「どうして殴られたかはわかるか?」
目の前には美しい女がこちらを見下している。
一矢纏わぬ均整のとれた体を怒りに震わせ、その目は侮蔑の色を隠すつもりもないらしい。
つい8秒前、ギルバートはこの女に殴り飛ばされた。一人で使うには広いベッドだから多少殴りつけられても大丈夫だと思っていたが、あわや叩き落されるところだった。ギルバートはフィジカルで地位を上げたわけではないのだから貧弱と思われても仕方がない。この殴り倒してきた女とは最初から使命が違う。
女は……ギルバートを一瞥すると、返答がないことに心底失望したような顔をしている。
せっかく美しい顔をしているのに、と残念に見ていると、このいまいち怒りの沸点のわからない気難しい友人はこう吐き捨てた。
「わかっていないようだから今から君がやらかしたことを順序立てて説明しよう。なぜ君ほどの人間がこんなことすら理解できていないのか私には毛の先ほどもわからん。わかりたくもないしわかってしまうことは知性への反逆だとすら思う。しかし私とて修羅ではない。いいか、君は今日ここに私を招いた。珍しく酒がないからどうしたことかと思ったら、食事を頼んだと言っていたな。そこまではいい」
そこまではいい。と女は念押しする。
その通りだ。たまたま知人に勧められたレストランが、友人が来るなら食事を届けるといってきたからだっただけで、他意はない。
研究者一本で生きていた頃と違い、今は人前で食事をすることも仕事の一つだ。不思議なもので、為政者になる人間を判断するときに、人はなぜかやたらと食事での振る舞いを重視する。そういえば目の前の女も、『軍部の上の人間は食事の場がメインの戦場だ』と、心底どうでもよさそうに話していたのを思い出した。
彼らもきっとそうなのであろうが、そういうときは往々として、他人に食事をさせるということも仕事に入ってくるのだ。
そうなるの食事を作る側の人間といかにコネクションを作るかという話にもなってくるから、レストランの申し出を断る理由がなかった。それだけのことだ。
それを説明しようと口を開いた瞬間、女は手でそれを制した。先ほどの鉄拳のせいでこの動きが完全に抑止力として働き始めている。彼女はそのままこう続ける。
「君はそこで奥からいやに仰々しくワインを出してきた。そうだな?」
「そうだ。あれはとっておきだった」
「ああそうか、そうだったんだな。君はそのとっておきに何を混ぜた?」
「ああ……」
そういえば、名前がない。
あれは元は現存する細胞を変化させる薬で、某という名前はある。しかしその過程で面白い薬効が見つかった。そこからいくつか調整をし、多少無理な構成にしたから、元の名前で呼ぶのは都合が悪い。だから、今のところ名前がない。
名前がないものを答えるわけにはいかないのでうーむと黙っていると、それを誤魔化しと判断したのだよう。女はついに声を荒げた。
「お前は私の体を興味本位で女にしたんだぞ!?」
そう言って、友人であるラウ・ル・クルーゼはベッドを殴りつけた。
別に女でなければ愛せないわけではない。男には男の良さがある。それにギルバートが心底愛をぶつける相手となる人間には一定の高い条件がある。
彼はその中でもトップクラスだ。特別の魅力があった。それはセックスアピールに優れていると言うだけでは当然ない。それも当然大切な要素だが、ラウの唇から語られる言葉はギルバートとは真反対でありながら、まるで浸透圧でもあるかのように引き寄せられていく。
それに、どうして互いの価値が違うのかを話し合うことは有意義な時間だ。いかにルックスがよくても話ができなければ意味がないだろう。生まれもった性別も価値の一つとしてあるだろうが、ラウを前にそのような情報量を突きつけるのは野暮ったく感じられた。
