Ⅴは遠くを眺めるようになった。その目が追うものが何なのかはダンテにはわからないが、多分碌なものではないのではないだろうかとダンテは思う。
Ⅴを連れて帰ってからしばらく経つ。窓辺に夏が親しげに近寄ってくるが、それを見下ろすⅤの瞳は冬空のように寒々しい。不満気なネロをなんとか諭し、ダンテはこの冷めた目をした…痩せぎすな肩の男と暮らすようになった。豊かで艶のある黒髪を揺らし、振り返るⅤの目に覇気がないことに気がつかないダンテではない。
「どうした、腹でも減ったか?」
敢えて身振りを交えて軽く声をかけるが、その目はまるでダンテを透かして何かを見ているようだ。盲目の子供と同じ目をしている。本当に見えてないのではないのかと近寄ると、その瞳孔がわずかに大きくなった。見えてはいるんだよな…と内心ため息をつく。Ⅴはそんなダンテをよそに首を横に振った。
「なにも食べたくない」
そう言ってくることはもはや織り込み済みだ。ずっとそうだった。ここに連れてきてから、ずっと。
「俺は腹減ったから」
「…わかった」
自分中心な言葉だとは思っているが、そう言うとⅤは素直にダンテの側にやってくる。その目はやはり虚ろだったが、ダンテの厚い胸に頬を寄せてぎゅっとその腕を絡ませてきた。温かい。その温かさが、本人の望むものではないことをダンテは知っている。だが彼はダンテの願いそのものだ。だからそっとその痩躯を抱きしめる。もう二度と離れないように。それがⅤの望むものではないとしても。
人ひとり増えるのだから、その生活は騒がしいものになりそうだとなんとなくダンテは思っていた。だが実際は…それまでよりもより静かに、そして若干の気まずさを孕んだものとなった。Ⅴは必要以上のことどころか必要なことすら話さない。ダンテは…それなりに喋るが、Ⅴはそれに対して頷いたり首を横に振ったりで、会話になることが少なかった。その結果、事務所の空気は少しだけ重い。
彼の正体は知っている。彼が誰の欠片なのかもわかっている。だからこそ、だからこそダンテは彼と共に暮らすことを決めた。それがどれだけ歪でも…誰に諭されようと叱られようと、Ⅴをひとりぼっちにすることは、どうしてもできなかった。
簡単な食事を済ませ、ダンテが席を立つとⅤも当然のようについてくる。今日は仕事もない。というか、ここのところまともに仕事をしていない。合言葉付きの仕事はここ最近とんと入ってこないし、細かい仕事に至っては悉く断っている。とてもではないが、Ⅴを事務所に残して仕事に出る気にはなれなかった。
別にⅤがどこかに行ってしまうのではないかとか、そういう心配をしているわけではない。Ⅴはきっと待ち続けるだろう。ダンテのことを。なぜなら彼にはもうダンテしかいないのだ。それをダンテは知っている。だからⅤの傍らから離れようとは思わない。それがⅤの望むことならば、ずっとはできないとは思うが、今この時くらいは叶えてやりたいと思うし、それくらいしかダンテにできることはないのだ。
「ダンテ…」
懐いた猫を思わせるようにその背中にⅤは頭をつけ、ダンテの逞しい腰から腹にかけて手をまわす。指先は的確にダンテの下腹部に触れる。また体を求めてきた。
「またするのか? さっきしたばかりだろ」
朝からセックスしかしていない。もう最低限の生活行動を除けば、Ⅴは常にダンテを求めてきたし、ダンテもそれに応えてきた。仕事ができない理由の一つでもある。だが、流石にⅤの体が心配だ。最初のころはダンテも喜んでその行為に耽っていたが、最近はむしろ諭すようにして寝かしつけるくらいだ。それでもⅤはその体を重ねてこようとする。今も、ソファにダンテを座らせ自らその膝の上に乗ってきた。ふわりと、甘い匂いがする。雨上がりの夜に一人たたずむような、暗がりの中に咲く花のような匂いだ。その身を任せ、Ⅴはダンテの胸元をまさぐる。
「お前はしたくないのか?」
そう言って見下ろすⅤの目は、ただ一人ダンテだけを映していた…ように、見える。その目は妖艶に細められると、ダンテの頬に唇を押し付ける。思わずその柳のような腰に片手をまわし、引き寄せてしまう。唇を求めては食み、舌を這わせ、唾液をちゅ、と吸うとⅤの体が僅かに跳ねた。長すぎる口付けを終え、満足げに自らの唇を舌で舐めるⅤの姿に内心頭を抱える。ああ、本当に弱った。こんな顔をされてしまっては、もう何を言っても聞いてはくれないではないか。Ⅴも、ダンテの欲望も。
