SSまとめ

貴方は与一郎×右近で『愛してみろよ』をお題にして140文字SSを書いてください。
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「隣人を愛するとは、どういう意味なのでしょうか」聞き齧りの知識だ。意味なんかない。右近を抱くことにも、意味なんかない。しかし右近は意味を見出そうとしてしまう。それが不快だ。愛してみろよ、愛してみろよ。こんな自分を。ただ単にその体を貪りにくるこんな自分を。愛せないくせに。うそつき。
「俺を愛せませんか」そう言って墨染のような黒い髪を指で梳いてやる。嫌がり仰け反る首筋に唇を寄せ、もう一度耳許で囁くのだ。「愛せませんか」右近は何も言わない。息を潜め目を逸らし、必死にこの時が終わるのを待っている。神よ、もしいるとするのならば言ってやりたい。お前の従者は堕ちたのだ。

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貴方は忠三郎×与一郎で『こりないやつ』をお題にして140文字SSを書いてください。
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最初の印象は良くなかった。年上のくせに与一郎よりも考えが浅いというか、簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほどに武勇を求めるところが苦手だった。しかし忠三郎は馴れ馴れしく何度も与一郎を構った。懲りない奴。そんな忠三郎に気がつけば恋をしていた自分も、懲りない奴。どうせ叶わない夢なのに。
そんな忠三郎が、ある時恋をしたと告げてきた。期待した自分がいた。本当に懲りない奴だ。絶対に自分ではないとわかっているのに。案の定彼が恋したのは年上の違う人だった。彼はどんなにその思いを拒まれても日毎に思い人を誘っていた。懲りない奴、と横目で見ていた。しかし一方でこう願っていた。
報われなければいいのに。忠三郎が右近に嫌われてしまえばいいのに。そして戻って来ればいいのに。そう考えてしまう与一郎だって十分懲りない奴だ。忠三郎には一度も抱かれたことどころか、口づけを交わしたことすらないくせに、戻ってこいなどと願ってしまう与一郎こそ一番報われない哀れな人間だ。
そしてとうとうその日はきた。忠三郎と睦まじく語らう右近を見て気がついてしまった。報われてしまったのだ。彼の思いは右近に届いてしまったのだ。ああ、それなのに忠三郎への想いを止められない。懲りない奴、本当に、懲りない奴。そんな自分が大嫌いだ。もうどうしたってその想いは届かないのに。

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貴方は右近と忠三郎で『愛に近い執着』をお題にして140文字SSを書いてください。
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右近の誘いがあればどこにでも行ったし、右近が来ると聞いて偶然を装って会いに行ったこともある。今となれば不思議な話だが、そこまでやっていたにも関わらず、右近に対する恋心をその頃一番否定していた。確かに傾倒する人の影響を受けやすい自覚はある。だからこれもそう言ったもののはずだった。
流石に筆跡を真似るとかそういったことはもうしないが、仕草や表情の作り方をよく観察しては倣った。でもそれは信仰的な彼の生活に少しでも近づくためだった。今となればそれもおかしな話ではあるのだが。「飛騨殿ほど理解していただける方はいらっしゃいません」ただ、右近の言葉が素直に嬉しかった。
これは愛ではないのだ、と自分に言い聞かせていた。きっと執着なのだ。そう思い込もうとしていた。愛と執着とは姿形はよく似ているが性格が全く違う双子のような関係だ。本当の愛は、もっと遠くにあるようなそんな気がしていた。だから周りから囃し立てられても、そんなことじゃないと思っていた。
執着してはならないと言う。仏の教えでも耶蘇の教えでもそれは変わらない。しかしこれが執着でないとして、愛であったとしたら、それはもっと許されないことではないだろうか。「飛騨殿ほど理解していただける方はいらっしゃいません」右近の言葉が重くのしかかる。実際理解なんて何もしていないのだ。
そう、理解なんかしていない。頭では理解しているだろうが行動がそれを表せない。受け入れるのに多くの時間がかかった。「飛騨殿」…今、隣には右近がいる。右近を巻き込んで天の国の扉を閉じたことに後悔がないわけではないが、これで良かったと思ってしまう自分もいる。やはりこれは執着なのだろう。

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忠三郎×右近へのお題は『振り返ることもないだろうから』です。
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右近の眼差しはいつも遠いどこかを見ている。それは慈愛に溢れていながら、時に怒り時に悲しむ、感情豊かなものだった。そんな彼をずっと横で見ていた…つもりでいた。最近まで、ずっと隣にいるものだと思っていた。盟友として、そして純粋に、心の通った親友として。隣にいるだけで幸せになれた。
しかしそれは違うと最近になって気がついた。半歩後ろ…いや、二、三歩後ろを忠三郎は歩いているのだ。常に右近は前を見ている。忠三郎はそうではない。いや、周りには右近と同じように振舞っているが、実はそうではない。確実に右近の方が先を歩いている。忠三郎が見ているのは後ろ姿でしかないのだ。
そんなことに右近は気がついているのだろうか。その斜め後ろの美しい姿に忠三郎が釘付けになっているだなんて、はたして予想しているのだろうか。いや、きっと予想なんてしていない。彼は常にありのままだ。ありのまま、清浄なのだ。右近はきっとそれにすら気がついていないだろう。
彼の見ている先の世界が忠三郎に正しく見えているかはわからない。彼の言う正しさと忠三郎が思う正しさはきっと違う。こんな思いを抱いている時点できっと違うものなのだ。だから多分わかりあえない。一番にわかり合いたい彼とわかり合うことは二度とないと忠三郎は思う。
だから右近は振り返らないだろう。忠三郎のことを正しく受け止めることもないのだろう。彼の中ではそれが正解で、それを咎められる人間なんてこの世に一人もいないのだから。…「どうしましたか」右近がこちらを見て言う。微笑む彼に包まれたなら、きっと暖かいのだろう。優しさを感じるだろう。
だがそれを感じることは一生ないのだ。「…いえ、なんでもありません」そう言うのが忠三郎ができる全てのことだった。こことそこは違うから、きっとそこにある境界線を超えることはできないから。でも、それを指をくわえて見ていられるほど、忠三郎は大人になりきれなかった。
忠三郎は右近の手を取る。肌理の整った色の生白い手だ。主である神が作られた最高傑作は誰でない彼なのだろうと確信する。戸惑う右近を前に忠三郎は躊躇わず唇を寄せた。きっと振り返ることはないだろうから、せめてそこにいるということを、右近に知って欲しくて。

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貴方は忠三郎×右近で『逃げるものは追うしかない』をお題にして140文字SSを書いてください。
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最初に右近に対して抱いたものは、不信感に近いものだったと思う。纏う空気があまりにも清浄すぎて、その人間味が感じ取れないところに違和感を覚えたというのが本当のところだ。それが忠三郎に対して真っ直ぐになんの包み隠しもせずに布教してきたものだから、その不気味さは言いようないものだった。
最初に忠三郎に抱いたものは、危うさに近いものだった。愚直と言われてもおかしくないその真っ直ぐさと芯の強さが、逆に脆さを感じた。この人にこそ我らが主への信仰が必要だと右近は本能的に悟ったのだった。だから忠三郎にいかに信仰が必要なのかをとうとうと説いた。彼はそれを迷惑な目で見ていた。
元々右近の布教の仕方には不満があった。周りが次々と切支丹になって行くという、まるで今踏みしめている地を崩されるような不安もあった。だから右近の姿を見ると避けるように逃げたのだ。何も知らない、知りたくないという顔をした。しかし右近の透き通った声と、にこりと笑う唇が何故か気になった。
逃げるのならば、それはもう追うしかない。忠三郎が来ると知れば即座に右近は動いた。何回か話していると、忠三郎が不安を抱いているということがわかった。そこにこそ信仰の力が必要だと、主の導きが必要だと確信した。忠三郎の広い背中や深い色をした目が気になるようになったのは、その頃だと思う。
右近に誘われて渋々と話を聞いているうちに、彼自身に興味が湧いてきた。誠実な彼が必死に説いている神の世界にも。何故右近がそこまで拘るのか。そのうちに気がついた。この細い体には燃えるような信仰という血が流れていると。それが彼にとっては当たり前なのだ。何故か、嫉妬に近い感情が湧いた。
洗礼に至るまでの期間はそこまで長くなかったと記憶している。忠三郎は右近の元を何度も訪れては話を聞いた。それはたしかに幸せな時間だったのだが、右近の中には新たな感情が…生まれていた。忠三郎の眼差しがこちらを見ると、急に首の後ろが熱くなる。最初は何かの勘違いだと思っていた。
右近が気になる自分はおかしいのかと悩む時間も惜しいくらいに、忠三郎の中でその存在は大きくなっていった。これは間違っていると言うことは自分がよく知っている。それでも興味を止められない。右近に会う口実を作るのに必死だった。茶の湯で繋がっていたということはその時とても都合が良かった。
右近は次第に忠三郎と距離を置くようになった。というよりも、元の距離に戻ろうとしていた。これまでが近すぎておかしさに気がつかなかったのだ。これはいけない感情なのだ。自分が雄弁に説いていた神の国を穢すことだとわかっているのに、忠三郎を見ると胸が苦しくなるのだ。抑えようもないほどに。
それまで何気なく視線を交わせていたはずの右近と視線が合わないもどかしさは、今となれば笑ってしまうがその当時は地の底に落ちるような深い絶望に叩きつけられることだった。そのうちに気がつくと自分ばかりが右近を誘っていることに気がついた。右近が離れようとしている、それだけは避けたかった。
そしてその日はやってきた。「たとえ誰からも許されなくても構いません」そう切り出した忠三郎が、右近の手を取って囁いたものは、右近にとっては嬉しい物のはずであった。それなのに、その手を握り返すことはできなかった。この関係はもう終わりだ、とすら思ったのだった。右近は何も言えなかった。
それから何度も忠三郎は右近の元を訪れた。逃げるのならば、追うしかない。手に入れたいのだ、その心を。そのためにはどんな罪も厭わなかった。不思議なことに右近は忠三郎に対して何も言わなかったが、拒絶もしなかった。そしてある時こう言ったのだ。「私も飛騨殿のようになりたい」と。
もう何を隠しても無駄だと右近は悟った。忠三郎という太陽のような存在の前で、その隠し事はあまりにも醜いとすら思えてしまった。だからこう続けた。「飛騨殿のように、私も貴方を愛していると言いたいのに」これが右近のできる精一杯だった。互いに頰を紅潮させ、その後何を話したかも思い出せない。
それからの日々は予想外にいつも通りの日常が流れた。それでも右近の心を手に入れた充足感は十分すぎるほど忠三郎を変えたと思う。たまに会うと二人で長く語らった。何もなくても目が合うと笑った。それだけで十分だった。いま、ここに至るまでの心境を右近に語って聞かせたら、右近は笑いこう言った。
「わたしも忠三郎殿と同じことを考えていました」