それほどすべてが惜しいのだ。ロマンチストだと謗られても構わない。彼は完璧に近い存在だった。
だが、一方で気になったのだ。この金糸を湛え白い肌に覆われた美しい造形が、もしも女だったらどれだけの美女になるのだろうと。
無論薬効だって恒久的でなものはない。せいぜい半日か、長くても一日しか持たないのだ……今のところは。
だからそんなに大騒ぎすることでもないと思う。今日任務明けでギルバートに会いに来たラウが少なくとも今週末まではここに逗留することになっているし、どこかで連れ立って出かける約束もしている。ならば、一日は姿を変えた彼を独り占めできるではないか。
そう思って、ギルバートは躊躇いなくワインに薬を混ぜた。
それに……突然自分の体が女になったラウが、どのような反応をするかが見たかった。きっとそれもギルバート好みのいい顔をすると思ったのだ。
実験は部分的には成功した。ラウ・ル・クルーゼの体は間違いなく女になった。
失敗した点があるとすれば、薬効が出る前にラウが昏倒した点と、目覚めたラウが己の姿に激昂しギルバートを殴りつけた点だろう。体の変化を確かめるために衣服を脱がしていたのもよくなかったのかもしれないが、流石に怒りすぎではないだろうか。
別に裸を見られて恥じらう関係でもない。もうこの体を知っているし、ギルバートだって知られている。つまるところはそういう関係なわけだ。何も不都合はないだろう。薬効が切れるまで愉しみだってあるかもしれない。
そう思っていたのだが、ラウはまだ臍を曲げている。そんな姿もいいものだ。大袈裟な言葉を使い芝居じみたやりとりをしかけてくる普段の彼からはクラシックな色気を感じるものだが、このようにギルバートにだけむき出しの表情を見せてくると却って妖しげな美しさも匂い立つというものだ。
「何も言うことはないのか」
「君をベッドに運ぶのには苦労した」
本当に苦労したことはそこだけだった。ラウはため息をつく。心底失望したような声をあげながら眉間に皺を寄せた。
「聞いた私が悪かった。だがお前を殴らなかったことを褒めてくれ」
「素晴らしいと思う」
ラウが今日何度目かわからないため息をついている間に、改めて薬効の説明をした。副作用の確認もした。どうやら目立った副作用はなさそうだ。これだけ体の構造をいじれるのであれば、見た目を維持する新薬が開発できるかもしれないと言うと、ラウの表情はほんの少しだけ期待に染まる。
ギルバートにだってラウの願いを叶えたい気持ちがあるということをこれで証明できるだろう。彼を手放したくはない。惜しい存在だ。しかしその話にたどり着く前に、ラウはこちらにまだ不快げな視線を投げる。
「私の服をどこにやった?そもそも承知もないまま服を脱がすなど、野蛮この上ないだろう。君らしくもない」
「ああ、サイズが合わないだろうから、いくつか用意しているんだ」
「質問に答えるつもりはないらしい……用意した?」
そう。ラウの体がどれだけ変化するかまでは予測できなかった。ただ元々の身長を加味しても、おおよそ平均的な成人女性の身長は確保するだろう。
そこまで見込んで、いくつか女性用の服を用意している。いくら慣れた関係とは言え、裸のままではなにかと支障が出るだろう。
それに、ただ実験して終わりでも楽しくはないから、バリエーションもこだわったつもりだ。
「まったく君らしいな!?私は着せ替え人形ではないんだ」
