彼が自分にとって何者かなんて知っている。人々の無責任な噂の中には彼の出自を仄めかす類のものがあったし秀忠の耳にももちろん入ったが、おそらくそれらを知る前から直感的に理解していたと思う。
彼は兄だ。それも他の兄弟たちとは違う特別な兄だ。
墨で塗りつぶされた出自の上を歩き、秀忠の僕として畏まるその愛らしい魂はその言葉に肩を震わせ、明らかな動揺を隠すこともなかった。
「……そ、そんな……」
「出来ないとは言わせんぞ、お前には経験がある。俺にはない、ならばお前が教えるのは当然ではないのか……兄とは、そういうものではないのか」
その頃秀忠は確かに少し苛立っていた。鋭利な言葉の切先でなんでも傷つけたい衝動に駆られていた。それは彼の気質の一部だったのでもちろん時と場は選ぶが、今はそれも許される相手だ。
利勝という兄は秀忠にとってそういう存在だった。
「お前が誰と寝たかも俺は知っている……難しい話ではないだろう。俺はお前を抱きたいが、男の勝手はわからん」
利勝は何かを言おうとして……しかし、目の端を赤くするだけだった。自分が何を口にしても結果は変わらない。それを知っているのだろう。聡くそれでいて素直な男だ。秀忠にとってそれだけでも今すぐその体を手に入れたいと思うくらいの力を持っていることに彼自身は気がついていない。
目覚めたばかりの幼い欲望を彼にぶつけたいのだろうと言われたら、それはそうだと思う。しかし一つ言えるのは、けして兄と交わる背徳感に溺れたいということでもないのだ。
閨に利勝を引き摺り込み、その唇を吸った。漏れる吐息すら可愛らしい。体を弄るが、当然彼の佳いところなど知らない。だから秀忠はその指を利勝に委ねさせてこう言ったのだ。
「触られたいと思うところに持っていけ」
ひゅっと息を呑む音が小さく聞こえた。利勝は秀忠の指をおずおずと自らの胸元に運ぶと、少しだけ押し付けた。膨らみのない男の胸だが、やや色素の薄い乳首がいじらしく固くなっているのがわかる。
「ここか」
そう言って秀忠は利勝の乳首を柔らかく撫で、その周りを円を描くようになぞった。
「ひっ」
引っ掻くように爪を立てたり、摘んだりすると体を震わせまた息を呑む。声を聞いてみたいのだが、どうしたらいいのだろうか。気になって乳首を少し強めにつねる。
「ひゃ、あっ……」
「少し痛い方が気持ち良いのか?」
秀忠はそう言いながら胸全体を強く揉み、唇を舐めた。利勝は小さく首を横に振ったが、声を出すことはなかった。漏れる吐息にもう少しで声の色がつきそうだ、体を押してこう言った。
「横になれ、愛してやる」
乱れた服をそのままに素直に横たわるその体に被さり、秀忠は舌で利勝の乳首を舐めた。
「あっ……秀忠、さま……っ」
びくりと体を跳ねさせ、利勝が小さく声を上げる。もっと大きな声を期待していたが、舐める程度ではだめらしい。では、と思い乳首を吸ったり甘噛みしたり、思いつくだけのことをした。
次第に利勝の唇から漏れ出る声が大きくなるのが楽しい。しかしこれで満足するつもりはない。しばらく胸を弄っていたが、それと同時に利勝の臀部をやわやわと揉んだ。
「わかっているだろう」
「……は」
利勝はすでに真っ赤に染まった頬に少しばかり涙を滲ませ、少しだけ上体を起こすと秀忠に見えるように足を開いた。雄から戸渡の下にある孔は慎ましく、男に懐くようなそぶりは見せない。
利勝は香油を馴染ませた指を自らのそこに呑ませる。思いの外すんなりと受け入れたそこは、香油で照っているせいか急にいやらしく見えた。
何度か指を出し入れしながら、利勝は震える声で説明をした。
「こ、こうして……広げます……」
「ふむ……どれだけ広がるのかよく見えんな、伏せてこちらに尻を向けろ、俺がやってみる」
「えっ……そ、そんな、お手を汚すわけには……あっ、待っ……ひぁっ」
転がすように利勝を伏せさせ尻を向けさせる。先ほどまでは見えなかった孔の様子がよく見えた。指が抜けたそこは卑猥にひくつき、物欲しげだ。ならば与えなければならない。秀忠は少しばかり香油で指を濡らすとその孔に指を押し付けた。弾力はあるもののやはり簡単に受け入れられ、利勝の体を中から探る。
