腐れ縁と馬鹿に付ける薬がない

馬鹿は死んでも治らない、という言葉を思い知る。
久方ぶりに会った男は、自分の記憶とは何一つ変わっていなかった。
仕事終わりの金曜日。男のスマートフォンに一件のメッセージが舞い込んできた。
『相談したいことがある。』などという白々しくも、文面から察される程度の面倒くささに忠興は舌打ちをした後に、側近である松井に今日はタクシーで帰ることを告げた。
相談を受ける時点で向こうの奢りは決定的であるため『わかった』という簡素な返事と共にいつもの飲み屋へと足を運んだ。
何度自分が死のうが生きようが、切っても切れない縁というものが存在するらしい。
それに気がついたのは、自分が生まれ落ち自分の名前を初めて漢字で書けるようになった日に気がついてしまったことだった。
遠い昔のようで、そこまで昔でも無い『細川忠興』という男の記憶を思い出すのに時間は必要なく、ただ『なんだよつまらん。』という感想が一番にきた。
見知った父の顔、母の顔、自分の顔、そして松井の顔。自分が器用だという自負もあったため、それなりの成績でそれなりに良い大学を卒業し、在学中には前世と同じく自分の妻になるべく珠子とも再会を果たした。
ここまで二度目の忠興としての生を経てもう一つ気がついたことがある。
どうやら自分以外、前世の事をさっぱりと忘れているらしい。
だからと言って悲観することも、優越感に浸ることもなく、ただ『そんなものか』という程度の感情だった。
自分が全て知っているからと、全知全能を気取るなんて馬鹿馬鹿しい。
知っていたからといって、あの頃とは時代も背負っているものも近しいものこそあれど全て同じなわけではないのだ。
むしろ多少なりとも違いがなくてはつまらない。見た目であれ内面であれ、自分が楽しくないのだ。
話を戻そう。その『切っても切れない縁』の中で、特に忠興が一番つまらないと感じた再会は蒲生という男と高山という男だった。

(そしてその最高につまらない男の愚痴を聞きに行く俺も大概つまらない男になったもんだ。)

一等地の路地裏にひっそりと店を構える居酒屋へタクシーを走らせ、忠興はネクタイを緩めた。
店の扉を開けると、店員は『こちらです』と慣れた様子で忠興を案内し、二人がけのこぢんまりとしたソファー席に誘った。
見慣れた後頭部が目に入り、聞こえるように舌打ちと溜息を吐いてみせる。

「ずいぶんなご挨拶だな。」
「聞こえてたか。」
「聞こえるようにデカい溜息をどうも。」

ひくりと口角を上げた男・蒲生忠三郎は『お疲れ』という声と共にお品書きを差し出した。
自分が持つという気概は感じる。忠興はスーツを脱ぎ皺になることも気にせずにどかりと腰を下ろした。

「お前何にするの。」
「え、とりあえずビール。」
「つまらない男だな。」
「いやいや普通だろう仕事終わりの1杯目だぞ?」
「俺八海山にしよ。」
「少しは遠慮しろよ。」
「してんだろ。」

ばっさりと言葉を切り捨て、手しぼりと共に出された通しを眺めた。
『適当につまみは頼むからな』という蒲生の声に、忠興は生返事を返す。
数分後、カウンターや個室からの談笑をBGMに運ばれてきたつまみと、酒の入ったグラスを持ちどちらかともなくカチンとそれをぶつける。
蒲生は大学を卒業後、私立高校の教員になり、忠興は父親の薦めもあり大手総合商社の法務部で働いている。
大学時代に再会し、忠興は一発で蒲生の存在を認識しそれなりに距離を置いていたはずが、いつのまにかこうして付き合いが続いている。
芋蔓式に高山という人物に出会ったことについてはもはや予想を通り越して笑い話だ。
忠興だけが覚えている前世からの腐れ縁は、こうも強かった。
そして、縁というものはどこまで根深いのかあの頃と変らず目の前の男・蒲生忠三郎はもう一人の縁である高山重友へ好意を寄せていた。
前世から変らず同じ男の尻を追いかけて楽しいのかこいつ。と再会して5分後に察したのだ。
別に現在自分には珠子という最高の妻がいるので、誰が誰を思おうが微塵も関係のないことなのだが、この二人については別枠だったのだろう。
ちらりと切れ長の目で忠興が蒲生を見るが、暢気に『やっぱりここのつくね美味いな…』と宣っている姿に少々の苛立ちを覚え口火を切った。