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忠三郎と右近へのお題は『夜が暗い理由』です。
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「こうなることが間違っているということは、わかっています」それを聞いた右近の瞳が揺れたのは確かだった。間違っている。体を重ねること自体、心を通わせること自体。何もかもを裏切る行為だということも、わかっている。改めて口に出すと、それは苦々しかった。それでもその体を抱きしめる。
「それでも、わたしはあなたを…愛しています」絞り出すように呟きその首筋に唇を寄せる。愛している。その言葉は何よりも罪深い。ただ愛を囁いているだけなのに、罪に問われるなんて。それもそれを裁くのは人ではない、神だ。誰が許しても主たる神が許さないのだ。右近にとっての絶望は計り知れない。
「わたしも…あなたを…」右近が唇を動かすのを、指でそっと押さえた。その重みを忠三郎は知っている。言わせることで右近がどれだけ苦しむかを忠三郎はよく知っている。言わせたくない。言わなくていい。わかっているのだ。代わりに唇を食む。貪るように。その言葉を吸い取るように。
「あなたを…あなたを…」右近は口付けの間を縫って少しずつ言葉を紡ごうとしている。それは許されないのに、いや、わかっている。こうしていることそのものが罪だというくらい。夜の帳に隠れているからこそ許されているのだ。暗がりでなくては、許されない。光の元を歩けないことは分かっている。
夜が暗いのは赦すためだ。光が届かない闇でなければ許されないことの一つや二つ、当然と言った顔であるためだ。月の光ですら、二人を否定する。だから月のないこんな夜でなければ、二人だけの逢瀬は赦されない。もはや赦しが欲しいわけではないのに。それでも、右近を想うと、赦しを願ってしまう。
「愛しています」その言葉にもはや意味なんてないのかもしれない。忠三郎を受け入れ喘ぐ右近の肌が白く燈の光に照らされている。ああ、これが見たかったはずなのに。何故こんなに隠れていなければならないのか。そんな意思とは裏腹に、夜の帳から隠すように忠三郎は右近の体に再び覆いかぶさった。

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貴方は与一郎と忠三郎で『ずるい人』をお題にして140文字SSを書いてください。
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忠三郎は愛してるとは言わない。与一郎も愛しているとは言わない。言葉にしないというのが、二人の中に流れる暗黙の誓いとなっていた。与一郎は相変わらず忠三郎に惹かれているし、忠三郎は相変わらず右近に惹かれている。そんな二人の関係に言葉はいらない。いや、言葉なんて使ったら自壊してしまう。
そんな重いものを乗せたら、きっと互いに崩れ去ってしまう。互いの大切にしているものが、きっと崩れ去ってしまう。だから何も言わないのだ。推奨されるべき関係ではないことくらい知っている。これは遊びなのだ。自分に言い聞かせていた。忠三郎も、きっとそうなのだろうと思い込んでいた。
「俺は許されない存在だ」ある時忠三郎が呟いた。彼らしい、深い眼差しを細めて。泣きそうに呟いた。「許されない同士、仲良くはできませんか」戯れだと思っていたから、簡単に返してしまった。しかし忠三郎はこちらにその視線を投げると、諦めたように首をふった。「お前にそこまで背負わせられない」
ああ、ずるい人。ずるい人。ずるい人!なんて顔をするのだ。この関係を終わらせるつもりなのか。そこに慈しみなんていらなかった。なんでもいい、ひとさじの情が欲しかったのだ。そこに愛なんてなくてよかった。それなのに忠三郎はどうだ、与一郎に何をくれようとしている。
そんな顔が見たかったわけじゃない!そんな顔を見るためにこんな関係になったわけじゃない!泣き崩れたくなる感情を抑えて、忠三郎に抱きつきその広い背中に爪を立てる。その行動が自分ができる最大限の抵抗だった。「与一郎…」忠三郎が声を発するとともに唇を塞ぐ。激しい口づけを交わし忘れるのだ。
そう、忘れてしまえ、忘れてしまえ。ただこの欲に身を任せてばいい。その間だけでも忘れられればそれでいい。それこそが与一郎の狡さだと言われても構わない。狡くていい、忠三郎がずるいように与一郎も狡いのだ。そうでなければこんな関係続くわけがないのだから。

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貴方は忠三郎×右近で『いつかの夢の続き』をお題にして140文字SSを書いてください。
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その先に何があると言うのだろうか。それは依然として見えてこない。深い霧に包まれるような不安があったが、その霧はどこか暖かかった。ああ、こんな夢を見たことがあった…いつか、こんなことになるのではないだろうかと仄かに期待していたものだった。まさか現実になるなんて、思ってもいなかった。
「右近殿」せめて笑みを浮かべてそう呼び、そっと抱きしめることしかできなかった。その笑みはきっとぎこちなかっただろう。あまり見られたくなくて、右近をきつく抱きしめた。その体は忠三郎の胸に簡単に収まると、その肩口に頬を寄せた。「飛騨殿、痛い…」ころころと笑いながら右近はそう言った。
きっと笑うことでしか右近もこの感情を表現できないのだろう。忠三郎がそうであるように。それは照れくささとも違う何かだった。右近の肩が震えている。笑いながら、彼は泣いているのだろうか。たまらず耳許で囁く。「愛しています」ふる、とその体が揺れた。ああ、いけないことをしている。
いや、いけないことを、したのだ。この罪は二人だけのものなのだ。誰にも代わってもらえない。誰にも理解もされない。愛が罪だと言うのなら、喜んでその罪を受け入れよう。いつか見た夢が罪にまみれたものだとしても、そこに幸せがあるのなら、それを分かち合える二人でありたい。

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忠三郎×与一郎へのお題は『ふたりっきりでいたかった』です。
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思えばいつも3人で居た。気がつくとこの3人で固まって過ごすことが多かった。もちろん四六時中一緒というわけではない。ないのだが、右近と会うときは忠三郎が付いて来たし、忠三郎と会うときは右近を呼ぶことも多かった。其々が言葉にすることはなかったが、3人でいることに意味すら見出していた。
その日も忠三郎と右近が揃ってやってきた。与一郎は知っている。この二人はいわゆるそういう関係になった。なってしまった。与一郎があれだけ恐れていた事態をこの二人はやすやすと越えてきた。それでいて与一郎に今まで通り接しようとするのだからたちが悪い。「おやおやまるで夫婦のように」皮肉だ。
その皮肉に忠三郎は「おい、やめろ」と目をそらしながら言う。右近は「どういうことでしょう」と微笑みながら首をかしげる。この男たちのこういうところが嫌いだし好きだ。天性のものだろう。与一郎が真似したくてもできない、二人だけのものだ。与一郎が真似したくてもできない、関係だ。
右近が嫌いなわけではない。むしろ彼の理知的でありながら饒舌なところであるとか、世を見渡すまっすぐな眼であるとか、細く生白い体つきであるとか、すこぶる与一郎好みだ。彼という人間が一つの作品だとしたら、与一郎は誰の手にも渡したくないと真剣に思うだろう。だがそれとこれとは話が別なのだ。
たまには二人でお話がしたい。そんな言葉を忠三郎に今更言えるほど与一郎は子供ではなくなってしまった。ずっと子供扱いされて悔しい思いをしていたのに、いざ大人になるとこんなに制限されてしまうものだなんて、知っていたらもっと賢く生きられたかもしれない。右近の透き通った声が鬱陶しく感じた。
どうしても我慢でききず、その日与一郎は帰り際の忠三郎を呼び止めた。忠三郎は先に外に出た右近のことが気にかかるようだった。その目配せが気に入らない。ここにいるのは自分なのにどうしてここにいない右近のことを心配できるのか。いっそこのまま手を出してしまおうか。そこまで考えた。
念願叶ったはずのふたりっきりの空気は、思ったよりも薄っぺらかった。忠三郎はずっと右近を気にかけていたし、与一郎はそんな忠三郎を見て苛立っていた。「妻の行く先は気になりますか」言いたくなかった言葉にやっと忠三郎が反応する。「お前な…だいたい今日はなんなんだ、夫婦だの妻だのと…」
「別に、他意はありませんね」「嘘をつけ。言いたい事があるならはっきり言え」忠三郎はに利かん坊の扱いに困る大人の目をしていた。ああ、そんな顔をさせるために言いたくない皮肉を言ったわけではないのに。ふたりを揶揄したのは与一郎のできうる最大の反抗だった。それ以上はないのだ。
ああ、ただ、ふたりっきりになりたかった。それだけなのに。「どうかされましたか?」先をいったはずの右近が戻ってきた。「いえ、大した話では…行きましょう、右近殿」忠三郎はそういって立ち上がると、右近の肩を抱き去っていった。彼にとっては当たり前の光景も与一郎には、眩しい。
「主なる神よ」与一郎は小さく呟く。妻の文言を見よう見まねでやっているだけだ。意味はない。「あなたが全能であるというのならば、何故私のような人間をお作りなさったのか」夜が更けてゆく。与一郎だけを残して。