ラウはギルバートが用意した服を見て声を荒げたが、かといってこのままでいるのも不便だと思ったのだろうか、いくつか引っ張り出している。
「それはサイズが合わないんじゃないか。すまないが君の胸のサイズまでは予測できなくてね」
ラウの今の体つきは、想定していたよりも女性としての特徴が如実に出ていた。背は高くスラリとしていて、体のラインもメリハリがあった。豊かな胸元を隠すのは少し勿体無いと思ったが、言うとまた彼は怒るだろうから言わなかった。
「一つわかったことがある。君にだけは服を選ばせない方がいい。唾棄すべき趣味の悪さだ。うちにいる若造どもの方がよほどまともな服を持ってくるだろうな」
「心外だな。君の髪の毛や肌の色に合わせたのに」
「色か!?結局そういった虚しか見ない人間だと今ここで露呈したんだぞ。自ら手放した名誉の墓の前で詫びたらいい!何が悲しくて背中がこうも開けっぴろげな服を着ねばならんのか……」
それは当然、ギルバートが背中を見たいから選んだのだが……言わなくても良いだろう。きっとまた臍を曲げるに違いない。
ラウはぶつぶつと文句を言いながら服を取り出している。ギルバートはラウの背中が好きだ。なだらかなラインを締まった筋肉が彩り、作り物のような表情をさせるかと思えば途端に生きた人の慟哭すら聴こえる背中なのだ。
まあ、それもきっと喜ばないだろうなので本人には伝えたことはない。
ラウは結局、黒地に金の飾りボタンがついた、全体的に装飾の少ないドレスを選んだ。他の服は柄だったりレースだったりが気に食わなかったらしい。ラウのような髪や肌には白地の方が似合うと思ったのだが、そんなもの着れるかと言わんばかりに投げ捨てられた。
下着は多少調節していたが、やはり少しきついようだ。手伝おうと寄ると、鋭い視線が牽制してきた。
「そこまで怒らなくても良いのに」
そう言いながら構わず近づく。体に触ると、肌理の細かい素肌が苛立たしげにギルバートを退けようとするが、本気でないことは一目瞭然だ。
女となった友人の体に触る。しばらくむすっくれていたようだが、こちらが素直に下着をつけようとしていることが伝わったのかがばっと振り向いた。……まるで捨てられそうな子どものような顔をして。
ああ、この気難しいが素直な友人は、時折こう言う顔を見せるのだ。普段は余裕ぶって話すくせに、ほんの一瞬見せる年相応な……いや、かつて取りこぼしたであろう幼さを滲ませた顔をする。ギルバートはそんなラウの顔を見るたびに、それは世界の正しさではないと痛感するのだ。
彼は間違いなく不幸な人間だが、結局のところ濃淡はあれど多くの人間は不幸だろう。彼は今の世界が正しくはないと伝えるための預言そのものではないだろうか。そうであれば、福音を求めるのが常だ。現代において、それらは積み重ねた知識と論理、それらの根を持つ科学をもって正しく変えることができるだろう。
それでもラウはいつも言うのだ。自分自身こそが滅びの象徴そのものなのだと。
そんなことを考えていると、ラウはこちらに勢いよく体を向け、こちらに視線を合わせるとこう言った。ぱさりと下着が落ちる。結果的に乱れた着衣は扇状的だ。
「君がそんな純情だなど、私は認めんぞ」
「ラウ?何を言っているのかさっぱりだな」
ラウはギルバートを睨み、あらわな乳房を否応なく押し付けてきた。
何も思わないわけではない。だがそれはその持ち主がラウだからだ。誰でもいいわけではない。
しなやかな獣を思わせる美しい体は、ギルバートを見上げ、そして笑った。挑発でもするようだった。
「なんとも思わないのか?」
「何か言ったら大抵君は怒るからな。でも君はどんな姿でも美しいと思う」