「で?」
「え。」
「相談てなんだよ。クソ忙しい月末にめんどくせぇ連絡寄越しやがって。思春期の男子高校生かよ。」
「男子高校生って…。」
「どうせお前のことだ、重友絡みなんだろ?」
「何呼び捨てにしてんだよ。」
「キレるところそこかよめんどくせぇ…。」

自分が呼べないからって八つ当たりをするなと釘を刺し、忠興は忠三郎の前にある焼き鳥に手を伸ばした。
思い思いに騒がしい店内を横目で眺めながら、それを咀嚼する。
次は塩にするかなどと別のことを考えているとジョッキに入っていたビールを飲み干し、忠三郎は大きな溜息を吐く。

「…お前さ、同棲の申し出ってどうしたんだよ。」
「は?」
「いや、だから、結婚する前に明智さんと暮らしただろ。」
「別に、どうせ結婚するならいつ一緒に住んでもいいだろ。」
「その流れじゃなくてだな、明智さんに何て言ったんだよ。」
「何って、一緒に住むから物件選べって。」
「え…。」
「白金台に新築のマンションがあるが、松涛と鎌倉にもあるから、どちらが好みだって聞いただけだが。」
「全然参考にならねぇ…!」
「何言ってんだよ住むところの決定権は向こうだぞ。」
「そうじゃねぇんだよなぁ…。」

あああ、と静かに唸って頭を抱え始める忠三郎を余所に通路を歩いてきた店員へ『同じものを』とグラスを見せる忠興は、心底くだらなそうに眉を顰める。
二人が所謂お付き合いを始めたことについての報告は受けている。(一方的に)
そして忠三郎の赴任先が高山と同じ私立高校に決まり、同棲を始めたいという希望も数ヶ月前に言われた。(一方的に)
なんだお前ら俺に報告しないと死ぬのか。という感想も伝えたが本人達は暢気そのもので、そんな嫌味もかわしていたのだ。
だが、高校教師というものは校内行事や定期試験、部活の遠征などでプライベートのスケジュールが組みにくいということも知っていた。
どうやら同棲をすると意気込んでいても、その意気込みだけではどうにもならず、目の前の忠三郎は『そういえば俺、高山先生にしっかりとした申し出をしていない?あれ、もしかして話が進展しないのは俺がしっかりとプロポーズまがいなことをしていないからなのでは?』と導き出したが故の混乱なのだろう。
忠興からしてみれば『どうぞそのまま悩み続けてくれ』というだけのことだが、ついこの間珠子から『スーパーで高山さんにお会いしてね、同棲したいんですけどいい物件をしりませんか?って聞かれたんです。』と報告を受けたため(死ぬほどどうでもいいが)無碍にすることはできなくなった。
てっきり物件相談かと思っていたが自体はそんなことよりも初手の初手だった。
忠興は運ばれてきた日本酒を飲み込み、頭を抱え続ける忠三郎に今日何度目かわからない舌打ちをしてみせる。

「おなじ職場なんだろう、適当な最寄りでお前が選べよ。」
「家賃とか俺が全額持ってもいいけど、住みやすい間取りとかあるだろ絶対。」
「いいや無いな。あいつああ見えて図太いから南だろうが西だろうが窓がついてれば開放的ですねとか言うぞ。」
「そんなざっくばらんな性格じゃ無いぞ絶対!」