・twitterにてよしな箱さんからのリクエスト「忠三郎×右近でほのぼのとしたもの」より

『いつか見た夢の話』
「いつから、わたしのことを…その…」それは二人きりで茶を楽しんでいた時であった。主人である右近はその艶やかな目を伏せて、こんなことを聞いてきたのだ。色白いその頰に少しだけ朱を滲ませて、忠三郎の方を見るのも恥ずかしいというようなそぶりであった。
そんな右近の態度に右近よりも動揺したのは忠三郎の方であった。歯切れの悪い右近の言いたいことは痛いほどわかる。いつからそんな目で見ていたのかと右近がつい訊きたくなってしまうのもなんとなくわかる。ただ、その美しい容貌が、声が、いま忠三郎のためだけに恥じらっていると思うと、胸が苦しい。
もともと右近の容姿は頗る忠三郎好みのものだった。声も、話し方も、それは初めて会った時から忠三郎を惹きつけてやまない。それにいつから気になり始めたかなんて自分が一番よく知っている。だがそれは忠三郎にとってはなによりも恥ずかしいことだった。「…笑って頂いて結構なのですが」
忠三郎の言葉に右近が顔を上げたのが、何となくわかった。「昔、高山殿を…夢で見たのです」「夢…で…?」ああ、言ってしまった。これだけはいうまいと思っていたのに。しかし仕方ない。これが本当の、包み隠さない忠三郎の本当の話だ。「夢の中で、高山殿と話をしているのです」
「何の話をしたかは覚えていません、でも…とても、幸せな気持ちで目が覚めてしまったのです。そのときから、ずっと」忠三郎も顔を上げ、右近を見る。右近は目をぱちくりとさせて、忠三郎を見ていた。と思うと、にこりと笑ってこう言った。「では、今がその夢の続きなのでしょうか」
「夢の、続きですか」「…わたしも、飛騨殿と話している時が、一番幸せな気持ちです……こう言ってしまうと恥ずかしいですね、でも、そうなのです」ふふ、と笑う右近が、こんなに愛おしいなんて、あの夢を見て不思議な気持ちで目覚めたあの時の忠三郎にはおそらく理解できなかっただろう。
あの時の夢、実は何を話したかは忠三郎は覚えている。愛している、と右近は言ったのだ。忠三郎に。なんて都合のいい夢だろうか。そんな夢の続きがもしもあるならば、と何度思っただろう。しかしそれは本当にあったのだ。「…飛騨殿?どうして泣いておられるのですか」
涙がとめどなく溢れてきては忠三郎の頰を濡らした。拭っても拭っても抑えきれない。右近の前で泣いたのはたぶん初めてだろう。弱い姿を一番見られたくないはずなのに、どうして止められないのだろう。右近は忠三郎の側により、その背中をそっとさすった。「…忠三郎殿」優しい声に、また涙が出そうだ。

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忠三郎と与一郎へのお題は『恋と、錯覚してしまいそう』です。
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想い合ってるわけではないこと位与一郎にはわかっている。これは同情なのだということも。それでも希望を捨てていたわけではなかったような、気がする。もうなんなのかわからない。この時間は何かの間違いなのかもしれない。長い長い夢を見ているような気がする。悪夢なのか吉夢なのかさえも不明瞭だ。
「与一郎」忠三郎が与一郎の名前を呼ぶ。随分前からそうだった気もするし、今はじめて名前を呼ばれたような気もする。そういえば昔は熊千代殿と呼ばれていた。確かなのはその頃から与一郎は忠三郎に思いを寄せていたことくらいだ。
そんな彼に今、抱かれている。ぼんやりと天井を眺めていたが、名前を呼ばれた与一郎は何も言わずに忠三郎の肩に額をつける。忠三郎の体温が、与一郎に流れてくるような気がした。それはあたたかく、与一郎にさまざまなものを幻視させてしまう。その幻視を前に与一郎は呟いた。
「このまま時間が止まればいいのに」それは無意識に出た言葉だった。言ってしまった後にしまったと顔を歪ませる。こういう睦言のようなことは口にすまいと心がけていたのに。つい忠三郎のあたたかさに言葉がこぼれてしまったのだ。「…それは」忠三郎が与一郎の顔を見ようと肩に触れる。
やめろと口に出そうになるが、忠三郎の目が存外に嬉しそうだったのを見て、言葉が詰まる。ああ、この顔が、この顔が見たかったのだ。長らく、本当に長らく、永久すら感じたあの時間!右近の前でしか見られなかったこの表情を、今与一郎は独占している。口元を真一文字に結び必死に堪えるが綻びそうだ。
「どういうことだ?」あえて聞いているのだろう。忠三郎の言葉は弾んでいた。とても嬉しいのだろうと声だけでわかる。よく懐いた犬のような反応をする男だ。そういうところが与一郎の心をざわめかせてはやまない。「なんでもありません」ふいと顔を逸らす。「聞かせてくれ」忠三郎は食い下がる。
そしてこう言った。「お前のそういうところが俺は好きだ」…いま、忠三郎はなんと言った?好いている?自分を?何かの間違いではないのだろうか。思わず可愛げのない言葉が溢れる。「私はあなたのそういうところが嫌いです」本当にそうだ。こういうことを平気で言えてしまう忠三郎を疑う。
本当は、本当は忠三郎の想い人が自分ではないことくらい知っている。自分がその身代わりとまでは言わないが、その場しのぎのような状態で抱かれているということも。半分は同情で、半分は身代わりだ。そこに本当の意味での愛なんてない。なのに忠三郎は気が付かない。気が付いてないのだと思う。
忠三郎は相変わらずにこにこと笑いながら与一郎の頭を撫でる、何故そんなことができるのか理解できない。涙が出そうだ。傍から見たら幸せな光景のはずなのに、与一郎の中の風がやまない。それどころかどんどん酷くなるようだ。こんなことを言われたら、錯覚してしまうではないか。恋しあっていると。
二人を結ぶものは愛だと、錯覚してしまうではないか。忠三郎はその矛盾に気が付かない。最初は気が付かないふりをしているのだと思ったが、どうもそうではないらしい。本当に気が付かないのだ。確かに背徳感は覚えているだろうに、その身は与一郎を求めてしまう。
気が付いているのはこの世で与一郎ただ一人だ。虚しさと多幸感で脳が麻痺しそうになる。明日になったらこの関係は終わりだと今日こそは今日こそはと思うのだが、どうしてもこういうことがあるから言い出せない。きっと今日も言い出せないのだろう。わかっている自分が悔しい。
結局、言い出せる契機を逃したままだった。長い夢から覚めることはなかった。この関係が終わったら、また新たな関係ができるのかとも思ったが、そうではなかった。その日は突然終わった。何も残さず、なにもなかったと言いたげに与一郎の前に突きつけられた。
あくまで与一郎は友を亡くした男として見られた。本当はそうではないのに。愛し合いされたなんて自惚れはもうしない。でも、そこにあったものはあたたかいものだった。それだけは忘れないように、いつ呼ばれてもいいように、与一郎は歩み続ける。