はっとラウは息を吐き、そのまま背伸びをしてギルバートに抱きつくと噛み付くような口付けをした。
いつもよりも柔らかな肌を撫で、ラウの好きなようにさせると、甘やかな空気とは裏腹に思い切り押されベッドに倒される。流石に驚いて目を見開いた。
「ラウ」
本来の姿ですらここまで手荒な誘いはなかったし、まさか抵抗すらできないとは。純粋な筋力でラウに勝てるなんて思い上がるようなことはないが、女の姿でもその差がないとは思わなかった。筋肉量がどれだけ変化したかも知りたいな……と悠長に考えていたからだろうか、首筋に噛みつかれる。まさに美しい獣ではないだろうか。このまま喰われても、なんの未練もないと思った。
引き剥がされるように服を脱がされる。こちらも黙ってされるがままにするのは惜しい、露わな素肌に唇を寄せ、お返しとばかりに舐めた。
「ん」
淫らな捕食行為に応えるように髪を撫で、ラウの背中を撫でた。跨るように促し、柔らかな尻を愉しむ。気高い魂が纏う肉体は瑞々しく、鎖骨や胸元への愛撫はいつもよりも違う景色がした。
「ギル」
妖艶なまでの笑みは、ぞくりとするほどの熱と毒を帯びていた。
「私を抱くといい。これが目的だろう?」
なんて無邪気に、自ら滅びの道を進もうとするのだろうか。そこは虚ろで冷えた風の吹き荒ぶ道だ。これからの行為を仄めかす言葉としてあまりにも寒すぎる。
「それもある」
「それ以外は嫌だ」
「君の体だけが欲しいわけじゃない。私はそこまで禁欲的にはなれないよ」
「欲の塊がよく言う……私とて興味があるんだ。悪いか?」
言葉の端々に、吐息が彩る。そんなこと言われずともわかっている。ラウ本人は指摘すると嫌な顔をするだろうが、彼がギルバートに向ける視線には全て意味があるのだ。ただ性欲を発散するだけの仲ではない。
トップもボトムも経験し、体を重ねるたびに互いに楔のように情が打ち込まれていく。ギルバートがラウを惜しむように彼もまたギルバートが惜しいのだ。
再び唇を重ね、ラウの胸に手を伸ばす。豊かでハリのある乳房はギルバートの指先の刺激にふるりと震える。押し倒された状態のまま、下から首筋に、肩に、乳房に唇を寄せる。
「ン……」
「胸の感度はいつもと同じくらいかな」
「……よくわからん、ア、おい、ギルバート」
控えめな色味の乳輪を舌で刺激すると、ぷくりと乳首が硬さを持ってアピールしてくる。
普段は胸をいじってもラウはこれ以上の反応はしないから興味があった。
恐らくそこは女の体でも同じなのだろうが……しかし、感度とは別の、女の体を弄ばれているという事実に震えているのだろう。
「君が可愛いからつい」
乳を吸われて恥じらうなんて愛らしいじゃないか。ラウの吐息がギルバートの耳元にあたる。
そのまま体勢を入れ替え、横たわったラウをまじまじ見つめる。臍を触ると怒られた。
「そこは変わらんだろう」
「とはいえ、いきなりここに触れるのも」
「さ、触ってから言うな……あっ」
柔らかな陰毛の先に慎ましく閉じた下腹部、脚を広げさせる。普段の雄らしい特徴は見事に消え失せ、滑らかな女陰が慎ましく存在していた。陰ローションを絡ませ、なじませながら陰核を探る。柔らかく芯を持つ小さなふくらみを、指の腹で丹念に擦る。
「あ、ア、ん……ッ」
堪えられている声とは裏腹に興奮し血が集まっているのがわかる。ぷくりと存在を主張する愛らしい蕾を指先で捏ね、たまにタップするように叩いたり、優しくぐりぐりと押しつぶす。まだ触られてすらいない女陰がひくひくと期待しているのも、彼の中の欲望そのもので愛おしい。シーツを蹴るように体をよじり、甘い吐息を放つ本人は刺激が終わらないことに文句を言った。