「もっとしたい…ダンテ、もっとだ」
更なる口付けを、体の弄り合いを、しつこいほどの行為を強請るⅤの体をダンテは仕方ねえとひょいと抱えて立ち上がる。もともと細かったが、ここにきてからまた一段と痩せたようだ。これからを期待したⅤがダンテの首に手を回しその首筋に鼻筋を寄せる。ベッドの上にⅤを下ろすと、Ⅴは自らの装いはそのままにダンテの服を脱がしはじめた。何も言わず、これが当然といった顔だった。
「そんなに焦らなくても俺は逃げないからな?」
「……お前に逃げられたら、俺じゃ追い付けない」
自虐というよりも、心底寂しげだった。Ⅴの心を傷つける言葉が、どんな形をして、どんな色をして、どんな匂いのするものなのかがだんだんわからなくなってくる。それでもダンテはこういった軽口をやめようとは思わない。気を遣ってそういうことを言わなくなることこそが、多分一番Ⅴを傷つける行為だとなんとなくわかっているからだ。
「Ⅴ…」
Ⅴの背中に手を回し、そのまま引き倒す。躊躇せずダンテの体に腕を回しⅤはもう一度唇を求めて顔を寄せる。貪るようなキスだった。それは睦み合う二人というよりは、獣が互いを威嚇し合うような激しくそして静かなものだった。Ⅴの着衣を乱し体を弄る。細い体に与える愛撫は優しさとは程遠いものだった。ベッドの上にⅤを横たわらせ、ダンテはその体を眺める。
肋骨が浮き出た…折れてしまいそうなほどの体が、扇情的にうねりダンテを淫らな夢へと誘う。
「…絶景だな」
「…ダンテ…は、やく…」
強請るⅤを制止し、その痩せた胸に舌を這わせる。生白い胸元に桃色の突起がまるで少女のそれだと常々思っているが、それは流石に言わないでいる。こんな行為に耽っておいてそういうのもおかしいが、Ⅴを女扱いするつもりは毛頭ない。
「ん、ん…っ」
「流石にココだけではイケねえか」
「……当たり前だ」
だがこういうことは言ってもいいと思っている。何度か試したが、やはり乳首への刺激だけで絶頂に達することはまだできないらしい。徒らにⅤを焦らし機嫌を損ねるだけだったが、それはそれで愛らしいとすら思う。
だがその愛しい気持ちは、きっと模造品のようなものだ。本当に欲しかったものがこれだったのかと言われると、その答えはだれにもわからないとしか言いようがない。ただなんとなくわかることは、Ⅴが何故こういった行為を望むのかということだ。誰かを求めることで、誰かに求められることを獲得することを知った彼は、きっと自らを言い聞かせるようにしてダンテと体の関係を持つことに決めたのだろう。
「早くシたい……ダンテ」
そう言って縋りつくⅤの表情はうかがえない。その本心はどこにも見えない。
Ⅴが生き遺ったこと自体、彼がそれをどう思っているのかすら、ダンテの知りうることではない。それは遠くに浮かぶ他人の影だ。決して追いつけない、決して重なることはない。Ⅴの体を開かせる。期待したそこはひくりと蠢く。もうダンテのそれを受け入れるのに慣れきっているそこに、容赦なくダンテの雄を突き立てる。
追いつけないのならば、重ならないのならば、せめて忘れないように。
「あ、あ……ひっ、う…」
彼を抱くのは簡単だ。だがその心の裡を知り、手に入れることはとても難しい。Ⅴの瞳は変わらず正しくダンテを映しているが、もう二度と何も映さないのではないのかとすら思えるほど、彼は今も遠くを眺めている。ダンテを透かして何かを見ている。それはきっとダンテの望むものではないのではないだろうか。それが悔しいとは思わない…と、ダンテは思わざるを得ない。本当にそう思うかどうかはさておき、そう思わないといけないとすら考えている。Ⅴの体を起こさせ抱き合うようにその体を包むと、彼はそれから逃れるように細い指でダンテの胸を押しその体を倒させた。そして挑発するように膝を立て、接合部を見せつける。ヒュウ、と口笛を吹くとⅤは虚ろな目のまま何度か自ら腰を振る。
ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てるそこをⅤはそっと撫でる。そして膝をつくとダンテの胸元に覆いかぶさった。