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貴方は与一郎と右近で『きみがねむっているうちにころさなきゃ』をお題にして140文字SSを書いてください。
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これだけ与一郎と体を交わしていて不思議なものなのだが、右近は眠りに落ちる与一郎を見たことがない。朝まで抱かれることもしばしばだったが、与一郎はいつも平然としていた。むしろ右近が意識を飛ばしそうになると、与一郎は不機嫌そうに右近を現実に引き戻そうとする。
そして決まって右近の羞恥を煽るような体位で抱こうとするのだ。まるで罰だと言う様に。その日も右近は与一郎の細い体に跨るよう命令され、渋々その通りにした。自分で腰を動かせと言われて、首を横に激しく振ったが与一郎の目は鋭かった。
「あなたは自分の意思でここに来たのに」その長い指が右近の臀部を掴む。逃れるように腰を浮かすと、繋がったそこが擦れて小さく悲鳴を上げた。「できるじゃあありませんか」与一郎は満足げにそう言うと、右近の乳首をつまむ。恐る恐る腰を動かすと、ぬちゃぬちゃと卑猥な音が立つ。
「…いや…」涙を落とし懇願するように右近は与一郎を見る。その表情を与一郎はいたく気に入ったようだ。何が彼の琴線に触れたのかまったくわからないが、与一郎は身を起こし右近の頬に手を当てて、その形のよい唇を右近の頬に這わせた。「や、やめ…」「唇だけは守ってあげているのですよ?」
「そんな…」「ここだけは、忠三殿との大切な場所ですからね」そう言って右近の唇を指でなぞる。なんて、なんて事を言うのだ。頬に血が上るのを感じて、思わず顔を逸らす。「可愛らしい人、私とこんなことをしているのに」煽るように与一郎が口角を上げた。
そして右近を膝に乗せたまま…まるで互いに想い合っているような体勢で、右近を抱き締めた。「やめなさい…私は…」「忠三殿以外の男に喜んで抱かれているくせに、まだそんなことが言えるのですね」屈辱だった。確かに右近は自らの足でここに来た。断ろうと思えば断れた。しかしそれは表面上の話だ。
実際右近に断るという選択肢など用意されていない。少なくとも右近はそう思っている。もうこの関係は引き返せないのだ。与一郎が飽きるまで続くのだ。右近が与一郎を救いたいと思う以上続いてしまうのだ。言葉が次々溢れてきて、右近の細い体をまるで呪縛のように絡めとる。
「流石に少し疲れました」与一郎はそう言うと、ふうと息をついた。やっと終わる、と思い右近も与一郎に気づかれないように息を吐いて、そろりと傍らに置いた衣に手を伸ばす。それを与一郎はなぜか満足げに見ていた。
すっかり冷え切ったそれに袖を通し、きつく…首もとの傷が見えないくらいにきつく、襟を正して帯を回す。そうして着衣を整えた右近に思わぬ言葉が飛んできた。
「膝をお貸しいただきたい」もう帰ろうとしていた右近は、びくりと肩を震わせる。与一郎が何を言っているのかわからない。わからないままに、言われるまま与一郎の前に座らされる。すると与一郎は右近の膝を枕にするように横たわり、その美しい体を床に投げ出した。
「…これはどういうことですか」与一郎は答えず、ふうと息を吐くとこんなことを言い出した。「忠三殿にもこうさせているのですか」「…答えになっていません」与一郎は笑うと右近に顔を背け暫く動かなくなった。何がなんだかわからない。与一郎の顔を覗き込むと、どうやら寝入ってしまっているようだ。
その寝顔に、どきりとする。右近の懐には、かつて父から譲り受けた短刀がその場所を占有している。与一郎に抱かれるとき以外は常に持っているし、今もそれは変わらない。与一郎もそれを知っているはずだ。今、これを取り出して眠っている与一郎の首を斬ることは、思った以上に容易い。
しかしそれは、右近にはできないことだ。与一郎はわかっているのだ。それを。わかった上でしているのだ。意識を手放した与一郎を前に、右近はまるで子どものように弱い。
……どれだけの時が経過しただろう。何も変わらない風景に身じろぎ一つできず、与一郎の規則正しい寝息につられて少しずつ意識が遠のいていく。ふと完全に眠りに落ちそうになったその瞬間、右近の耳元でこんな言葉が聞こえた。
「眠っているうちに殺せなくて残念でしたね」
はっと目を覚ますと与一郎はすでにその体を起こし右近の体を飲み込むように押し倒していた。「でも、それができないあなたが愛おしい」そう続けると与一郎は嫌がる右近を押さえつけ、右近の薄い唇に自らのそれを容赦なく重ねる。
息を吸われているようだ。呼吸が継げずもがくが、どうしても振り払えない。どうして、どうして、どうして!言葉が洪水のように溢れてくる。波に飲まれそうだ。咥内に侵入する与一郎の舌は容赦なく右近の歯列をなぞり、最後に右近の唇をす、と舐めた。身震いが止まらない。
「本当に可愛らしい人…」与一郎はそう言うと徐に右近の胸元に手をやり、懐の短刀を抜き取った。「これで殺してしまえばよかったのに」右近の思いを見透かすような言葉に動揺がやまない。びくりと体を震わせ、荒い呼吸を続けることしか右近にできることは無かった。
「でもあなたにはそんなことできるはずがありませんものね」与一郎は笑って右近の手に短刀を握らせる。「だってあなたは神の御許にいく人だから」与一郎の嘲笑うような笑い声が脳内に響く。ああ、逃げられない。どうしても、逃げることはできない。右近は震えながら、短刀を見つめるしかなかった。

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今日の忠三郎と与一郎のお題は、『甘くて、苦い』『侵される』『もう、待てない』です。
#jirettai
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自分を抱いているときに忠三郎はなにを思っているのだろう。そこに見えているのは本当に与一郎なのだろうか。代わりではなくて?誰かの…いや、知っている、痛いくらい…代わりではなくて?与一郎は忠三郎に問いかけたくなる。でもそれはできない。それはしたくないし、してはならないと思う。
与一郎の秘部を忠三郎が責め立てる。「ひっ……」堪えていても声は出るものだ。知っている。わかっている。与一郎は知っている。与一郎は、知っている。それが堪えられないものであるということを。「好いか、与一郎」忠三郎の言葉を前に与一郎は歪に口許を歪ませるしかなかった。
「煩い…黙って抱けないのですか」ああ、でもわかっている。こういうとき、黙って抱くことなどできないのだ。知っている、確認したくなる、好いかどうか、どこが弱いか。それがどれだけ恥辱を煽るか…知っている。与一郎は、知っているのだ。甘くて苦い時を。右近を初めて抱いたときに、とっくに。
忠三郎は何も知らない。何も知らない彼自身が与一郎を侵す。ああ、何も知らないから彼は自分を抱けるのだ。こんなことになってるなんて、忠三郎は知りもしない。それは甘美なはずでいて、苦味を覚えるものだということを!本当の苦味を彼は知らない。それがどれだけ甘くて苦いかすら知らない。
侵されるこの悦びを、実は右近も知っている。男に責められ泣き叫ぶ右近を!それすら知らない忠三郎を、愛しいと与一郎は思う。右近は何も知らないと思っているのだ。誰かに抱かれるということを、知らないまっさらな存在だと。ああ、いつか本当のことを打ち明けたい。そんなことはないのだと。
こんな面白いことを待てという方が可笑しい。待てるはずがない。今すぐ告白してしまいたい。忠三郎の絶望に歪む顔を想像するだけで絶頂に達しそうだ!いや、待て、右近がいる時の方が良い。右近にも打ち明けたい。お前の愛した男は自分に籠絡されていると、それでも愛するのかとぶちまけてしまいたい。
しかし今はその時ではない。「与一郎…」だから、忠三郎が自分を見る目を目の当たりにするたびに、与一郎は笑うのだ。いつか来るだろう決壊の日を思って、笑うのだ。

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与一郎×右近へのお題は『僕以外に、満足しないように。』です。
https://shindanmaker.com/392860

暗闇に右近のくぐもった悲鳴が微かに彩られる。彼は後ろから責められることに弱い。うなじを押さえつけられ、獣のような交わりは確かに屈辱的だ。だがそれ以上に右近には、許してはならない快楽の波との戦いがあるのだろう。それを感じることは与一郎にとって絶頂にも変えがたい快感であった。
そんな中、右近がふと言葉を放った。「…たすけて…」それは度重なる行為に掠れ、闇夜に溶けてしまうほど小さかったが、与一郎は聞き逃さなかった。「…それは」腰を止めず、右近のしなやかな腕を取りその細い体を引き寄せて与一郎は問うた。「誰に助けて欲しいのでしょう?」
両腕をぎり、と握ると背中を弓のようにしならせて右近の体が甘い吐息とともに跳ねた。これ以上声が出ないように歯を食いしばっているのだろう。与一郎に答えは返ってこなかった。そのまま上体を起こさせ、腕を解放しその代わりとばかりに薄い胸に手を伸ばす。右近の生白い手が宙をあてどなく彷徨った。
「それはあなたの言うところの…でうす様とやらでしょうか」そう言葉を吹き込んだ瞬間、右近の体に電撃が走ったように硬直する。「あ、あ、あなたが…あなたがその名を口に…っ」その言葉の先はなかった。慎ましやかな乳首を捏ねられ、声にならない声が響くだけであった。
「何故ですか、救いの道は等しく誰にでも開かれていると…あなたは仰っておられたはず」容赦なく腰を叩きつけると、とうとう堪え切れなくなったのだろう、声が、その声が、細切れになって与一郎の耳を悦ばせる。「それは…それは…!」押し寄せる快楽に対して言葉が追いつかないのであろう。
右近の言葉にいつもの覇気はない。その高潔な、穢れを知らない声は、今や与えられる体の悪に染まるまいと必死だ。ああ、そんな声を出さないで欲しい。もっともっと、追い詰めたくなってしまう。与一郎の少ない情け心がふとこんなことを囁かせる。「…それとも…あなたを想うあの彼ですか」
右近が息を呑んだのが、嫌という程わかった。ああ、そういうことなのだろうとは思っていた。右近が考えていることなど、手に取るようにわかる。わかりすぎて反吐が出そうだ。声に出して笑う。笑う与一郎は、右近は息を潜めて伺っているようだった。
ひとしきり笑うと、与一郎は右近に埋もれた自身を今一度深く右近の中に押し込んだ。ぐちゃ、と音がして接合部から潤滑のために塗り込まれた油が溢れる。「……!」右近の手が与一郎の手を掴み必死に離れようともがく、しかしそれは無駄な抵抗だ。そんな足掻き、与一郎にとってはなんの意味も持たない。
そのほの暖かい太腿を撫で上げ、再び右近の体を床に伏せさせ荒々しく交わる。交わる。交わる。もう誰にも満足しないように、自分以外の男と、たとえそれが愛し愛された相手であろうと、どんなに愛情あふれたものであってもけして満足しないように。
これは呪いだ。まじないだ。この世で最も醜く美しいまじないだ。右近がそれに気がつくのはきっともっと経ってからであろう。その体に、心に刻まれた傷は、緩やかに効く毒のように回り、二度と元には戻れない。それを考えるだけで笑いが止まらない。何度も何度も犯してやろう。いつか気づくその日まで。