「し、しつこいな、君も……っ」
「男の時とは全然違う反応だからね。それは勿論触るよ……それに君が嬉しそうなのが私にも伝わってね、とても楽しい」
「もう、い、い……ア」
びくりと震え、無意識だろうが腰がわずかに揺れている。女の体の快楽というのは男のそれよりも遅効的に広がるものだというから、元の体が男であるラウがどのようなリアクションをするかと少し意地悪なことをしてしまった。まあそれも想定したよりは控えめな反応だったが……。ラウはひっと息を呑むと、びくんと体を震わせた。
「絶頂したね?どうだろう、普段とはどれくらい違うかな」
じっとり汗ばむ締まった太腿を撫でながら笑うと、はあはあと息を継いだラウがうっすら紅潮した頬のままこう返した。
「……言葉にし難いが……いつかお前にも絶対にこれを味合わせてやると思った」
目が本気だ。それだけ愛されていると受け取っておこうと思う。
「わかった。じゃあこれが終わったら私も同じ薬を飲むよ」
「言ったな、ギルバート」
ラウの体に被さり軽口を叩きながら口付けを交わす。体を弄られ、次の行為を強請られる。
ああ、いつもそうだ。ラウは久しぶりにギルバートと会うとなるとせっかちになりやすい。日頃は何かと斜に構えてはいるが、長い軍務明けなどは非常に素直で、それでいて荒々しい。
陰唇に指を這わせるとひくりと体を震わせる。
「あ……ギル、早く……」
入り口を焦らすようになぞって愉しんでいたら睨まれた。とはいえ瞳は熱っぽく、普段のような冷たさはない。すでに十分濡れていそうだが、ここを使うのは当然初めてだ。ローションを手のひらで温め柔らかく拓くように指を挿し込む。
「ひ、う」
「痛いかい」
「変な、ン……気分だ……あっ」
入り口あたりを掻き回すようになぞると愛液が滲み出てくる。それらが形よく締まった尻を伝いシーツを汚す様は扇状的だと思ったが、言うと怒りそうだなと内心笑う。
「あ、ぁ、ギル……や、ぁ」
中を丹念にほぐすように出し入れする。何度も、何度も……ギルバートとしては、まさにラウの処女を奪うのであるから、少しでも痛みを感じさせないよう紳士的に振る舞ったつもりだったが、ラウはそうは受け取らなかったようだ。
「いい加減に、し、ろっ」
女の身だとしても本気で抵抗されたらギルバートにはどうすることもできない。すらりと伸びた足に本気ではないだろうがそれなりに蹴られた。
ついでに腕を掴まれ再びベッドに沈められる。手荒な淑女もいたものだと呑気に思っていた。その雪解け水のような目が欲に燃えているのを見るのは好きだ。
「痛いよラウ。そんなに焦れさせてしまったかな」
「うるさい……寝ていろギルバート。お前は余計なことをしない」
そう言ってギルバートにのっしり跨るラウの肢体は圧巻という他なかった。こちらを見下ろす上気した頰、豊満な乳房は揺れ、秘部からは愛液がとろりと溢れていた。
ラウはこちらの視線を妖しげな笑顔で受け止めると、するりとギルバートの雄を指でなぞる。すでに血が集まり始めていたが、ラウからしたらまだ足らないのだろう。何度か扱き上げる力加減がちょうどよい。指先の柔らかさも違う。
何より期待するラウの表情が……蕩けながらもギルバートをけして逃がさないその眼差しがたまらない。ゆるゆると扱き上げたギルバートの雄を自らの陰部に埋め込んでいく。
「ン……あ、ア」
少し胸を仰け反らせ、破瓜の痛みに耐えているのだろう呻く声。しかしそれも一時的だったのか、先程までの愛撫のお陰かはわからないが……やがて吐息に快楽の色が付き、締まった太腿に力が入る。たん、たんと腰を打ち据え、自らの内部でギルバートの雄を扱き始めた。中は熱く、男の秘孔とはまた違う柔らかさと弾力があった。
