交流が生まれたばかりの頃、右近が忠三郎に教えの話をすると忠三郎は決まってその話はもう聞きたくないと右近の話を遮り避けてばかりだった。
右近としては、忠三郎こそ救いの教えを聞くべきだと思っていた。もちろん彼が仲間になればより一層うまくことが運ぶだろうという右近なりの下心だってあった。だから、躍起になって忠三郎に会うようになった。
ある時だった。少しなら話を聞いてもいいが条件がある、ということで右近は忠三郎の屋敷に呼ばれた。条件というのが何か気にかかるところだったが、右近は自分でできることならばなんでもしてやろうという気概で忠三郎の屋敷に赴いた。
「条件とはなんでしょうか」
もてなしも早々に右近が話を切り出す。
そうすると、忠三郎は咳払いを一つした。するとそれまであった人の気配がすっと消える。ああ、聞かれては良くない話をするのだな、とその時は思っていた。
忠三郎はこう切り出す。
「……俺の噂はご存知ですか」
「噂……ですか、いくつか耳に挟んだものはありますが」
「そうですか」
そういうと、忠三郎は右近の顔を見た。まるで職人が器を作るときのような、真摯な眼差しだった。それはその眼差しに似合わぬ突拍子もないことを言い始めた。
「単刀直入に言うと、俺は男を好みます。とりわけ美しい男には目がありません。例えば……」
そう言って忠三郎は右近のもとに寄ると、徐に手を取る。少しぎょっとしたが、手を払ってはこれまでの関係性が壊れてしまうと何もできずにいた。
「こういう手のしなやかな……ああ、あなたは特に綺麗ですね。いい手をしていらっしゃる」
「あの……つまり、私にどうしろと?」
忠三郎の噂を知らないわけではない。ただ、それが自分に向けられているとは思わなかった。どうしたものかと困ってしまう。右近は男と関係を持ったことはない。教えではそれはいけないことだと聞いて、そもそも興味もなかったからそのままにしていただけだ。男だけではない。妻はいるし子供もいるが、右近はそこまで人に性愛を向けられない。逆転して、向けられるのもそこまで好きではない。
右近の言葉はそう言う意味も持っていた。流石に自分のできない範疇のことならば、忠三郎を諦めようと思っていた。だが彼は右近にこう言った。
「少しばかり、甘えさせていただきたい」
「……え?」
真っ直ぐな目だった。そこにやましさや淫らな感じは全くなかった。むしろ清々しさすら感じた。忠三郎は右近の手を握る。
「何も稚児の真似をしろとは言いません、今宵だけ、それも少し触れられるのなら……話を聞いてもいいと思います」
「それは……」
「悪い話ではないと思いますが」
右近はしばらく考えたが、それだけなら、と忠三郎の手を握り返した。
「……わかりました」
衣摺れの音を微かに立てて、右近は忠三郎にその素肌を晒した。忠三郎も同様にその精悍な肌を見せている。忠三郎は右近をじろじろ見ることはなかったが、それが逆に羞恥心を誘う。
忠三郎は右近の肩に手を添えると、そのままぎゅっと抱きしめた。少しばかりの熱がむしろ寒々しく感じた。よくないことをすることだけはわかる。
そして有無を言う間もなく床に寝かされ、組み敷かれた。流石に恐怖感がちりちりと右近の胸を騒がせる。忠三郎はそんな右近の表情の強張りからそれらを察したのだろう。優しく声をかけた。
「少し触るだけです、嫌なら仰ってくだい」
「はい……」
そう言って目を伏せると、忠三郎は右近の肌に指を這わせた。首筋に唇を押し付け、するりと舐められる。えも言われぬ感触になんとか声を抑えたが、体の震えは止められなかった。
忠三郎はそのまま右近の胸元を弄る。先程の感覚よりは、くすぐったい方が勝ってしまう。こんなことをして本当に楽しいのだろうか。忠三郎の舌が右近の胸の突起を潰し、少しだけ吸った。やはりくすぐったい。ぼんやりと、世の女が子に乳をやるのは大変なのかもしれないと思った。
「ん……高山殿?」
気づくと、右近は忠三郎の頭をぎゅっと抱いていた。はっと我にかえる。
「痛かったですか?」
「いえ、あの……なんでもないです…」
ふるふると首を横に振ると、忠三郎は微かに笑って、右近の唇に触れるだけの口づけをした。思わず身を硬くし目を閉じた。くすくすと忠三郎が笑う。
「あの高山殿がこんなに可愛らしい方とは知りませんでした」
自分が初心だと思ったことはないが、考えるまでもなく経験ではこの年下の男の方が上だ。自分が情けなくなるが仕方ない。これも彼の救いの道のためだ。
しばらく体を弄らせていた。忠三郎は不思議なところばかり触った。腋や腰や太腿だ。とりわけ背中は困ってしまう。くすぐったいし、それ以上のなにかぞわりとした感覚で思わず声が出てしまった。
「し、失礼……」
そう言って口を塞ぐと、忠三郎は何故か右近の手をその大きな手で包みこみ、口が塞げないようにしっかりと握った上で再び背中に唇を這わせた。
「ひ、ゃっ!」