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貴方は忠三郎×与一郎で『生き方は似ているのです』をお題にして140文字SSを書いてください。
https://shindanmaker.com/375517

いつも喧嘩ばかり…?いえいえ、そんなことはないはずですよ。飛騨殿は見ての通りまっすぐなお方ですし、越中殿もああ見えて本当は純粋で彼なりにまっすぐ物事を見ておられるのです。そうは見えないですか?あまりお付き合いがないとわからないかもしれませんね。
むしろ…越中殿の方が飛騨殿より純粋だと思うことすらありますよ。まあ、私から見ればお二人とも可愛らしいと思いますけど。あ、これは秘密ですよ?私がこんなことを言ったなんて二人に知れたら、きっとまた怒られてしまいますからね。とにかく、あのお二人はよく似てらっしゃいますよ。
本当に…羨ましいくらいに。私よりもあの二人の方が付き合いが長いですし、私なんて年を取ってるばっかりで教えられることだらけですよ。…ふふ、そんな顔しないでください。ちゃんとあの二人を見守ってる自信はありますから、こう見えても。
そうでした、お二人の喧嘩の話でしたね。若い頃はよくされてましたけど、最近はそうでもないと思いますよ。そりゃあ、若い頃はなんでもすぐ頭に血がのぼるものですから、私ですか?お恥ずかしいことに今もなんですよ、困りましたね。そういうことで越中殿の飛騨殿はよくいがみ合っておられましたね。
でもそれも、今思えば必要だったと思いますよ。純粋でまっすぐなお二人ですから、ぶつかり合ってようやく均衡が取れるものではないでしょうか。ええ、ええ、でうす様の教えとは少し違いますけど、まあ、実際はそういうことなんでしょうね。そこまで汲んだ上ででうす様も教えておられるわけで…
ああ、ああ、教義のお話ではないんでしたね。失礼いたしました。もう癖になってしまっていて…。あのお二人は、生き方が似ているんだと思います。私にはできない生き方ですね。私は私として生まれたことを誇りに思いますが、それでも羨ましいと思うくらいに…似ていますね、本当に。
そんなことを言ってたら噂のお二人に呼ばれてしまいましたね。すみません。このお話はまた今度詳しくさせてくださいね。ええ、ええ、私なんかでよければいくらでも。はい?ああ、そうですね……お二人とも、大切な友ですよ。

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忠三郎と与一郎へのお題は『嫌い、って言ってよ』です。
https://shindanmaker.com/392860

噛み付くように口づけ、荒々しく互いの装いを乱す。そこに愛などという甘い言葉は転がっていなかった。あるのはただ、むき出しになった魂のぶつかる音だけだ。忠三郎の無骨な指が与一郎の秘部を解かす。喘ぎ声を抑え与一郎は負けじと忠三郎にしがみつき耳許に息を吹きかけた。
ぶる、と忠三郎の体が震え、与一郎を見る。その目はどこか寂しげだった。どうしてこういうことをしているのにそんな顔をするんだろう。そう思っていたが、多分自分もこんな寂しい顔をしていたのだろう。それがなぜかすらわからないわけではない。むしろわからなければよかった。
わからないほど幼稚に生きられたら、あるがままを感情の赴くままに受け止められたら、どれだけ報われるだろう。愛している、と言えたら。そして愛して、と言えたら。しかしそれはできない。愛を求めることがどれだけ人を、そして自分を傷つけるか、与一郎は知ってしまっているから。
右近を抱いたのは罪だろう。忠三郎に抱かれたのはもっと罪だろう。全てを打ち明けるつもりは毛頭ない。そんなことをしても虚しいだけだ。いや、虚しさだけで済むのならとっくに打ち明けている。引き返せないところまで来てしまったのだ。
「忠三殿が私を嫌ってくれたら」本心を隠してそう言う。その本意は与一郎だけのものだ。忠三郎に渡してたまるものか。忠三郎は目を細めて言う。「俺に嫌われてもお前は俺のことを好くだろう」ああ、その自信は一体どこからやってくるのか。与一郎に対する忠三郎と、右近に対する忠三郎はまるで別人だ。
「私はあなたのことを好いてなどおりませんが」ふん、と鼻を鳴らすと忠三郎は声を出して笑った。「ならば試してみるか」…そう、これは遊びだ。ただの試しだ。忠三郎が本当はどんな思いで与一郎を抱いているのかは知らないし今更知りたくもないが、きっとそうに違いない。
だからこの日々は続くのだ。飽きもせず、懲りもせず。いつか終わりが来るその日まで、続くに違いない。

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忠三郎と与一郎へのお題は『吐いた嘘を見抜いてしまう、貴方が嫌い』です。
https://shindanmaker.com/392860

「あなたのことなんか、嫌いです」
閨での言葉…傷だらけの背中を向けて体を丸め、拗ねるように言った言葉だ。
嫌い、嫌い。
こんなに好いているのに、返す言葉を持たないあなたが嫌い。
こんなに報われないのに、言葉をかけてしまう自分が、嫌い。
渦巻く感情は次第に八つ当たりのような幼い言葉に成長して、溢れた。
忠三郎の様子を伺う。いつもならその後ろめたさからか、すぐにその目を揺らし言葉を真に受けてしまっているだろう。それを期待していた。しかしその日の忠三郎は違った。
「そうか、ならもうやめるか」
瞳を揺らしたのは与一郎のほうだった。やめる、この関係を、終わりにする、なかったことにする…?
考えたくも無かった、それなのに何度も何度も夢に見た、最悪の展開。最悪の、最後の展開。
「お前の望みなら俺は何だって叶えてやりたい。これがお前を苦しめるなら…俺は」
「嘘」
「嘘など、ひとつも」
「嘘、嘘、嘘だ……全部…俺の事なんか愛してなかったくせに、俺よりも心から求めてる人が他にいるくせに」
ああ、言ってしまった。言ってしまった。初めて唇を奪われたその日に思ったこと、そしてこれだけは言うまいと思っていたことなのに。そう、初めて忠三郎を迎え入れたあの日に、この終わりは予感していたのだ。わかっていた。わかっていたのに。
「…お前にとってはそれも嘘になるのか」
「当たり前です。それすらわからないなんて…」
声はもう、金切り声のような、自分でも何をいっているのかわからないほど掠れて消えそうだった。この存在も、消えてしまえばいいのに。心の奥底の深いところから、迸るようにそう願った。それは祈りのようにも感じた。
「ああ、わからないな。俺にはお前のほうが嘘つきに見える」
「…どういうことですか」
「お前が俺のことを嫌いになるわけないだろ」
何事もないような声だった。まるで明日どこに出かけようか?と問うような、そんな口調で忠三郎は与一郎に言葉を投げたのだ。
油断していた。そうだ、こいつは、蒲生忠三郎という男は、生来こういうことをする男だった。こういうことを言う男だった。そこに惚れた筈なのに、忘れていた。それだけ右近に出会った後の忠三郎が変わったということでもあって一人言葉を失ってしまう。
「返す言葉もないか」
勝った、というような声音が腹が立つ。実際言い返せない。嫌いなんて嘘だ。どうして閨にまで昔のような子供のころの感覚を持ってきてしまうのだろう。この男は。そういうところも与一郎の心を掴んで話さないものだというのは、言うまでもない。
「…やっぱり嫌いです、なんでそんなに自信があるのか理解に苦しみますね」
そう言って振り返ると、嬉しそうな顔で笑う忠三郎がいた。ああ、この男に付け焼刃の嘘は通用しない。負けだ。勝とうとも思わない。初めて与一郎はそう思った。

並木満さんには「去年の花火は綺麗だった」で始まり、「そっと目を閉じた」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字程度)でお願いします。
#書き出しと終わり
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現パロ、木下延俊→忠興