ラウが腰を揺らすさま、汗に濡れた体、結合部のすべてが見える。何かをラウに与えたくてその腰に手を伸ばそうとすると、その手を取られベッドに縫い留められるように抑えられた。
「あ、ア、ギル……あっ」
まるで犯されているようだなと思ったが、それ以上にラウの快楽に頬を染めて善がる声がたまらない。少し腰を揺らしてやれば、抑え気味のそれが少し高くなる。
「ラウ、好きだよ」
それに応えるように指先に籠る力が少し弱まり、代わりにラウの中がきゅ、と締まる。柔らかいが少し狭い中で、高められていくのを感じた。女になってもラウの体は変わらずわがままにギルバートを欲しがる。
「ギル……っあ」
「ラウ、すまない……そろそろ出そうだ」
ラウの手を縛めを振り払い彼のくびれた腰を掴む。下から突き上げると、それまでとは違う場所に当たるのかラウは背を反らし喘いだ。何度も、何度も求めあうように腰を揺らし、そして彼の中で果てた。
「約束は守るよ。私も同じものを飲もう」
言い終わる前にラウはギルバートのその口を手でぐっと抑え、凄んできた。これまでの甘い雰囲気が一瞬で霧散するようだ。先ほどまで確かに愛し合っていた。女の体を得たラウは煽るようにギルバートを求め、ギルバートもまたラウを求めた。それだけにやや気怠さと穏やかさが混ざったような空気があったはずなのだが……。
ラウは眉を顰め、ギルバートを信じられないものを見るような目で見て、そして糾弾する。
「まさか反省していないだと?君は頭の回転が速すぎていずれ狂うタイプだと常々思っていたが、本当に狂っていたんだな」
「どうしてそんなひどいことが言えるんだ。私は君のことが好きだからなんでもやりたいと思っているのに」
ラウは心底呆れたという顔をする。こちらとしてはラウの期待に応えようと思ったのだが……。
「もういい、わかった。薬を出せ。君も飲め。なんでもやるんだろう。なんでもやれ私のために」
「ああでも私、明後日会食があったなぁ。戻るだろうか」
「知ったことか。女の姿で出ろ」
「まあそれも面白そうではあるけれど……」
そう言って、薬を詰めた瓶を取り出す。安定性が実証できないので遮光瓶で保管しなければならないし、カプセルで運用するにはもう少し時間がかりそうだ。
そんなことを思いながら、ラウの前で薬を飲んだ。多少苦味があるが、そこまで刺激があるわけでもない。ワインレベルのアルコールであれば簡単に匂いが飛ばせるし、ラウが気が付かなかったのは元々の苦味が作用したのだなと呑気に考えていると、それを眺めていたラウが何かに気がついた顔をした。
「そういえば、私があの薬を飲んでからどれだけ寝ていた」
「1時間くらいかな……あ、そうか」
その瞬間ぷつりと意識が途切れた。そういえば、ラウも飲んですぐに昏倒したな、と気がついた瞬間だった。
目が覚めると、ギルバートはベッドに横たわっていて、隣にはラウが寝ていた。無垢の色をした髪が美しい額にかかり、長いまつ毛が力強い眼差しを隠している。彼の寝顔が好きだ。まるでこの世の全ての幸福を集めたような美しい寝顔だ。実際の彼の半生とは似ても似つかない。
自分の体を見るとなるほど女の姿になっている。実験は成功だ。むくりと起き上がって、完成した女体をラウのそれと比べた。
ラウのしなやかで弾力のあるたわわな胸元、締まった腹部から腰への緩やかなライン……それら全てがギルバートにはなかった。ささやかな丘のような膨らみはあるが、細く肉の乗っていない四肢は思っていたのと違う。個人差があるのだろうか?