「おい、もうへばったのか? 早すぎじゃ…ぐっ」
言い切る前にダンテはⅤの行動の目的をその身で知った。Ⅴの生白い手が、ダンテの太い首筋を抑え、ぎりぎりと絞め上げる。軽いとはいえ体重をかけるそれは、絞めるというよりは押し潰すといったほうがいいのかもしれない。喉笛を圧迫され、声も出せない。酸素を断たれた脳が悲鳴を上げる。体中が冷えてゆくのを感じたが、もがくのは最善ではないことを何よりダンテは知っている。ダンテの腕がⅤの体に回るころ、Ⅴはようやくその手を首から離した。
ようやっと呼吸ができ、ダンテの白みかけた世界に急速に色が付く。なぜか首を絞めたⅤの方が、ぜえはあと息を漏らす。その表情は、その目は、黒く艶のある髪の毛が隠すように被さっている。
「ずっとこうしたかったか、俺に…」
「……」
ダンテの問いかけにⅤは答えない。代わりに顔に貼りついた髪の毛を気だるげに掻き上げる。胡乱な目だった。焦点こそ合っているものの、その瞳の奥に光はない。
「…いいぞ、Ⅴ」
そう言うと、ダンテはⅤの手を取った。肌理の整った白い手を、ダンテは自らの首に押し当てる。
「なんのつもりだ」
今度はⅤが問う番だ。ダンテはⅤの指先にキスをする。
「お前はこうしたかったんだよな…ずっと、この俺に…いいさ、それでお前の気が晴れるならいくらでもやればいい…俺はお前から逃げることはしない。お前が追いつけないところに行くわけがないだろ?」
Ⅴの虚ろな目が滲み、やがてその痩せた頰を涙が濡らす。ひっく、ひっくと喉を鳴らしⅤはダンテの体に縋り付いた。それは子供よりも子供らしく、いっそ産声に近いとすらダンテは感じた。Ⅴが…バージルが望んだ先の未来とやらはわからない。本当にそれが彼の望みかもわからない。ただできることと言ったら、その背中をぽんぽんと撫でるように叩きその涙を受け止め、優しく囁くことくらいだった。
「泣け泣け、減るもんじゃねえんだから…」
「…泣きたく、ない」
「もう泣いてるじゃねえか」
その腰に手を回し、体位を入れ替えⅤを軋むベッドに沈めると、Ⅴは茨のようにダンテの体に腕を回す。そして何も言わず唇を塞いだ。
「…今日はもうこれで終わりだ。いいな、Ⅴ」
その言葉にⅤが露骨に不安げな顔をする。涙を拭うこともしない。子どもの顔から急に大人の顔になったなと思った。そしてⅤはダンテの下腹部に自らのそれを擦り付けると、甘えるように言葉を吐いた。
「や、やだ…もっと…もっと………」
「もっと? これ以上したら死ぬぞお前、わかってんのか?」
ダンテが優しく囁く。自分の体なんだから自分が一番わかっているだろうに。しかしⅤはダンテをぎゅっと抱きしめると、首をふるふると横に振り、掠れた声で囁く。
「いやだ、死んでもいい…ダンテ、離すな…俺のそばにいて…」
なんていう殺し文句だ。あのバージルの、最後に残したパンドラの箱の希望が、こんなに脆いだなんて、こんなことを言うだなんて、思わなかった。涙を流し、ダンテをこれだけ求めているだなんて。あれだけ忌み、それでも心のそばから離れなかった唯一の魂が、いまダンテから離れまいと必死になって言葉を紡ぎ体を繋ごうとしているだなんて。
「そう言われちゃな…Ⅴ、意識飛ばすなよ?」
「ん…」
Ⅴは愛おしそうにダンテの鎖骨を食むと、満足げに頷く。
それから何度もダンテはⅤを抱き、Ⅴもまたそれに応えた。Ⅴの体から迸る欲望の呼び声は、ダンテが応えるべきそれなのかは何度抱いても分からなかった。
散々情を交わし、やっと眠ったⅤの体から影がすり抜ける。体のどこからかすり抜けたかはわからず、ただ少しばかりⅤのタトゥーが薄くなった気がする。その黒い染みはみるみると猛禽の姿となり、ベッドの端に座るダンテの隣にやってくるなりこう言った。
「ダンテ、俺たちはⅤを助けてくれと言ったはずだぜ」
「……わかってる」
「ならいいんだけどよ…俺たちにはもう何もできねえ…不本意だけどアンタだけが頼りなんだよ…Ⅴにとってアンタは特別だからな」
「それはどうかな」