去年の花火は綺麗だったなぁ、と延俊はぼんやり思い出していた。付き合い始めたばかりの彼女と、その兄と、さらにその友達という、もはや他人としか言いようのない関係性の大人たちとはしゃいで、夜遅くまで花火をやった。恋人もそうだが、延俊もそこそこ厳しい家で育ったから、新鮮で仕方なかった。
気がつけば今年の夏休みも後半で、今年受験生の延俊にとっては毎日がよくわからない講習の連続だった。受験といってももう付属大学へ進学予定の延俊だ。勉強は好きだけれど、なんだかこの講習はとても眠かった。進学かぁ、進学…将来…ぼんやりとしか想像がつかない。
そういえば、義兄様…と言うと彼はとても怒るのだが…は、大学を出たら何になるのだろう。聞いたことがなかった。親はこの辺りを取り仕切る議会のお偉方だとは聞かされていたし、延俊もよく知っているつもりでいる。でも義兄…与一郎は、大学卒業後の進路を少なくとも延俊には話していない。
蒲生先生や高山先生は知ってるのだろうか。聞いてみたいけれど、なんだか一人であの二人に声をかけるのはとてもとても緊張する。緊張すると碌なことにならないのは自分でもよく知っている。ここぞと言うところで転んだり、迂闊な言動をしてしまうのは、延俊にとって如何ともしがたいことだ。
自分は何になるんだろう。昔憧れていたのは、お母さんと伯母さんだ。これを話すと大人たちはみんな一瞬眉を顰めるから、言わない。普通は父親とか、そういうところに落ち着くのだろうが、延俊は何故かしらそういうところがあった。
そういえばあの花火の時に、与一郎に「義兄様は僕のお母さんみたいです」と言ったらひどく怒られたっけ。今思えば、ちょっと良い言い方ではなかったなとは思う。でも言葉を変えれば、それくらい憧れの存在なのだ…与一郎は。本当はそう言いたかったのに、肝心な時いつもこうだ。怒られてばっかりだ。
義兄様みたいになれたらなぁ、なんて思いながら窓の外を見ると、街並みが夕陽に彩られ、濃い影を作っている。コンクリートジャングルなんていうけれど、太陽の光は平等なんだな、なんて、自分でもよくわからないことを考えていた。義兄様みたいに、顔立ちも綺麗でスタイルも良くてセンスもあって、言いたいこと全部かっこよく言えたら、いいなぁ。
窓の外、建物の下には延俊の知らない人々が足早に歩いて行く。この人たちはどんな人生を歩んでいるんだろう。一人一人聞いてみたいような、聞いてみたくないような…知ったところでどうにもならないことは知っているけれど…その時、延俊の携帯が何かを通知した。
ぶる、と音を立てて、一瞬教室を静寂が包む。
「すみません」
そういうと、講師があからさまなため息をついて、こう言った。
「手が止まってるのはもう何も言わないから、携帯の電源だけは切っておきなさい」
はい、と頭を下げると、また再びこの白い部屋は教室になっていった。通知は誰からだろう?
ノートを取るふりをして机の下に隠した携帯を見やると、それは見慣れた名前だった。「今日みんなで花火やろう!受験合格の出陣式に! 」
「無理はしないでくださいね。もしよければいらしてください。 」
そして…最後の通知は…
「来い」
とだけ書かれていた。もう誰のかなんて見ずともわかる。
誰にもばれないようにふふ、と笑う。ああ、なんだかよくわからないけれど、どんな未来を進むかもまだわかっていないけれども、こんな関係を続けられるところに進んでいこう。それがどんな道だとしても、延俊だけでは超えられない険しい道だったとしても、なんとなくなんとかなるだろう。
だって、延俊にはこんなに心強い大人たちがついているのだ。ひとりぼっちだなんて思ったこと、あまりないけれど、今ほど寂しくないと思ったこともない。見えなくても、聞こえなくても、確かにそこにいるのだから。そう思って延俊は携帯をしまうと、そっと目を閉じた。

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並木さんには「神様は不公平だ」で始まり、「それは優しい呪文」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば3ツイート(420字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
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※現パロ。氏郷←忠興。

神様は不公平だと子供の頃から思っていた。確かに与一郎の生まれや育ちはけして悪い方ではないし、むしろ人の上に立つ人間として徹底的に教育されたといってもいい。だが、その代わりに与一郎は常に「大人であること」を強いられた。
反抗をするという選択肢すら与えられていなかったのではないかと思う。これだけ言うと酷い境遇で育ったように見えるが、先述の通り環境だけは整っていた。与一郎は周りよりも大人になるのが少し早すぎたのかもしれない。だから周りの年相応に育つ子供達を見て、常々思っていたのだ。神様は不公平だと。
しかし忠三郎と暮らすようになってから、そして重友と知り合って三人でつるむようになってから、与一郎のそんな考えはあっけなく崩されていった。忠三郎も重友も確かに大人ではあったのだが、ふたりはそれぞれタイプは違うものの常に自然体だった。
それに釣られるように、与一郎も時々、年相応の育ち方をした男の子の面が出てくるようになった。それに1番に気がついたのは…不覚にも与一郎よりも忠三郎の方が早かったのだ。「お前もそんな風に笑うんだな」ああ、忘れられない。あの気恥ずかしさは、きっと一生忘れないだろう。
「そういう笑い方の方がモテるしいいんじゃないか」余計な一言も付け加わり、忽ち与一郎の心に分厚い雲がかかる。表情に出ていたのだろう、忠三郎はあちゃーと顔を手で覆い「せっかく可愛かったのに」と言葉を漏らす。
「可愛いと言われて喜ぶ男がいますか」憮然として答える与一郎の頭を忠三郎は構わず撫でる。「可愛くていいんだよ。お前はお前でそのままでも可愛いし、たまに子供っぽく笑うのも可愛い。お得でいいだろ?」
答えになっていないし、なんとなく癪だ。
だが、何故か与一郎は、こういう言葉をずっとずっと待っていたような気がした。だれかに言われるその日を待ち続けていたとすら。子供っぽくてもそのままでも、どちらでもいいだなんて、選択肢を与えてくれるなんて、はじめての経験だった。
惚れた相手に可愛いと言われて素直に喜ぶことは、今の与一郎にはまだできないけれど、いつかもっと自分に正直になれる日が来たら、言えるのだろうか。となりに重友がいたもしても。与一郎の考えの外に全てあって、何度手を伸ばしても届きそうで届かない。
それでいて忠三郎の言葉は与一郎の考えを思いもしない方向から突いてくるのだ。神様を信じなくなって久しいが、きっと忠三郎と出会ったのは意味があったものなのだと思うし、その言葉にも意味があったと思う。それは優しい呪文のように。

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並木さんには「たった5文字が言えなかった」で始まり、「もう少し君を知りたかった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
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氏郷←忠興

たった5文字が言えなかった。与一郎にとって高い高い壁がそこにあった。嬉しそうに右近から譲り受けたという十字架を眺めるその横顔に、その5文字はあっという間に打ち崩されていった。好きだった。こんな言葉、もはや与一郎にとっても忠三郎にとってもなんの価値もない言葉でしかなかった。
そう、好きだった。子供が子供に言うように、小鳥がさえずる歌のように。そう言えたならばよかったのだけれど。…愛とか情けとかそういう高尚なものでは、多分ない。ただ、振り返って欲しくて、こちらを見て欲しくて、与一郎にとって欲しいものはそれだけだったのに、どうしてもそこに行き当たらない。
「俺はこれでよかったんだ」忠三郎は右近を諦めたと言っていた。そのためにこうして改宗までしたとも。しかし結果として右近は忠三郎の道筋に現れてしまう。与一郎にはそれが悔しい。そこに立つのが自分ではないと言うことが、どうしても悔しかった。
これでよかった?いいはずがない。与一郎が諦めきれないように、忠三郎もまた諦められないのだろう。それが言えなくなったのは、大人になったと言うことなのだろうか。それならば一生子供でいい。こんなもんだと諦めるだなんて、若い与一郎には我慢ができなかった。
別に与一郎は右近が嫌いなわけではない。穏やかな風貌から小気味いい言葉回しが実に与一郎の琴線に触れるという点においては右近は与一郎にとっても特別な存在だ。だからこそ、じりじりと距離を詰めていく二人を見ているしかないのが、じれったい。諦められそうで諦めきれないから困る。
この関係がいつまで続くかはわからないし、ある日あっという間に終わるものなのかもしれない。意外と与一郎は簡単に忠三郎を忘れてしまうかもしれない。一生かけて愛するなんてことは元来難しいことだ。それでも与一郎は思う。もっと知りたい。忠三郎が見ている世界全てを見てみたいと。
思ってしまうのだ。忠三郎越しに見る世界の色づきがどのようなものだったのかと。きっと、それは美しいものなのだろう。自分なんかより、ずっと。それだけに浸ることができたのならどれだけ幸せだろう。でもそれはできない。忠三郎にこのたった5文字の言葉を使うことすら躊躇すると言うのに。
だから、せめて今は隣で、似たような景色を見ているだけでいいのかもしれない。その手にしている十字架の意味なんて、いまは考えたくもない。それでも、見てしまう。考えてしまう。それはいつかくる別れの時にこう思いたくないからだ。もう少し君を知りたかった…なんて。

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並木さんには「都合の良いお伽話に夢を見ていた」で始まり、「だから、その瞬間までは」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば7ツイート(980字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり
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氏郷×右近

