鶴の見るもの

与一郎は知っている。
すべてではないが、それに近い何かを。

彼から届けられたものを全て眺めたところで与一郎は溜息をつくと、舌打ちをして側仕えの若手を追い出した。
乾いたはずの体がまた汗をかいている。忌々しげに拭ったが居心地の悪さは拭いきれない。
今年の夏は長引きすぎた。寒さも苦手だが暑いのはそれはそれで腹立たしい。その余熱がどこに隠れているのやら知ったことではないが、与一郎の虫の居所は相変わらず悪いままだ。
流石に昔のように怒鳴り散らすようなことは少なくなったが、小言ともとれるいらない一言をずけずけと放ってしまうようになった。ここ最近は特に増えたようだ。家内の者共が自分に対してだけ異様に緊張感を持って当たっているのが嫌という程わかる。そうすると余計に苛立つのだ。
そんな自分にうんざりする自分もいれば、何一つ間違ったことは言っていないと鼻を鳴らす自分もいる。本当はどちらも正しくどちらも間違っているのだ。どちらが正しいなどということはない。
正しさ、と口だけを動かしそんな自分を嘲笑う。そういえばこの手紙の筆の主こそ、正しさの塊のような人間だった。
友人でありながら、同時に与一郎はその正しさに目がつぶれるような思いを何度もした。そして同時に思っていた。正しさだけでは人間は生きていけない。喩え生きられたところで、その正しさはその身どころか周りの人間の身をも冒す猛毒だ。
そんな致死量の毒を飼い慣らし億尾にも弱みを出さない彼を、羨ましいと思わなかったと言えば嘘になる。

…使者の口ぶりからして、もうあと数日で発ってしまうらしい。
会う必要はなかった。会っても彼が南方に追放される事実は変わらない。意味がないことだ。家のためでもある。むざむざ追放される人間に会ったことで、その身に隙を作りたくはなかった。
与一郎としては、どこか与一郎の知らぬ場所で、勝手に戦死したものと割り切るつもりだった。

しかしこれはなんだ。
思わせぶりな文面とともに右近が与一郎に託した一幅の掛物は、かつてよりよく知っているものであった。
…純白の羽に身を包んだ二羽の鶴が、いたいけなその翼を広げている…
いまにも動き出しそうで、初めて見た時に少なからず背筋が震えたのをよく憶えている。その時なんと感想を漏らしたかすら、よく覚えている。
「確かに良い絵だが、まるで非の打ち所がなさすぎて面白くない」
間違いなくそう言った。まだ若く、何ものも斜に構えて見ていた。こんな絵を隠し持っていた持ち主に少なからず嫉妬していたというのもあった。
そう、そのときのこの鶴どもの主は右近ではなかった。この絵の元の持ち主が、今際の際に右近に送ったということは話だけ聞いている。それ以降、見ることはなかった。
神経質すぎる右近のことだ。細心の注意を払って大事にしていたのだろう。最後に見たときと同じまま、大きな傷みもなかった。
これだけ大事にしていたのならば、いっそ南方に連れて行ってやればよかっただろう。
それが、そもそもこの掛物を右近に贈ったあの忠三郎の一番の望みであっただろうに。

そういう人間なのだ。右近は。
穏やかに微笑みながら、自分の祈りのため常に前を向いている。
後ろにいる人間の気持ちをわかっているように話していたが、実際はどうだったかわかったものではない。
少なくとも、忠三郎がその身に寄せていた想いのその奥にあるものを見ようとしなかった。そのくせこの手紙である。この言葉こそ右近が忠三郎にかけてやるべき言葉ではなかったのか。
考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。真意が見えそうで見えないし、もう見たくもない。
もしかしたら右近はもっと素直にこの絵を贈ってきたのかもしれないではないか。彼に関して言えばそれもありえない話ではないだけに、余計に腹立たしい。

本当ならば今すぐ早馬で小倉を飛び出して、長崎でその時を待ち続ける聖者気取りのその色白い頬を張ってしまいたかった。
お前の六十年なんぞ知ったことか、その祈りは逃げの祈りだ、と罵りたかった。
あと二十年も若ければ、間違いなくやっていただろう。あまりにも幼く、あまりにも身勝手で、そしてあまりにも率直な衝動。
その衝動でどれだけ周りや自分を傷つけてしまったかを今更知っても遅すぎるが、間違っているとは思えなかった。そうでもしないと、彼の中の抑えがたい若さを宥めることはできなかったのだ。
年を取り、流石に自制を覚えたと自分では思っているが、今回ばかりは危ないところであった。