そう言ってダンテはグリフォンを見る。その姿ゆえ表情は変わらないが、やはり彼もどこか寂しげな顔をしているように見えた。彼のいう「何もできない」は、多分そのままの意味なのだろう。Ⅴはこのまま朽ちゆく身だ。それをこの愛しくも悍ましい魔獣たちは引き止めることもできない。Ⅴがなにもかも手放した時に、きっと最後に残るのは彼らだ。ダンテは彼らの事情の詳しいことを知らないが、きっとそうなのだろうと思う。
「ダンテ…なんか変わったな」
「お前も変わりすぎたな、もっとデカかったのに」
「ここであのサイズになったら面倒だろ?」
「…確かに」
そう笑うと、グリフォンははぁー、と仰々しくため息をつくように羽根を広げた。小さくなったとはいえ十分に大きい。ベッドの上ではやめろよと眉根を寄せると、嘴でダンテを小突くようなふりをしてケッとその異形の舌を見せる。
「このままじゃⅤは生きる屍だ…お前とヤるだけのな。俺たちも動きづらいったらありゃしねえ。なんども言うが俺たちだって不本意なんだぞ、それだけはわかっとけよ」
そう言ってグリフォンはその姿を闇夜の色に滲ませて、スッとⅤの体に戻っていった。Ⅴのタトゥーを眺め、指先で撫でながら言う。
「わかってるさ…」
最初にダンテがⅤに触れたのはこの街に帰ってきたその日だった。遺されたⅤを慰めているうちに、それは歪だが、ある意味では自然な流れだった。
Ⅴを抱くと言うことに逡巡がなかったわけではない。これだけは言っておかねばならないだろう。なぜなら彼の本当の姿を知っているから。それでもⅤはダンテを求めてきた。それを無下にすることだけはなぜかできなかった。口付けを交わし、ダンテはそっとⅤをベッドに倒す。生白い肌はこれからを期待するようにすこしばかり上気していた。
「んっ」
その首筋から鎖骨を舌でなぞり、肩を食んだ。ダンテの指がⅤの内腿を弄ると、もぞもぞと体をくねらせる。
「…くすぐったい…」
Ⅴがどこか困惑した表情でそう言う。これから自分が何をされているのか本当に知っているかすら怪しい。いちいち説明するのも野暮だとは思っていたが、これはそうも言えない状況なのではないかとすら思える。
「…本当に男とシたことないんだな」
「お前はシたことがあるんだな」
「…まあな」
男に抱かれたことも、抱いたこともある。そのことを敢えて口にすることはない。Ⅴは…という言い方は正しくはない…バージルは、ほとんど知らない。ここに至るまでにダンテがどのような経験をしてきたのかを。そして話して聞かせるつもりも、はなからない。
Ⅴの胸元に唇を落とすと、そのしなやかな体がわずかに強張る。Ⅴの姿形とその反応の初々しさがあまりにも不釣り合いで、思わず口許が緩む。
「…食いちぎりゃしないさ」
「わかっている…」
「嫌なら言えよ」
「いやじゃない」
言葉ではダンテを受け入れると言っている割に態度はその逆のようだ。頑なで素直とは言えない。だがそれがむしろⅤの本来の姿に重なる。力を追い求めた彼はある意味では素直だったのかもしれないが、ちょっとしたことで本質を見失うほどに脆かった。守りたかったが、守れなかった。同時に彼も同じことを思ったのだろう。
こうしてⅤの体に触れることで、赦してもらおうとか、忘れてしまおうとかそんな都合のいいことを考えているわけではない。だが、互いに諦めるために触れ合っているのではないかとは思った。あの時々で言えなかったことや、できなかったこと。今更埋めると言っても、もうなにをすれば、なにを言えば、なにを慈しめばいいのかすら…もうダンテにもわからない。
ただ目の前にいるこの折れてしまいそうに細い…とても彼とは思えない…生白い肌を薄いピンクに色付けさせることで、何かが変わるのならばとそう思っている。ダンテの指先がⅤの体を震えさせる。見たこともない声で、聞いたこともない表情でⅤはダンテのその愛撫に応えた。Ⅴの下腹部を散々弄ぶ。
「ん、ん…っあ…ぁ…ダンテ…?」
薄く汗を色香とともに纏い、Ⅴは潤滑油を指先に絡め始めたダンテを不思議そうに眺めた。
本当に何も知らないのか…ダンテをその毒牙にかけようとわざとそうしているのではないかと思うほどだが、そうではないことはどこか怯えた眼差しから十二分に伺えた。
「何をするんだ?」
「逆に聞くが今から何をすると思う?」
「…それは…」