都合のいい御伽噺に夢を見ていた頃は、世界はもっと明るかったと思う。少なくとも、こんなにざらついて澱んだものではなかったはずだ。体が重い気はするが、どこか自分の体ではないような軽さも感じる。息をつくのも一苦労だ。ああ、あの頃、自分が夢見たものはなんだっただろう。
そこには愛しい家族との時間や、親しい友人との語らいや、尊敬する人々との緊迫した空気が全て詰まっていた。ああ、その中でも、いちばん特別だったのは、やはり目の前にいるこの男との出会いだろう。「飛騨殿…」突然涙を落とし始めた忠三郎に、右近は明らかに動揺していた。
右近の手に触れるのもやっとだ。こんな体になってやっと自分の本当の気持ちに気がつくなんて、どれだけ愚かなのだろう。涙とともに笑いすら込み上げてくるが、それは肺を圧迫するだけに留まった。噎せるように咳をすると、右近の手が忠三郎の背中をさする。この人の手は…なんて暖かいのだろう。
この人を愛している。心の底から。これまでずっと親友だと思い込んでいたが、やはり自分に嘘はつけない。これが、これこそが本当の気持ちだ。こんな想いを抱いたまま死ぬなんて、これから地獄に落ちると言われるよりも耐えきれない。「病人の戯言だと思って聞き流していただきたいのですが」
右近は静かに頷く。なにを言われるかもわからないだろうに、その手は優しく忠三郎の不自然に浮腫んだ醜い手を包む。ああ、病気になる前に本当のことを言っていたら、もっと綺麗な手の時にこの手を包んでもらえたのに、そう思うとまた涙が落ちる。情けない。今更、なにを言おうというのか。
「私が一番愛したのは、でうす様はなくあなただと思います…こんな私でも、赦されるのでしょうか」目線を、合わせるのが怖かった。右近がどんな顔をしているのか、どんな思いをしているのか、知りたくなかった。ああ、このまま死んでしまいたい。死に逃げの卑怯者と蔑まれたって構うものか。
沈黙が、痛いほど忠三郎の耳を騒がせる。ああ、一生懸命に言葉を選んだつもりだったが、だめだったか…最後の最後になんてことを…と後悔しかけた矢先のことだった。「どうして、もっと早くに言って下さらなかったのですか」驚いて顔を上げると、右近はその目にいっぱいに涙を溜めていた。
涙が、ああ、忠三郎の眼に浮かぶものと同じものが、右近の艶やかに縁取られた瞼を濡らしている。動揺したのはこちらの方だった。「…いま、なんと」「ずっと私の勘違いだと、そう思っていたのに…」言葉を詰まらせながら右近は忠三郎の手をその白い額につけ、さめざめと泣いている。
何が何だかわからない。右近はなんて言った?それはどういう意味で?わからない。理解するのに時間が欲しい。ああ、なんでこんな体なんだろう。こんな時間のない体になってしまったのだろう。右近は続ける「初めてお会いしたときのことを覚えていますか…私は、私はあの時から…」
そこまで聞いて段々と頭が働いてくる。そして首の後ろの方が、じわじわと熱くなってくるのを感じた。「高山殿、それは…」たまらず右近の細身の体を掻き抱いた。身体中につんざくような痛みが走るが、もうそんなことどうでもよかった。「貴方とこうしても、良いということでしょうか」
右近が嗚咽を漏らしながら、なんども頷く。そして右近からもきつく抱きしめられた。思わず痛い、と言うくらいに。その痛さすら、幸福だった。ああ、本当だ。右近の言う通りだ。もっと早く言っていれば、道は違ったのかもしれない。もっと早くに気がついていれば、その景色は違ったかもしれない。
後悔と同時に、それでもこれでよかったと、忠三郎は思うのであった。最期に確かめられただけでも、よかったのだ。この終わり方だからきっといいのだ。なにも知らないよりは、全て知ってしまうよりは、中途半端かもしれないこの終わり方が、一番幸福な道なのかもしれない。
右近は愛しているとは言わなかった。しかし今の状態で十分ではないか。二人はこれから進むのだ。幸せの道を、それがどれだけ悲しいものだとしても、ふたりなら幸福なのだろう。なぜなら互いに知っているから、そして変わらないだろうから、互いの思いを最後の瞬間まで。だから、その瞬間までは…

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並木さんには「知らないふりをしていたんだ」で始まり、「どうかお幸せに」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば12ツイート以内でお願いします。
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現パロ、氏郷×右近と氏郷←忠興

知らないふりをしていたんだ。ずっと昔から。…そう言えたら、幸せになれたのだろうか。幸せそうに微笑む二人をグラス越しに見て、与一郎は密かにため息をついた。全部とは言わないが、それに近いくらい与一郎は知っていた。目の前の二人の経緯も、互いの心も。多分互いが知らないことまで。
実は重友との出会いは忠三郎が彼を与一郎に紹介してきたあれが最初ではない。父の仕事の都合で、重友の父…あれはあれでなんだか存在感のある男だったが…と、まだ高校生かそこらだった頃の重友と与一郎は会っている。与一郎が言えた口ではないのだろうが、年の割に不自然に落ち着いていた印象だ。
だから、忠三郎が重友を連れてきた時は目を見張ったものだ。幸い重友はそんな昔のことをすっかり忘れていたらしく、はじめましてと与一郎に頭を下げた。相変わらず色の生っ白く、穏やかな雰囲気を醸し出して…いや、言ってしまえばなよなよとした今風の青年だ。こんな男を忠三郎は好きなのか。
右近を一瞥して、与一郎は改めて自分を省みた。ああ、全然違う。見た目も性格も話し方も。そこに最初に生まれたのは嫉妬心だとは思うが、どこかそれらを与一郎は冷めた目で見ていた。だから忠三郎が照れ臭そうに「将来この人と一緒になるつもりだ」と言った時も、「そうか」としか言えなかった。
「もっと驚くかと思った」そう言って忠三郎は鼻を掻く。精悍な顔立ちが、ふにゃりと歪む。ああ、忠三郎のこんな顔見るのは初めてだな、とそう思った。「どうして」「いや…その、なんだ…なあ?」察してくれと言わんばかりに忠三郎は与一郎と重友を見やる。「別に気にしませんよ。どうでもいい」
当然だが、本当にどうでもよかったわけではない。与一郎にとって忠三郎はそんな軽い存在ではないし、そんな軽い存在だとしたら多分一緒には暮らさなかっただろう。それを忠三郎はわかっているのかいないのか、ただただ「そうか、そうだよな」と与一郎の頭を撫でた。「すまなかった、与一郎」
「…っ、人のいる前で」与一郎の抵抗は虚しいもので、頭を撫でるどころか忠三郎は与一郎に抱擁までしてきた。「お前には苦労をかけた。お前と暮らせなくなるのは本当に惜しい。でも、俺はこの人と幸せになりたい」なんだその言い草は。忠三郎の腕の中で、与一郎は抵抗も忘れてそう思った。
ああ、ずっと見たかった光景は、これだったんだなと与一郎は初めて自分の欲望の正体を知った気がしたのだった。別に忠三郎とどうかなろうなんて、そんな大それたことは考えていなかったのだ。本当のところは、この暖かさと匂いさえあれば、与一郎は満足だったのだ。
しかしそれに気がついた途端、それは与一郎のものではなく重友のものになってしまうという。ふと視線を逸らすと、ちょうど重友が二人のそう言ったらやりとりを微笑みながら眺めているのが見えた。勝者の余裕か、とすら言いたくなるがそれは言いがかりだ。わかっている。重友はそんな人間ではないのだ。
「おふたりは本当に仲がよろしくて…羨ましいです」重友の言葉に忠三郎は音がなるんじゃないかというほどの勢いで与一郎から離れ、その白い肌の許に戻った。あぁ、こういうことなのだ。わかってはいた。「いや、その、与一郎は弟みたいな感じで…」しどろもどろに話す忠三郎が見ていられない。
ならばと代わりに口を開く「俺はこいつを兄貴とかそんな風に思っていないんで、どうか気にせず貰ってやってください。返品は受け付けませんが」「よ、与一郎お前なぁ」「だってそうでしょう?」そう言って舌を出してやる。自分の身を切るような冗談は好きではないが、仕方がない。
もちろん今日を境に忠三郎との関係が終わるわけではない。だが、確実に二人の関係は変容するだろう。それでもなお、この距離を保ち続けられるだろうか…いや、保ってやろう。一生ずっと、思い続けてやろう。だから言おう、涙を見せずに。「…幸福に暮らせよ」「勿論だ」
与一郎は何も言わなかった。肝心な事は全て胸にしまって見送った。その後ささやかな結婚祝いを与一郎主導で取り行ったが、やはり何もいう事はなかった。周りは与一郎を、とてもできた友人だと褒めたが、彼らはきっと与一郎の肚の内を知ったら卒倒するだろう。この二人は幸せでなくてはならないのだ。
誰のためでもない与一郎のために。だから言ったのだ。幸福に暮らせよ、と。そしてその場にちょくちょく与一郎も登場するのだ。なんの気は無い友人の一人として。それでいい。それで十分だ。だから今は一時の別れの悲しみに過ぎない。いずれそれは癒えるから。さようなら、さようなら、どうかお幸せに。

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貴方は忠三郎×右近で『愛したかった』をお題にして140文字SSを書いてください。
https://shindanmaker.com/375517