しげしげ眺めていると、腰にかけて衝撃が走る。
「おはよう」
ラウの手がギルバートのくびれの少ない腰を掴んでいる。ラウはため息をつき、嫌そうな顔をしてこう吐き捨てた。
「女になれとは言ったが、子どもになれなどとは一言も言っていないぞ」
「背丈を考えてみてくれ。十分大人だ」
「はあ……元々薄いとは思っていたが、小さくなっただけだなこれは……これで喜べるほど私は罪深くないつもりでいるがね」
ラウの言葉にギルバートはむっとして、腰を触っている手を拾い上げるように絡めると唇を寄せた。
「人に容姿を揶揄われると腹が立つんだよ。わたしだって人間だからね」
「人の体の性別を勝手に変えておいてまだ自分が人間だと思ってるのか」
「好奇心があるのは人間の証明だよ」
「どうだか」
ラウに腿を撫でられる。
「ん」
仰向けに倒され、ベッドに押し付けるように、それでいて優しく撫でられる。しなやかな指の動きが心地よい。腿、腹、胸元とラウは確かめているようだった。この体が女になっているのかを。胸は弱い。薄い色の乳輪をすりすり撫でられただけで意識していなくとも抜けるような甘い声が出そうになる。
「趣味じゃないと言ってなかったかい?」
「体はな」
意地悪なことを言う恋人と合わせるだけの口付けを何度もした。心地よくて、気だるい体なのも相まってこのまま引っ張られそうだ。
「あ」
ギルバートの女になった股を、細い指がすりすりと擦る。先ほどまでこちらがしていたことのお返しとばかりに陰核を責められ、思わず腰が跳ねた。ラウはその様子を見て笑う。
「随分と快楽に弱くなったんじゃないか?私はもう少し耐えていたぞ」
「これは……随分クるね……ねえ」
もっと、と甘く囁くと、ラウはギルバートの脚の間に体を滑り込ませる。何をするのかとぼんやりしていると脚を開かされ、肘で太腿を固定された。
「あ、それは……流石に少し照れるね……ッ!?あ、ア、ちょっ……ふ、あ」
ラウの舌が露になったギルバートの陰核を捉え、ちゅ、と吸った。瞬間体の奥から熱を持つような不思議な色の快楽が押し寄せてくる。思わず脚を閉じようともがくが、女になってもしなやかなラウと違い筋肉のより少なくなったギルバートではなすすべもなかった。
「ん、ン……っあ、あっ!ラウ、ら、う……ッ!あ、なんだか、これ……っ」
そのつもりはないのに背中を反らしてしまう。頭をシーツに擦り付けるようにして逃げようとしても、いつのまにか腰ごとラウに抱きかかえられており、逃げるどころかまるで強請るようにこすりつけてしまう。味わったことのない感覚に声が上ずり、逃げられないことも相まって蕩かされていく。
「あ、ア!ラウ、い……ッ!」
びくりと下腹に重い感覚があり、どこか出血でもしたのかと思うほどどくどくと拍動めいた感覚が絶頂した陰核を中心に広がる。縛められ抵抗できない脚が意識の外でぴんと伸びてしまうのが、なんだか恥ずかしい。
息を吐き、だらりと脱力したがまだ熱が冷めない。女の体のせいなのかギルバート個人の差異なのかはわからないが、強い刺激にまだ体が捕らわれている。
「君はいつもボトムの時煩いが、今日はいつにも増して煩いな」
この程度で、とラウが満足げなのが癪な一方、そのためにここまで求めてきた様子に嬉しくなってしまう。
「君に食べられてしまうかと思ったよ……」
「何を言ってるんだ君は。快楽で頭のネジが飛んだか」
「今の……私も君にシてもいいかな?」
「してもいいが、お前のその自慢の頭を脚で挟んで潰す」
物騒なことを言うラウが、実は普段から口淫を好まないのを知っている。
ギルバートもラウのものを舐めたことはほとんどないし、最初の頃は当然好きだろうとシようとしたが、そんなものはいらんとばかりに跳ね返され抱かれたことすらあった。初心だということではなく純粋に何が楽しいかわからないそうだからそのままにしていたが……まさか女になっていきなりされるとは思わなかった。
「君のその腿に挟まれるなら……ちょっと待ってくれないか、ラウ?え、ア」
「もう終わりだと思ったのか?」
