家中たちから見た藤堂高虎という男

そもそもなぜ自分が破格の待遇で抱えられたかを実のところ詳しくは知らない。
藤堂高虎と名乗る彼が、自分に何を望むのかを、元則はとんと知らなかった。
嘘だ。
きっと知っていたのだと思う。当時はまだよくわかっていなかったが、結局のところ自分に被さる運命の一片はそこに確かに見えていたし、元則はそれを選んだのだ。
高虎という男は不思議な男だったと思うようになったのは実のところわりと後になってからだった。外の国の男というものは皆彼のようなのだろうかと思っていた時期がそれなりに長かったし、実際に国元の外の人間を見てもそれは変わらなかった。彼らは彼らで真っ当な部分も可笑しな部分もあったが、それと高虎が必ずしも合致していたわけでもない。
とはいえ、こうなると……元則は人知れず笑う。初めて会った頃を何度も繰り返すのはあまり趣味が良くないとは思うが、いかんせん付き合いはそれなりに長くなった。高虎が望む言葉など考えるまでもなく、無意識下からいくらでも出てくる。
そこに転がる感情に名前をつけることは簡単だと思う。曖昧で目に見えないものほど、人は名前をつけたがるものだし、そうやって安心してきたのだろう。
目に見えないで思い出した。この老いた主人はもう目がほとんど見えていない。見えない者の世界を元則は知らないが、それは彼のそれまでの世界を脅かすに十分であったことは想像に難くない。
人とは、恐れるものだ。恐れると、過敏になるのだ。名前もつけられないもの、わからないもの、見えないもの……それらが増えれば増えるだけ、恐れも増える。自分を守るためには時として人に牙を向けることもあるだろう。
さて、その牙が今日も元則に向かってきた。
高虎の世界にはもうほとんどの者が抜け落ちてしまったようだが、元則は今の所まだ留まっている……らしい。人の見える世界を覗き込むことは流石にできないし、できたところでやろうとすら思わないが、それは光栄であると同時にどこかで、当然だろうという顔をさせてしまう。
だから、老いた主人の言動に困り果てた若手たちをよそに、元則の心はどこか凪いでいた。それはそれとして困りはしたが。
その目が人の顔を正しく映さないことは幸いだった。
元則は高虎に腹を切るよう命じられたが、その言葉を真意とは取らず切ったことにして再び現れた。どこまで覚えているかもわからなかったから名を替え再び側にいた。どれも高虎の目が無事であったらできないことだ。
しかし、遠くなったとはいえ耳はまだある程度生きているらしい。
「お前の声は采女に似ている」
一瞬緊張の走る空気の中、元則はこう答えた。
「周りからもよく言われることです。私はお会いしたことはございませんが」
「そうか、あの男は良き者であった。しかしどこに行ったかとんと検討がつかないのだ」
さては私に愛想を尽かして出ていってしまったのかもしれん、と老いた主人は大きな体を丸める。どうやら彼の世界ではそういうことになったらしい。翌日、何事もなく高虎の世界に元則は帰ってきた。
人は枯れるように死ぬと昔誰かが言っていた。高虎は体が大きいから、きっと枯れるにも時間がかかるのだろう。この体も、この腕も、目も、耳も。少しずつ乾いていくのだ。
元則はそれをただ眺めるしかできないが、きっとそのために高虎は元則を迎えたのではないだろうかと、そのときふと思ったが、結局それを確かめることもなかった。

2025年8月12日