿などと驕ることもしたくはない。だが、わかっているのは宗景は直家が思った以上にこちらのことをよく見ている。そのほとんどが警戒を理由にしているのだろう。こちらが宗景のことを注視しているのと同じように。
「お前は冷たい人間だ。それも並の冷たさではない。氷室の奥でできた氷の塊のような男だ。まともな方法では取り出すことも叶わん」
宗景のその言葉は……直家に言っているというよりは、自問自答に近いのかもしれない。宗景は、欲しいのだろう。そこにどこまでの意図が散りばめられているかは知らないけれど、直家という存在を疎ましく思うと同時に、どうしても手に置きたくてたまらないはずだ。そうさせた。そう思うように仕向けたのは直家だからよくわかる。
「氷室を壊してしまえばよいのです。宗景様ならばできるでしょうね」
「お前の代わりに財をひとつ潰せと?言うようになったな」
「それだけの豪気を持った人と例えたまで。そのようなことをせずともすでに手には入っていると思いますけれど」
直家の言葉に宗景は笑った。
「お前を氷室から出したら刺されるのは私だ」