人生に悔いなんてあるだろうか。忠三郎は時折考えることがある。自らの人生に、これはという悔いはあるのだろうか。いや、言ってしまえば悔いだらけだ。それは間違いない。しかし、それを打ち消して余りあるものがある。右近の存在、神の教え、それらは忠三郎の心を癒して余りあった。
しかし、その中でも悔いはある。忠三郎は、右近への想いを燻らせたままであった。神への冒涜と言われても構わなかった。それほどの想いのはずなのに、どうしても伝えることができなかった。ああ、せめて、もう少し時間があれば、猶予すらあれば。忠三郎は伝えられただろうか。向き合えただろうか。
愛したかった、その魂を。愛したかった、その透き通った声を。愛したかった、その影ですら。その総てを。狂おしいほどに、悩ましいほどに。愛してみたかった。愛せたら、愛されたら何を考えただろう。何を手にしただろう。それは忠三郎をどう変えただろう?その魂は、忠三郎に何を見せてくれただろう。
「飛騨殿」
右近が自分を見ている。声を、かけている。
それだけで十分ではないだろうか、とすら思う。それは忠三郎にはわからない。少なくとも今の忠三郎には。
「聞いてください、この間…」
そうして普段通りの会話が始まる。そこに流れる空気を、愛と形容するにはまだ幼すぎる。
それを右近は楽しそうに聞いている。たまにはしゃいで、たまに怒って、涙を浮かべることすらあった。それで十分な気もする。それだけで十分じゃないか。
それでも、魂というのは欲深いものだ。それから先を考えてしまうなんて、烏滸がましい。
「愛しています」…なんて、言えない。言えなかった。

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【忠三郎と与一郎】

「俺に乗りかえて、みる?」
#この台詞から妄想するなら
https://shindanmaker.com/681121
現パロ

「俺に乗りかえて、みる?」
仕事で疲れただの重友が相手をしてくれないだの、与一郎の部屋に入るなりそう言ってネクタイを緩めソファにだらしなく座った忠三郎に、与一郎はそんなにいうなら、と切り出して見た。半分は冗談で、半分は本気…というまでもない、淡い期待のようなものを乗せて。
「そりゃあ、お前は顔もいいし家もしっかりしているし、何より一緒にいて面白いからなぁ?」
忠三郎はそう言ってソファに凭れる。その言葉に内心、子供のように怯えていた。
「でもお前とどうこうなるとか考えられんなぁ、うん、俺には先生しかいないし」
先生、と重友をそう呼ぶ忠三郎が本当は嫌いだ。与一郎も戯れに重友を先生などと呼ぶ。だが本当はそんな呼び方しないで欲しい。自分が知らなかった頃の重友と忠三郎なんて、想像したくない。
「そういうなら帰ればどうですか、あれで『先生』もあなたを待ってますよ」
「そうかなぁ」
どうやら…忠三郎は多少酔っているらしい。どこで飲んできたかは知らないが、今すぐ襲いかかり既成事実の一つでも作ってやろうかとすら思うくらい腹立たしいことだ。知らない忠三郎の姿を想像するだけで、虫唾が走る。
「んー、やっぱり帰るわ」
「何しに来たんですか」
「そりゃ、お前の顔見に」
そうに決まってんだろと軽く言われて、顔が急に火照るのを隠しきれない。
「じゃあもうすぐ帰ってください。迷惑です」
「おう。言われんでも帰るわ、あー、お土産何がいいかなあ。怒ってないといいなぁ」
そう言って帰ろうとする忠三郎の袖を与一郎はぐっと掴んだ。
「な…」
袖を引き。与一郎に正対するように立たせる。困惑の表情を隠さない忠三郎がたしかに愛おしい。
「散々振り回して、礼の一つもなしですか」
「いや、それは悪いと思うけれど」
「じゃあ償ってください」
いうや否や、与一郎は忠三郎の唇にそれを押し当てる。
「…なんの、つもりだ」
忠三郎は与一郎の肩を掴み体を離す。
「最初から言っていたじゃないですか…俺に乗りかえてみませんか?」
そう言ってニコリと笑ってやる。
忠三郎は眉間に皺を寄せると、そっと与一郎の体を軽く抱きしめた。
「お前がなにを考えてるかは知らんが…」
忠三郎は続ける。
「寂しいなら寂しいと、そう言え」
ああ、違う。そうじゃない、のに。それを否定する気力も体力ももう与一郎には残っていない。
「じゃあとりあえず帰るわ、悪かったな」
そう言って忠三郎はあっさりと部屋から出て行った。彼は帰るのだろう。愛しい恋人の待つあの部屋に。
ドアが閉まる音がしてようやく、言いたかった言葉たちがとめどなく溢れてくる、が、もう遅い。言ってしまった。それは取り返せない。口づけをした。親友に。もう取り返しのつかないことだ。
こんな結末誰も望んでいなかった。与一郎ですら、いや、与一郎だからこそ。

ーーー

愛してると突然言われた。涙が出た。ずっと待っていた言葉だと笑いかけると、相手の姿がぼやけてきえる。幻かあ、と声が出た。そうだよね。だって、君はもうどこにもいない。
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目を開くと見慣れた部屋にいた。いつもの匂いが、何故か懐かしい。
身を起こすことも億劫で、仰臥位のまま何度か瞬きをした。つ、と何か温かいものが右近の眦から耳に向かって走り抜けていく。
涙、と気がついた頃にはすでにとめどなく右近の瞼を濡らした。
初めは何故自分が泣いているのかすら分からなかった。しかし次第に思い出してゆく、涙の理由を。
なんだ、夢だったのか。
唇だけそう動かす。いったいどこからが夢で、どこからが現実なのか。もしも全部夢だったとしたら……いや、わかっている。都合のいい夢だったということくらい。これは現実で、先ほどまでが夢なのだ。わかっている。
…先ほどまで右近は忠三郎と共にあった。
忠三郎は右近の体に縋り付くように腕を回し、こう言った。たどたどしく、けれども凛として。静かに噛み締めるように。
「慕っております、右近殿…あなたを…愛しています」
その温もりも、匂いも、すべて現実味を持って右近に迫ってきた。そしてそれらは右近に囁いたのだ。これが現実だと。
何より、右近はその言葉をずっと待っていたのだ。春も夏も秋も冬も、忠三郎と出会ってから十年以上もの間、ずっと右近は心のどこかで待っていたのだ。右近自身が意識するよりも早く。
だから、言いたかった。その言葉をずっと待っていました…私も、同じ思いです、と。
その広い背中に、躊躇いながらも腕を回すと、忠三郎は右近の体を包み込み、覆い隠すようにして唇を奪った。
…優しかった、経験したこともないことだった。忠三郎の唇の感触すら生々しく思い出せる。ああ、これは、もしかしたら現実なのかもしれない…とすら、思いそうになった。
しかし右近は夢想家には到底なれなかった。誰よりも理想を掲げているくせに、右近は誰よりも現実主義者だ。
無理もない、忠三郎はとっくに天の国に旅立ったのだし…自分の年老いた腕を、首筋を、脚を見れば、それが現実ではないことくらいわかってしまう。
体良くそれは過去の記憶だと改竄したところで、虚しさは消えない。寝るときすら身につけている十字架が、右近が背負うべき十字架が、なにかを言いたげにじろりと睨む。なぜか…関係ない年下の友人が皮肉を言う時の顔を思い浮かべていた。
唇を離し、目と目があったとき、忠三郎は照れ臭そうに笑った。そして
「言えてよかった」
そう言って、消えた。
なにも残さず、消えてしまった。
そして右近は目を覚ましたのだ。
夢だ。わかっている。これは夢以外の何者でもないと。
幻だ。幻だった。
自分がそこまで想っていたことすら、右近は忘れていた。いや、気がついてすらいなかった。
なんて滑稽なんだろう。こんな夢を見るほどに、求めていたなんて。
こんな夢を見るのだ。右近はもしかしたらもう天の国にはいけないのかもしれない。この身はとっくに汚れているのだろう。天の国に行けるほど、軽くはない。
そうだとしたら、もし死んでも忠三郎には会えないのだろう。忠三郎はきっと天の国に行ったのだ。あの生き方ならば、間違いない。神に会ったことは流石の右近にも経験はないが…きっと気に入られるに違いない。
ああ…再び涙が溢れる。
夢でも、幻でも、また会えてよかった。
でも人間とは強欲な生き物だ。一度でも姿を幻視してしまったら、本物の、本当の忠三郎に会いたいだなんて、そう思ってしまう。その声がその指先が、右近を優しく包むのを求めてしまう。何故今更こんな夢を見たのだろう。何故今更気がついてしまったのだろう。何故今更愛しているだなんて思ってしまったのだろう。
もうここには、いや、違う、どこを探しても忠三郎はいないのに。
誰にも打ち明けられない。もう、誰もこの思いを受け止めてなどくれない。この身が、年老いた醜いからだが、こんなにも求めているのに。
外は満月が浮かんでいる。満月が問いかける。これ以上何を望むのかと。
世界の総てが右近を責めているような気がする。世界でたった一人生きているなんて、そんな烏滸がましいこと考えたことすらなかったけれど、今まさにそんな気がするのだ。
涙を拭い再び目を閉じる。
せめてもう一度、会えますように。
そのときは、もう二度と離れないと、誓えますように。