Ⅴはその言葉を何度か口に含んだが、飲み込んでしまったようだ。どうやらわかってはいるらしい。
「それがわかれば上等だ。言っとくけど俺のはデカいからな…こうしないと痛いぞ」
「う、あっ…! …あ…っ」
指先を後ろに挿入すると、ダンテの指先を拒むように体がびくりと跳ね力が入る。この塩梅じゃこれは今夜はほぐすだけになるかもしれない。まあいい、楽しみを先取りすることはない…とまでダンテは思っていたのだが、何度か指を抜き差ししたところでⅤはダンテの手を取った。
「…どうした、Ⅴ? もうやめるか?」
「ちが、う……もう…いいから、欲しい…」
「…やめておけ、ウブなやつにいきなり突っ込む趣味はねえよ」
「う……」
なにか言いたげなⅤに、ダンテは少しだけ悪趣味なことを思いついてしまう。こうすればⅤは嫌がるだろう、そして諦めるだろうとすら思えた。
「そんなにシたいなら…俺のを舐めてみるか?」
「…え…?」
そう言ってジッパーを下ろし、露わになったダンテ自身をⅤの顔の前に見せつけた。先ほどのⅤの痴態で十分に膨らんだそれは、Ⅴの顔を蒼褪めさせるのに十分だったらしい。
「…これを、その、俺に…入れる…のか?」
「お前が望んでいたのはそう言うことだぞ?」
「……」
黙ってしまったⅤに内心ダンテは胸をなでおろす思いだった。Ⅴが諦めれば、この関係を維持できる。彼が…いや、本当の姿のはずのバージルが、こうしてダンテの傍にいると言うだけで既に奇跡めいているのだ。これ以上関係を深くするつもりはない。まあ…Ⅴの体つきを見て、セックスできたら面白そうだと思わなかったといえば嘘にはなるが、そういった邪念は考えないようにしていた。
「な? やめておけよ」
「ん…」
「おい、Ⅴ?」
Ⅴはその色気のある唇から赤い舌を伸ばし、ちろりとダンテのそれを舐めた。思わず頬が引きつる。煽ったのは確かに自分だがまさか本当にするとは思っていなかった。
「マジかよ…」
「苦い…」
唇を尖らせて文句を言うが、その次の瞬間にはぺちゃ、と音を立てて舌で愛撫をし始めた。扇情的な姿とたどたどしい刺激に、ダンテの中にある僅かながらの加虐心に火がつく。Ⅴの頭を掴み口を開けろと指示すると、素直に開けたのでそこにダンテの雄を押しつけるようにⅤの口腔内を犯す。
「咥えてみろよ…ほら」
「んんっ…ふ、あ…」
初めてなのだから多少歯を立てられることも想定していたが、Ⅴはまるでよく教え込まれた女のように必死に歯を立てぬように唇で吸う。
「シたことがあるのか? それともされたことが?」
「…ん、ん……」
「答えられねえよな…ん、そうだ、Ⅴ…こっちにケツ向けろ、愛してやるよ…」
その言葉に、Ⅴは顔を上げる。なにをされるかわかっていないのだろう、怪訝な顔をしていた。ダンテは笑ってしまいそうになるのを堪え、Ⅴを胸のあたりで背中を向けて跨らせた。そのままその背中をとんと押してやる。きっと嫌がるだろうなと思いながら。
「そのままさっきの続きだ。わかるな?」
「…これは」
「そういうことだ…シックスナイン、知らねえか」
Ⅴの頰が朱に染まる。なにもかも丸見えなのだからその反応は正しいだろう。そして目をそらしてこう呟く。
「少し、恥ずかしいな」
「なんだ? やめるか?」
「やめ…ない」
「…マジで言ってるのか?」
なんだか取り返しのつかないことをしているとダンテは素直に思っていた。ここまでさせたら引き返せないが…それはそれで面白いかもしれないと思うのがダンテが自覚する自分の少しいけないところだ。
「ん…」
Ⅴは体を屈めてダンテのそれを愛撫しはじめた。必然的に腰が浮き、ダンテの目の前にⅤの臀部が持ち上がる。それを見て満足げにⅤの後ろに指を沿わせる。ぬぷ、と指を挿れるとひくりとその体が震えた。
「あっ…」
負けじとⅤもダンテの雄に舌を這わせる。甘い吐息がかかりダンテの中にある少しばかりの支配欲が擽られた。優しく、壊さないようにゆるゆると前後させていた指を思い切りⅤの奥の方に突っ込むと、ぐちゃりとかき混ぜ、前立腺を探し指を動かす。
「っひ、ん…っ!」
逃げるように快楽を散らそうとするⅤの腰をもう片方の手で掴む。容赦ない刺激にも関わらずダンテの雄に奉仕するⅤの唇からくぐもった声が上がる。