「あ、あっ……やぅっ……」
利勝の顔が見えないのが残念だが、聞こえる悲鳴だけでも秀忠を興奮させるには十分だった。中は熱く、秀忠の指をぎゅっと締め付ける。
「思ったよりも柔いな、何本くらい入るんだ?」
「ん、んっ……その、三本ほど、ならば……あっ」
「三本か」
「ひうっ……!」
中指と薬指を呑ませると、狭いものの先ほどよりはだいぶ中を探れるようになった。ぐにぐにと動かしたり、指を広げたり好きに弄ってみる。後で知ったことだが、急に挿れるには三本はだいぶ辛いらしい。しかし利勝は秀忠の指先が与える刺激を受け入れ、より甘い声が漏れ出る。
「なるほど、これで入りそうだな」
「ふぁ……っあ、秀忠様、お待ちを……っひ、ぁ」
「待てん、さんざんお前を佳くしてやった。挿れるだけならば教わらんでもできる」
そう言って自らの雄を少しばかり扱くと、ひたりと利勝の孔に押し当てる。指が抜けぽっかりと開いた孔は誘うように秀忠の雄を呑み込んだ。そこには秀忠がそれまで求めていた快楽の全てがあるように思た。たまらず一度深くまで押し込む。利勝の中は熱くうねり、吸い付くように秀忠を絡め取った。
「あっ、あっ……ん、うっ……」
「ん、なるほど……っこれは、随分と狭くてよいな……」
試しに利勝の腰を掴み何度か打つ。手で扱くのとは全く違うあまりに強い快楽の刺激は秀忠のそれまでの好奇心を一気に塗り替えた。まるでそれをするのが義務のように、欲望に任せ何度も利勝を犯した。
「ひゃっ……あっあ、あっ!秀忠さま、も、もうお許しを……っ」
泣いているのだろうか、悲鳴と嗚咽を漏らし許しを乞う利勝を後ろから抱くと、より一層体が密着して心地が良かった。指で接合部をなぞってみたり、いたずらに利勝の前を扱くなど思いつくことはなんでもやった。秀忠が触れるたびに利勝は声を上げ、背中を弓のようにしならせた。
「お前の顔が見たい、寝ろ」
秀忠がそう言ったのはそれだけ余裕がない証でもあった。利勝は言われるがまま体を横たえる。汗ばんだ白い肌が淫靡に光っていて、朱に染まった頬は涙に濡れててらてらとしていた。兄はこうやって多くの男と関係しているのかもしれない。そう思うと途端にその男どもを八つ裂きにしたい衝動に駆られ、できない悔しさを利勝の中に再び雄を捩じ込むことで晴らした。
「あ、あ、秀忠様っ」
「こうするとより狭いな、狭くて熱くて……ん、魔羅が溶けそうだ……」
「やっ、う、あっ……」
腰を上げさせ、まるで利勝の体で扱くように引き寄せ何度も擦り合わせた。その行為を悦ぶように利勝は悲鳴を上げる。膝を掴み股を開かせるように押すと、淫猥な音を立てる接合部がよく見えた。
「随分と男に懐くんだな、お前の体は」
「うぅ……っん、ひぐっ……」
利勝は涙を流すだけで何も言い返してはこない。どんな言葉も否定する前に一度よく考える彼は、秀忠の言葉に傷ついているのだろう。しかし秀忠の頭をよぎった想像はけしてそんな都合のいいものではなかった。彼がもしかしたら秀忠のこのような言動になにも心を動かさず、ただ与えられる快楽に溺れているだけだったら……それは秀忠のある意味では欲なのかもしれないが、しかし一方で秀忠の希望を裏切るものだ。
「俺が憎いか」
「そっ……そんな、ことは」
「俺はお前が犯されていることを知っていたが助けなかったんだぞ。それどころか……こうして俺もまたお前を犯している。嫌ではないのか?」
蕩けた眼差しのまま、利勝は唇を真一文字に結んで首を横に振る。そうすることしか彼にできることはないことくらい知っている。
秀忠は兄の痴態を眺める。後ろは今も秀忠を締め付け、動くたびにいやらしい音が響く。
「そうか。では愛してやろう。代わりに今後、俺以外の男と関係することは許さん」
「あ、あっ……秀忠様……っ」
戒めるように利勝の体を絡め取り、身動きの取れないようにきつく抱くと何度も力強く雄を捩じ込んだ。その体を何度も味わい、利勝は何も語らずただ小さく喘いでいた。
それが始まりの夜のことだった。