いいやそういう性格なんだよアイツ。なにせ俺は前世から知ってんだよ、断言できるわ。
いつまであの男に夢を見ているんだ思春期か、というもう何千回目かわからない自分のコメントに遠い目をして厚揚げを口に放り込む。
じわりとした出汁の味を噛みしめつつ、ぶつぶつと不服そうに口を尖らせる忠三郎に眉を顰める。
むしろ恋人にこうも夢を見続けられるのはもはや才能では?(俺は絶対に死んでもいらないけどその才能。)

「どうせもうすぐ試験も終わるんだろ?」
「夏休みに入ったら部活動の遠征付き添いもあるからなぁ。」
「…お前、切り出す言葉が見つかるまでそうやって適当に茶を濁す気か?」
「うぐっ…。」
「同棲したくないって言われたらどうしよう~とか思ってんだろどうせ。」
「……思ってねぇわ…。」
「高山先生はお前が考える500倍は図太いから安心して当って砕けろよ。」
「砕けたらダメだろ!」
「はいはい成功する成功する。俺が保証してやんよ。」

一生やってろと吐き捨てて、忠興は煮込まれたモツを食べ始める。
ほどよい堅さと弾力を味わいながら疑り深い目でこちらを見てくる。前世からお前らめんどくさかったから安心しろなんて、言えるわけも無い。
うだうだと考え始める蒲生と、その根底にあるものが自分だと思いもしない高山。
追い追われという関係ならば申し分なく良い相手だろうが、こと恋愛に発展するとこうまでめんどくさいものだというのは前世から理解している。
そして、こいつらのめんどくさい所は結局死んでも治らなかったのかという壁にぶち当たるのだ。率直な意見である。

「…一周回って惚気られてるのかと思うと腹立つな。」
「は?」
「なんでもねぇよ童貞。」
「童貞じゃねぇが!?」
「お前が腹括って話さないと向こうから切り出されるぞ。」

昔からそうだろうが、という言葉は酒とともに飲み込んだ。
高山右近という男は昔からそうなのだ。自分の信じたものを信じ続け、行動し続ける。
最期まで身勝手で、そして、最期まで自分が眺めていて飽きない男でもあった。
そして心底思い知ったのだ。
蒲生氏郷の視界に入り続けた男は高山右近であり、それを知っていてずっと信仰を貫いた非常な男なのだ。
ただそこには信頼も思慕も恋慕もあった。一方的ではない、互いにあったのだと忠興は思い知った。
つまり今世で巡り会った二人は、あの頃と何も変らない。蒲生氏郷であろうと蒲生忠三郎であろうと、共にいるとあの男が決心したのなら行動にだって移すだろう。
時代が違い、速度が違うだけで本質は何も変わっていない。
すっぱりと忠興がそう告げれば思い当たる節があるのか、忠三郎は押し黙り白和えに箸を伸ばす。

「…アイツなりに、置いていかれたくないが故の行動なんだろ。」
「は?」
「なんでもねぇよ朴念仁。どうせ明日休みなら不動産屋にでも行ってこい。」
「いや…明日は高山先生ミサの手伝いあるって言ってたから…。」
「お前さぁ…。」
「あああ判った判ったよ!誘ってみるから!灰皿を手に持つんじゃねぇ!」

さすがに我慢の限界だと、テーブルに置かれた灰皿を持つと途端に慌て始める忠三郎に頭を抱えたくなる。
そうやって前も目に見えない神だとか信仰とかに負けてただろうお前は。
いいのかお前はそんなあやふやな存在に自分の好きな相手を盗られて。
きっと目の前の馬鹿野郎は、それが『俺の好きな高山右近だ』と断言することを知っている。
そんな馬鹿野郎を殴れない俺も、前世からどうしようもない馬鹿なんだと怒りを通り越して笑うことしかできないのだ。

(不動産屋に誘う、か。なるほどな。)
(別に付き合ってんだから遠慮する必要が微塵も感じられないんだが。)
(そうだろうけど、やっぱりさ、こう…家具どういうの揃えたいとか、あるだろ?)
(じゃあ俺帰るわ。クソみたいな時間をどうも。)
(まてまてまてまて!何がいけなかったよ今の話!)
(家具の前に決めることあんだろ馬鹿か。)
(ぐぅ正論…。)