「ん…っん、ん…!」
「おいおい、噛むなよ」
「ふ、あ…っひ! ダンテ!そこ、は!」
ダンテが指を曲げるとちょうど当たったそのしこりをつつくと、Ⅴがダンテの雄から唇を離し背を弓のようにしならせ、声にならない悲鳴をあげた。臀部の筋肉がしなやかに張り、ダンテの指を締め付ける。
「あ…ああ、う…ダンテ、ばか…」
「なんだよ、イイだろ?」
「…ひ、ひう…びっくりした…」
与えられる快楽に慣れていないのはわかっていたが、初めて触られるのにこんなに感じるものだっただろうか。思い出そうとするが何故か靄がかかったようで思い出せない。
しばらく互いに愛撫を繰り広げていたが、Ⅴの後ろがだいぶ柔らかくなってきたのを確認し、ダンテはⅤの体を下ろさせると、その身を抱きしめて首筋に口づけを落とした。
「ダンテ…」
応えるようにⅤがダンテに抱きつく。じっとりと汗が滲むその白い肌を求め、漆黒に染まる髪をかき上げると、その黒で隠れていた耳許が朱色に染まっている。秘匿されていた事実を暴くような…そんな後ろめたさすら今は心地よい。耳朶に吸い付くと、Ⅴの体が若魚のように跳ねる。ここにきて初めての抵抗は甘い吐息を孕んだものとなり、やわやわとしたそれはダンテのいたずら心をそそらせるものだった。
「ひっ…! だめ、だめ…!」
「耳がそんなにイイのか?」
ふるふると首を横に揺らし、Ⅴはダンテの胸を叩く。構わずに耳朶に舌を這わせたり、耳に息を吹きかけたり、考えられるだけのいたずらを施すとⅤは耳だけでなく頬も赤くした。面白い。純粋にそう思う。守りたいような、このままいじめ抜きたい相反する感情がダンテに渦巻く。ひくひくと震えるⅤの痩躯を抱きしめると、弱々しく抱き返してきた。そして懇願するようにダンテのアイスブルーの眼を見上げる。
「も…いいから、ダンテ…たのむ…」
「焦るなよ…」
そうは言ったものの、ダンテもそろそろ目の前のいまにも溶けてしまいそうな…甘い存在を貪りたい欲求が抑えきれない。Ⅴのスラリとした脚を開かせ、後ろの蕾に猛る雄を突き立てる。何度か擦り付けるとそのもどかしい刺激にⅤの息を呑む音が聞こえた。しばらくこうしていたいが、お互いに目の前の果実を手に入れたくて必死だ。ぐちゃりと音を立て、Ⅴの中に侵入する。熱くうねるような刺激がダンテを情熱的に包みこむ。
「あ、あ…っ」
Ⅴの唇から漏れいでる吐息が、苦しげなそれから甘いそれに変わっていく。上気した頬と同じ色に染まり上がった痩躯が、この行為をどこまでも肯定する。まるで全ての真実に薄衣を被せるように。それが本当にあるべき姿でないことくらいダンテには分かっている。でも今だけは忘れていたかった。本当のこと、真実のこと、夢から醒めるには早すぎる。これが現実だなんて知るにはとてもじゃないがまだ傷口が赤くてらついているのだ。
ダンテの総てを受け入れたⅤが、強請るように腰を揺らす。本当に男に抱かれたことがないのだろうかと疑うレベルで彼は急速にダンテを求め、大人の眼をして誘う。
「う、動かないの、か…?」
Ⅴがまるで挑発するように囁く。ああ、一瞬でも我に還ろうと思った自分が愚かだった。まるで滴る密に誘われる蜂のようなものだ。そこには食らいつく本能しかありえない。挑発のお返しとばかりにⅤの耳朶を食みこう言い返す。
「後悔するなよ」
言い終わる前に本能の赴くままに腰を叩きつける。Ⅴが嬌声とも悲鳴とも取れるあられもない声を上げたのはその衝撃のせいだろうかその一瞬後のことだった。ぐちゅぐちゅと結合部からいやらしい音が響き、Ⅴの掠れた喘ぎ声がそれを淫靡に彩る。
考えられるだけ強く、想像の外を行くまで激しい交わりは、Ⅴの思想もダンテの意志もどろどろに溶かして余りあるものだった。
「ひ……ぐっ……アッ…あ、ア… ダンテ…ダンテ…!」
「素質あるんじゃねえか? お前、いい顔してるぜ…っ」
「そんな…ん、あっ…!」
快楽に蕩けるⅤの表情に、体に…こちらも熱を持って返す。蕩けるならば一緒だ。もう二度と離さない。もう二度とこの体を、素肌を、魂でさえも…総てダンテのものにしてしまいたい。