何が面白いのか分からないし、これは本当に甘えてるだけなのかどうかも分からなくなってきた。しかし忠三郎は満足げに右近を再び仰向けにすると、愛おしげに抱きしめてくる。
「ん……」
ふと、太腿に何かが触れていることに気がつき、少し身じろぎをする。なにか、硬いものがある。それが何かに気がつくのにそう時間はかからなかった。
自分のこの体で興奮しているのか……本来ならば恐怖心が勝つであろうこの場面だったが、あまりにも現実離れした事態に頭が働かなくなったのか、右近はむしろ興味すら持ってしまった。忠三郎はそれまで自らのそれを触っている様子はなかったし、どこかに擦っているわけでもない。ただ右近の素肌を見ただけだ。こう言う人もいるのだな、と場にそぐわず感心していると、忠三郎も右近の視線の先に気が付いたようだった。
「……高山殿」
「は、はい……何でしょうか……」
「もう十分甘えさせて頂いたので、お約束通り話を聞きます……ただ」
「ただ?」
「追加でお願いを聞いてくださったら……そうですね、あなた方の言う聖堂に私も行きましょう」
新たな約束に右近は目をぱちくりさせた。聖堂に、つまり拝礼に参加するとなればきっと忠三郎ももっと興味を持ってくれるだろう。
だがこの状態でさらなる願いとなると、右近でもどうにもならない可能性の方が高い。
「……ちなみに、そのお願いというのは……」
「俺を鎮めていただきたい」
きっぱりと言われたことは右近の懸念を的確に刺した。
「し、しかし、その……」
「無論あなたに負担のかかることはしません」
あまりにはっきり言うので、まったく根拠はないが納得しそうになってしまう。右近の答えを忠三郎は待っているようだった。その瞳の無邪気さが却って恐ろしいことにこの男は絶対に気が付いていない。
考えたが、ここまでやっておいて今更引き下がるのも違う気がして右近は小さくこう答えた。
「わかりました……私に、できることなら……」
忠三郎はそれに対して少し意外そうな顔をしていたが、ふ、と笑ってこう言った。
「では少し滑りをよくしましょうか」
「……え?」
なんのことかわからず戸惑っていると、右近の内腿を忠三郎の指が撫でる。
「あっ」
「くすぐったいですか?我慢なさってください、ただの香油です」
内腿に塗り込められた香油はてらてらとしていた。もうなにがなんだかわからない。何が始まるのかもよくわからない。
「嫌でしょうから、目を瞑っていてください……大丈夫、悪いようには致しませんから」
「…………でも」
逡巡する右近の顔を見て、忠三郎は寂しそうに笑うとその顔を右近の耳に寄せた。近づく忠三郎の瞳に息を呑む。
「高山殿、お願いします……目を瞑っていて」
優しい声が少し震えていたのが印象的だった。どうしてそんなに不安げな声なのだろう。これから何をするかはわからないが、忠三郎はこう言うことに慣れているのではないのだろうか。
思わずぎゅっと目を閉じた右近の頬を、恐らく忠三郎の指が優しく撫でる。
膝を立てるよう誘導され、しばらくその通りにしていた。すると右近の閉じられた股の間に熱いなにかが捩じ込まれる。それが忠三郎の雄だと気がつくと、たまらず声を抑えきれなくなる。
「ひっ……」
「高山殿…しばし、辛抱を」
脚を重ねるように閉じさせられ、忠三郎の雄がそこを出入りすることで、普通に情を交わすよりも浅ましく許されないことをしている後ろめたさに襲われる。同時に尻から腿の裏を打ち据えられるごとになにかがじわじわと右近の思想を掻き乱した。それは今まで右近にとって他人事だった感情の動きだったのかもしれない。
「あ……っ」
揺さぶられるたびに思わず漏れる声が自分でも情けない。急に怖くなって早く終わってほしいと思った。本当ならば、もっと早くそれに気がつくべきだったのだが……。
ふと、恐る恐る瞼の力を緩める。ぼやけた視界から少しずつ霧が晴れて見えた忠三郎は、先ほどとは違う表情をしていた。紅潮した頬に寄せられた眉根、はあはあと息を切らすその姿は、いつも見る好青年の忠三郎と地続きだと思った。そうしてみると可愛いものだ、年も下だし、必死な感じが……何故いま可愛いだなんて思ったのだろうか。
「んん……っ」
忠三郎は低くうめくと、右近の腹に精をぶちまけた。やっと終わったと思う片方で、右近の感情は少しばかり複雑に渦巻いていた。
忠三郎はその後、至って優しく右近の腹の精を拭ってやると、慣れた手つきで右近に服を着せた。先程の表情はもうなかったが、どこかにまだ残ってる気がしてしまう。
「では約束通り聖堂に伺わせていただきます。都合の良い頃を教えていただければ……」
結局、忠三郎は右近との約束を守ったばかりか、聖堂での最初の説教一回を受けた折にひどく感銘しその場で切支丹になることを約束したという。
右近と忠三郎は背後まで盟友だったが、その関係性がそれ以上進むことはなく、あの夜の出来事自体、互いに胸に秘めたままであった。