絶頂したのだからいいだろうと身を捩ろうとしたとき、ラウは再びギルバートの脚を掴み意地悪く舌での愛撫を再開する。果てたばかりの敏感な陰核は先ほどとは違うもっと質量のある快楽に押しつぶされた。
「ラウ……ッいま、そこは、ア、だめ」
今度こそ快楽を逸らそうと脚を突っ張るがどこにも引っ掛からない。男の頃と違って身長が足らずラウの形美しい肩の上をばたばたと空を切るのみだった。刺激に弱くなった陰核が得るそれは先ほどまでとは違ってやや痛みを伴いながらも、じわりとした快感は絶頂後にも消える気配はなく、むしろ火に薪をくべるように刺激によって維持された。
「ひ、ンッ……!ら、う……あ、あ」
少しずつ刺激に慣れ、温かい感覚とともに心地よさが勝ってくる。それが伝わったのかラウは縛を少し弱め、陰核を刺激したまま女陰に指を差し入れた。
「ひゃ、あっ」
「狭いな」
「んっ」
ラウの吐息が前庭にかかり、思わず腰を跳ねさせてしまう。絶頂するまでではなかったが、あぶないところだったと胸を撫で下ろす。
ラウの指の腹はギルバートの女としての入り口を柔らかくなぞる。そうでなくてもその刺激が心地よいところに猛追するように陰核をいじめられ、意識せずともラウの指を食い締めてしまう。
「あ、ラウ、そこ……っや、あ、あ……っ」
中からぐり、と抉られるように指を動かされ、声がうまく出せない。最初は痛みかと思ったが違う、弾けるような快感の波がギルバートを絡めとる。
仰け反る無防備な蕾をラウは許してはくれない。吸ったり舌でつついたり、中と外で挟み込むように快楽を与えられ、そのつもりはないのにがくがくと太腿が震える。そして強烈な……尿意にも似た何かが襲っていることにも気が付いた。まさかと思ったが判別がつかない。慌てて声をあげる。
「あ、ア……!ラウ、ラウ……っな、でそう……!」
「いい子だギルバート」
ラウはそう笑ってギルバートの内腿をがば、と開くと指を腹側に向けまま引き抜いた。
「ひっ……!あ、あ、ァ……」
ぷし、と潮を吹き、ギルバートは2度目の絶頂をした。
「そうなんじゃないのかなあ」
ギルバートが何かを言っている。
正直な話、彼が何かを口にした時は碌なことにならないことが多い。もう手遅れなことも多い。
彼の常軌を逸した好奇心に当てられて変になっていた。女の体を愉しむどころか、女の姿になったギルバートを抱くことさえしてしまった。
くてんとベッドに転がされたギルバートは、自らの……もうそれは少女だろうとしか言いようのない体をいじっている。先ほど散々触っておいてなんだが、情緒もへったくれもない。
「元々の筋肉量によってホルモン量が変わるんじゃないかと思って」
ギルバートは別にラウに向かって言っているわけではないのだろう。ついでにラウの体も触ろうとする。正直後悔の方が大きいのだからそっとしておいてくれと言いたいところだ。
「ラウ、ねえ」
鬱陶しいと思って無視を決め込んでいたが、ギルバートがこんなことを言いだした。
「君が先に男に戻ったら私を抱いてくれないか」
「は?」
「だって私は抱かれていないよ」
「あれだけされてまだ純潔ぶっているのか君は」
ラウの皮肉にギルバートはでも、と唇を尖らせる。
少女らしいあどけない顔立ちは、年齢をどこかに置いてきてしまったのだろうか。研究すべきはこの状態そのものではないか、ラウがなによりも欲しいものは実はこいつが全て持っているのではないだろうかと、猜疑心にも近い感情が渦巻く。
「この体で全部知りたいんだ。君を」
「コレクター気質とは知らなかったぞ」
「でももっとすごいと思う……ねえラウ、明日も一緒にいよう」
脳味噌まで少女になってしまったのかと揶揄おうとしたが、自分の体を眺めてやめた。そういえばこちらも体は女なのだ。外を出歩くわけにもいかない。
諦めとはまた違う、未知の明日に対する視点ができそうだったが……少なくともこんな形で得たくはなかった。ギルバートの頬に口づけをして、ついでに体を抑え込み否が応にも抱きしめてやる。
「……わかった」