だからふたりが他の人間と情を交わすことがもう二度とないように、激しく抱いた。Ⅴが絶頂を迎え、ほどなくしてダンテも果てた。二度目の交わりをダンテは求めたが、Ⅴはそもそもダンテとセックスをすることだけでいっぱいいっぱいだったのだろう、ダンテの腕の中で眠りに落ちてしまった。
眠るⅤを眺めて、ダンテは少しだけ後悔していた。
この細い…ともすれば折れてしまいそうなほどの体は……兄のもう一つの姿だということを、ずっと心の奥底では否定していた。抱いたら何かが変わる気がして抱いた。だが何も変わらなかった。変わらないどころか、この魂がバージルのそれだということを、まざまざと刻みつけられるようだった。
Ⅴがいる生活…これはダンテが望んだ未来だ。間違いなくそうだ。だが、彼が本来の姿で…バージルのままで…現れた時に同じ望みを抱くだろうか。思わないのではないだろうか、バージルとともに生きる道を、ダンテは選択しないのではないだろうか。いや、言い方が悪いかもしれない。最初から、ともに生きるなんて選択肢を用意されていないのではないだろうか。
ただ単に、Ⅴという体を纏っているだけで、彼はバージルなのだ。間違いようなくそれは事実として横たわる。抱いても変わらない。いや、抱いてしまったからこそ、兄を抱いた弟という複雑に絡んだ運命の糸とやらがダンテを責める。
気が付くとダンテの目の前に一体の悪魔が姿を現していた。いつも屠っているそれとは違う。優しいと言ってしまったらその悪魔は怒るかもしれないが、少なくとも敵意は感じられない。美しい羽根に身を包んだ悪魔…グリフォンは、ダンテのもとにぶっきらぼうに近寄ってくると、いつものけたたましさとは違う低い声でこう言った。
「Ⅴを助けてやってくれ」
聞いたこともない口調だ。いつもの不遜な態度ではない。少し苦々しそうに言うその言葉が本当は本意ではないことくらいダンテには察しがついた。
「助ける? こいつをか」
「そうだ。ダンテ…Ⅴは…死ぬために生まれた体だ。生まれながらに死んだ体なんだ…もう本当なら死んでても驚かねえ…だが、お前がいるからこいつは生きている」
そう言うと、グリフォンが眠るⅤを見下ろすのでダンテもそれに倣った。死体を思わせるほどに不自然に白い肌は、先ほどまでの激しい情交を忘れてしまってはいないかと疑りたくなるほどだ。あの朱に染まったみだらな肌はもうない。
グリフォンは…彼だけでない、Ⅴが従えている魔獣たちは常にⅤとともにある。だから知っている。Ⅴがダンテにどのように抱かれて、どのように染まり、どのように乱れたかを。Ⅴの本意でなかったら彼らはためらわずダンテに敵意を向けただろう。そうでないということは、そういうことなのだ。今はなぜかそれが少し寂しい。
「俺たちだって認めたくねえんだからな…他の誰でもねえⅤちゃんが望んだんだから仕方ねえ」
「具体的にどう助ければいいんだ。魔力なら…十分与えている」
「魔力でどうにかなるなら最初からお前なんかに頼まねえよ」
グリフォンが何か意図を込め、お前なんかに、と繰り返した。そうじゃねえと羽根をダンテに向ける。
「Ⅴは…こいつが思っている以上にベイビーなんだよ、しかも飢餓状態…おっと勘違いするなよ、ハートの話だぜ」
「…なるほどね」
「わかってるか。ダンテ。こればっかりは俺達にはどうにもできねえ…何せ俺らは悪魔だからな。人間のベイビーちゃんにお乳はやれねえ。お前たちに何とかしてもらうしかねえんだ」
頼んだぜ、と言い残してグリフォンは消えた。そしてⅤに還っていった。眺めながらダンテはⅤを見下ろす。規則正しい静かな寝息がいっそ嘘らしくみえるが、その翠の目は開かれない。
「ベイビーねえ」
そう嘯くと、Ⅴの髪を撫でてやる。何も知らない漆黒の…柔らかな髪の毛が、ダンテの指を拒むことなく絡む。具体的にどうすればいいかなんてわかるはずもない。ただ、Ⅴのそばにはいてやりたいと思った。一生は無理でも、ひとときの夢でも、離れずにいてやろうとは思った。
「…ん…」
ダンテの指に気が付いたのか、Ⅴは小さく息を漏らし翠の眼を開く。普段よりもとろんとしていて、隙だらけのⅤはその目を細めダンテの指に自らの指を絡めた。
「起こしちまったか」
「ん、いい…」
