二人して俺になんの恨みがあるんだよ、と与一郎は言ったそうです

その日与一郎は苛立っていた。
出かける用事が先方の都合で急になくなり、届くはずの手紙は届かず、手慰みで削り始めた作りかけの茶杓は盛大に手元が狂ってだめにしてしまった。
そういう日もあるだろうと楽観的な人間ならば思えるのだろうか。与一郎にはそういった類の考えがさっぱり理解できない。あるわけがないし、あってはならないのだ。こんなに無意に時間を潰すだけの日に耐えられない。
最初からわかっていればまだいい。最近の多忙さといったら文句を言い出したらきりがないほどだ。それだけ疲れも溜まっている。一方で疲れとは厄介なもので、体を動かす力となるのもまた疲れだと思う。体に鞭打つとはいうがまさにその通りだ。鞭を打たれただけの今、何もできないのは癪だ。
それでも、そういう日だってあると思うのだろうか。例えば目の前で呑気に茶入の仕覆を眺めているこの男などは。
この男も今日、無意に時間を潰す羽目になったそうだ。それも想い人との約束を急に反故にされたという。どう考えてもそれは怒って当然だと思うのだが、この男……忠三郎はそんな態度はなから知りもしないというような顔をしている。
「右近殿は俺のことを好きなわけがないから」
なにを腑抜けたことを言っているんだと思う。さっきまで仕覆の布地が気に入らないとか、こういう色がいいとか、そういう与一郎がまだ話し相手になれる話をしていたではないか。呆けたような話の聞き手になるつもりでここに来たわけではない。
この男は間違いなく与一郎の友人だ。親友と言ってもいいと思う。そして、この男の今日の予定を台無しにしたのも、また与一郎の親友といっていい立場の男だ。
要は、親友同士が懇ろになったということだ。
正直言ってそういう話は別に聞きたくはない。面白い話ならばまだ聞きようがあるのだが、おおよそこの手の惚れただの腫れただのという話はつまらないのが定石だ。そうでなくても二人して嫌がらせのように与一郎の親友なのだから、聞いていて居心地が悪いこともある。情報源として話の要点は覚えているが、だいたいは聞き流している。
「絶対にそう思っていないだろう、お前」
普段なら皮肉の一つや二つ投げつけるところだが、見たものをそのまま口に出すだけだった。世間は忠三郎を気の長い男だというが、こいつは特に細かいことに気が付かないだけなのだ。気が付かないから、放っておけてしまう。それが寛大に見えるのだろう。
忠三郎だって人の子であるのだから、今のように右近のことが関われば執着めいた言動だってする。しかし不思議なのは、その言動は濁らぬ川の流れのように、底抜けに無邪気なのだ。幼子の方がもっと澱みがあるかもしれない。であれば、この男は一体何だというのだ。
忠三郎の右近に対する執着の深さはきっと与一郎すら底の見えないものなのだと思う。そしてさらりと嫌味なく、右近のことを考えているうちに一日が終わってしまっただなんてことが言えるのだ。どうしてそんな末恐ろしいことをわざわざ与一郎に報告してくるかといえば、だいたいそれを聞いた与一郎が右近との一席を用意するからなのだが。いや、こんなことを他の人間に吐露していたとしたら忠三郎との今後の付き合いを考えた方がいいとは思う。
困ったことに、忠三郎のそういった言動は少し面白いのだ。与一郎の興味を否応なく引いてしまう。そして、親友同士の色恋沙汰だと気が付いて嫌になって聞き流している。忠三郎本人には面白くしようという意図はないので、こちらが聞き流していても笑っていてもどのみち不満げな顔をするし文句も飛んでくるのだが、そのさまもやはり若干面白い。
だから世間の言うことは間違っているし正しいのだ。
寛大で器の大きい忠三郎は、右近に対しては人間らしい感情を持つが、根っこを見ていくと人離れして深すぎるし、その葉から発露するものは澄み渡っている。そして時折斬新な花を咲かせるのだ。
昔、こんな忠三郎に恋慕していたなんて、与一郎はとても言えない。
それは青すぎる片思いだった。だから右近との仲を聞いていると、まるで氷を踏むような冷たさが一瞬体のどこかを走るし、居心地も悪いというものだ。文句も言うし、なんなら怒ることだってある。それでも見にいってしまうのだ。今度はどんな愉快な花が咲いているだろうかと。
「心配しなくとも、右近殿は貴方にぞっこん惚れているでしょうよ」
「揶揄うなよ」
そう言いながらも忠三郎は笑っている。与一郎はまんまと彼の言わせたいことを言ってしまったわけだが、それも面白い。与一郎がこの男にまだ多少の未練があるという事実を差し引いてもそう思わせるなにかがある。自分の持つ彼への恋心は、きっと誰にも見せることはないだろう。澱みきって、とてもじゃないが白日に晒すなんてできない。
昼間あれだけ悪かった機嫌も、悲しいことにこんなことで癒されている自分がいる。もしかしたらあまりにも馬鹿馬鹿しいので、ふと我に返っているのかもしれない。
「気楽でいいもんですね」
「何が気楽か。忙しいし、そんな中であの人には会えないし。これでも落ち込んでいるんだぞ」
「さあ、どうだか……」

後日。また与一郎は約束をすっぽかされた。今度は事前にそうなる可能性を聞いていたので、そこまで腹を立てることもなかった。気持ちは随分と凪いでいる。この前の不機嫌が嘘のようだ。
数日前、たまたま前田家の使者が来て、その者が右近に近い人間だったので様子を聞くと、彼も与一郎に会いたがってるとのことだった。そういえば久しぶりに会ってないな、そう思ったので前もって話はつけてある。
そうだ。急に予定が変わっても、それが予見できればこうして動けるではないか。右近と以前会った時は忠三郎も一緒だった。仲睦まじいのはもうこの際好きにしろと思うが、目の前で見せつけられるとそのまま帰りたくなるからやめてほしい。
差し向って話すのは久方ぶりだ。相変わらず右近の居住まいというものはどこかとっつきづらい美しさがある。年を重ねて若干雰囲気が緩まった気もするが、その眼差しの清さは変わらない。与一郎とは年が十以上離れているが、まだ新鮮にその清さに踏み込む楽しさもある。そうだ。この男もどこかおかしいのだ。そして与一郎の興味を引く面白さを持っている。
一瞬でもそう思ったのがいけなかったのか、さあなんの話をしようかと思っていたが何故か気が付くと忠三郎の話になっていた。どうやら、右近と忠三郎は最近二人で会う機会がなかなかとれないという。さもありなん、情勢も情勢だと思って聞いていた時だった。右近はその目を伏せてこんなことを言い始めた。
「そ、その……飛騨殿の一番は私ではないので」
与一郎は、その言葉を聞いて……一度、天を仰いだ。
彼らの信仰する耶蘇の神に祈るつもりはない。ただ、文句は言ってもいい気がする。聞き届けてくれるかは知らないが、それをしないことで与一郎がただの理解ある友人に押し込められるのは癪だった。そして大きなため息をつくと、怪訝な顔をしている右近に向かってこう言った。
「あんたたち、立派な似たもの夫婦ですよ」