ある時、江戸から離れない藤堂高虎を細川忠興がこう笑ったと言う。
「和泉のたわけが、江戸の凝った水など飲んでいられるか」
人の噂とはまことに勝手なものだ。人と人の間の水を好きに泳いでは、姿を変えるのだ。受取手の都合の良く形を変えに変えて、たどり着くところは大海かはたまた源流か。いや、もしかしたら迷い出ては渇き姿を失うものなのかもしれない。昔の噂話なんて誰も覚えていないものだから。
小堀を主人とした数寄に呼ばれた高虎は、その噂を聞いた後初めて忠興に会った。彼はここのところ隠居を何度も願い出ているらしいが、未だに聞き届けられていない。その日も随分と愚痴を垂れていた。
「必要とされていることは何よりも恵まれていると思いますが」
小堀の言葉が気に入らなかったのか、忠興はその神経質そうな目と眉を少し嫌な形にした。彼はそう言うところがある。不機嫌をすぐに顔に出す。彼はそれでどうにかしてもらってきたのだから、しょうがない。彼の人生の最良の処世術なのだろう。
噂の話を、小堀や同席していた他の人間は知っていたのだろうが、特に話にしないでいた。それをかき乱したのはその元である忠興だった。
「国元に帰りたいとは思わないのか」
「なすべきことは投げ出せぬ」
「いつまでも貴殿に頼まれてばかりでは困るのではないか」
それは忠興も同じ立場だろうが、よく考えたらそれが嫌で隠居を願っていたのだろうが。彼には彼の苦しみがあるのだろうが、よくわからない。
代わりにこう言った。
「験なきものを思うくらいならば、濁れる水を飲むべきだろう」
それを聞いて忠興は笑ってこう返した。
「和泉殿にとってはこの世の全てが験のないものだ」