そう言ってしばらく目を開いたり閉じたり、体を伸ばしたりしていたが、やがてもぞもぞと起きだしてダンテの横に座る。仄かに暖かいその体温が伝わるようだった。まだ眠いのだろうか、それとも単に寝起きが悪いだけなのか判別つかない。
いや、よく考えるまでもなくⅤのことを…知らない。知らないことだらけなのだ。
「眠いのか?」
そう問うと、Ⅴは首を横に揺すっていや、と声を出す。随分とその声が掠れている。あれだけ乱れたのだ。それも仕方のないこと…だと思うが、普段以上にセクシーなその声にどうでもいい欲情をしていまいそうだ。思わず肩を抱いてしまう。薄く折れてしまいそうなそこは、ダンテの突飛な行動にびくりと震えた。
「…ダンテ? どうした…?」
「なんでもねえよ…あんたがいたから、こうしてみただけだ」
ダンテの言葉の意味をⅤはわからないというように首をかしげていた。嫌がりはしないからきっと不快ではないのだろう。言葉を重ねるように、Ⅴの体を抱きしめ、その肌理の整った白い肌を撫でながらダンテはこう言ってみた。この言い方が正しいかなんて、わからなかった。
「Ⅴ…お前はどうしたい? お前のしたいことを俺は叶えたい」
「…考えたことがなかったな」
Ⅴはそう言ってダンテの体に指を這わせる。応えるように。それからしばらく考えあぐねていたようだったが、出てきた言葉は思った以上に幼く、思った以上に老獪に聞こえた。
「そばにいてほしい…ダンテ…お前と一緒にいたい…そのためなら、なんでもする…なんでも…俺にはなにも、ないけれど…」
「それだけでいいのか?」
「…それしか、望みはない」
ダンテの胸にその体重を預け、Ⅴは少しだけ黙った。残された体は朽ちるだけ。その運命に逆らっているということはなんとなくダンテにも察しがつく。彼に残された望みなんてもうないのだ。打ち砕かれた思いがどのようなことだったかなんて想像したくもない。気まずさすら覚える沈黙が二人を包む。その間を嫌ったのはダンテだった。
「わかった…Ⅴ…愛してる…」
「…?」
ダンテの言葉にⅤは首をかしげる。
思ってもみなかった反応に…本当はもっと初々しい反応を少しだけ期待していたのだが…思わずその翠の瞳を覗き込んでしまう。そんな焦りにも似た気持ちを気取られないようにあえて口元だけで笑うと、ダンテはⅤの顎に指を這わせ、優しく声をかける。
「Ⅴ?」
「…どうしてそんなことを言うんだ?」
「…Ⅴ?」
その痩せた体は、まるで何かの中毒症状を起こしているように震え始めた。そして、どうして、どうして…と繰り返しながら、Ⅴはダンテの視線から…いや、体ごとダンテから逃れようとする。もがくそれは小鳥のようだ。
「おい、どこいくんだよ…照れるなよ」
「…違う、俺は…」
Ⅴはガタガタと震えながらダンテの腕を拒む。その手が、その反応が、ダンテの何かを突き動かした。ダンテは、かつての記憶を辿っていた。あの禍々しい塔での記憶。あのときのバージルを…思い出していた。もう二度と手放したくない。もう二度と後悔したくない。もう二度と…逃がしたくはなかった。
「待てって、おい、Ⅴ」
だからダンテは、体を強張らせ首を振るⅤを、半ば強引に押し倒してしまった。組み敷いた痩躯は、ダンテの逞しい体になすすべもない。抵抗されると思って強く抱いたが、不思議とそこに抗いはなかった。Ⅴのその態度を不審に思い、その顔を覗き込むと、Ⅴはなぜか安堵したようなそんな顔をしていた。
「…そう、それでいい…ダンテ、抱いてくれ…たのむ…俺にそんな言葉は必要ない…ふさわしくない…俺は…俺は…」
過呼吸でも起こすのではないかというくらい、浅い呼吸を繰り返しⅤは懇願するようにダンテに請う。思わず掻き抱くと、零れ落ちてしまいそうな薄い体が、ダンテにすがりつく。
ああ、これでいいんだ。何故かダンテはそう思ってしまった。そして再びⅤを抱いた。これはⅤの望みだと言い聞かせながら。Ⅴがダンテのもとにやってきたその日から、この歪な関係は終わりに向かって始まっていったのかもしれない。
わかっていた。本当のⅤの望みくらい。それを自分が叶えられることも、ダンテはわかっていた。
何故あのとき、それを問わなかったのか。
何故あのとき、答えを提示しなかったのか。
何故あのとき、彼の問いに答えなかったのか。
それだけがわからなかった。
続き