与一郎は思い出す。
彼らの教えには生まれ変わりという概念がないらしい。
善い行いをして死んだ者の魂は、空の上にあるぱらいそというところで暮らすそうだ。解脱がすでに約束されているということなのだろうか。その話を初めて聞いた時、与一郎はどこか合点がいった。彼らが矢鱈と生き急ぐのは、目の前に終着があるからなのだろう。
そして彼は天の国に片足をかけて、それでも何の因果か地上に戻ってきたのだ。そんな人間が、与一郎ら並の人間の思うことなどわかるわけがないのだ。
そうして思い出すのは右近の生白い肌と、不自然に引き攣れた首筋と背中の傷だった。のいばらが巻き付いた様な天の国の証は、年を取って皺を作っても隠すことができず、彼の苦しみを代弁していた。信仰の道を今更否定はしないが、そこには確かに苦しみが存在していた。
六十年の苦しみ。彼はそう書いていた。結局のところ、右近の辿った路筋は、正義の毒に塗れた苦しみの道だったのだろうか。
そしてその道は誰にも救うことができなかったのだろうか。たとえそこにいたのが忠三郎であっても、自分であっても。

与一郎はいま一度大きく溜息を吐き、忌々しい汗を拭った。

与一郎は、知らない。
すべてではないが、それに近い何かを。

残暑が心地よい。
右近は時間さえあれば外に出て掃除をしたり、何をするでなく庭や空を眺めて日光浴をするのがここにたどり着いてからの日課になっていた。
体に障ると家の者からは心配されるが、この程度で倒れるようではこの年まで生きてはいられない。いや、本音を言ってしまえば、暑さで体に汗をかけば、自分の意思とは別に水浴びする理由ができるということが大きかった。

季節を問わず何度も体を清めたがる悪癖は、六十を過ぎたこの歳になっても結局のところ治ることはなかった。
夏はまだしも、寒さの沁み入る冬でもそうなのだから自分でもその理不尽さに笑ってしまう。もう一生治るものではないのだろう。そもそも治そうと思うことすら正しくないものなのではないだろうか。
もう皆知っていることだから何も言われないが、なにより自分自身を黙らせるために、右近はよくこうして日光浴をしていた。理不尽なのは自分がよく知っている。
そうでなくても最期の思い出として思い切り外にいようと思っていた。日本という国を自分になじませるように。忘れないために。忘れられないために。

「殿」
側仕えの若い青年が頭を垂れ声をかける。
加賀で生まれた彼は、右近が国一つの主であった頃を知らない年あいだ。もしもあの時、万が一でもないだろうが…教えを棄てていたら、彼にだってもっと違う未来があっただろうか。優秀な彼のことだ。きっとさらに働いただろうに。神は、こうやって試練を与えるのだろうか。こうやって罰を与えるのだろうか。
それでも、彼の罪を右近は知らない。
「もうそろそろ屋内に戻るつもりですよ」
先手を打ったと思って微笑むと、青年はハタと驚いた顔を一瞬だけ見せたが、すぐに元の彼に戻り、てきぱきとこれからの予定を連絡をしてきた。
肩透かしというより、彼の勤勉さに驚いたが言わないでおいた。それが神から与えられた彼の特性なのだろう。
彼によると、出立は十日後になるということ。そこから先はだいたい二月ほどかかるだろうということを彼は事務的に伝えてきた。
既に長崎で四月近く待った。漸くという気持ちと、とうとうこの時が、という気持ちが同時にやってくる。
右近はそれをできるだけ表情に出さないようつとめて冷静に振る舞った。ここまで来てもう引き返すことなどできない。喩えいま赦されると言われても、躊躇わず国を出るだろう。それが最後に課せられた右近への試練であり、救いなのだと信じざるを得なかったからだ。
ここまで右近の背中を押した衝動は、すべて神によるものだった。それならば、最後までその流れに身を任せるよりほかはない。
ただ、その前に、一言だけどうしても伝えたいことが、伝えたい人がいた。
「友人に手紙と…あの絵を送ろうと思うのですが、できますね?」
「勿論です。只今紙と筆をお持ちします」
特に何も言われなかったが、礼して踵を返す彼の背中から察するに、急がないと間に合わなさそうだ。
それにしても本当によく働く青年である。これからの二月がどんな旅路になるかはわからないが、厳しいものになることは間違いないだろう。到着した後の生活もある。話は聞いたが想像がつかなかった。それは彼も、また他の者たちも同じであろう。せめて未来ある彼だけでもこの国に留まり続ければ…いや、もう言うまい。それは彼の望むものではない。彼もまた敬虔な護り手だ。
少しの間をおいて、手紙を書くに十分な用意がなされた。既に頭の中に文面は出来上がっている。
偏屈者だが、洒落ていて数寄を理解している与一郎のことだ。この手紙を読んで怒りこそするだろうが、贈った絵をぞんざいに扱うことはないだろう。
きっと最後には苦笑いをして、大切にしてくれることだろう。勝手な別れを惜しんではくれないだろうが、それだけで十分だ。思想を超えてでも友人でいてくれた彼の優しさはあまり表に出ることはないが、確かに右近の心に沁みついている。本当ならばせめて最後に一回でも顔を合わせ直接言葉をかけたかったが、そこまで望むのは野暮だ。
いったいこれ以上何を望むだろう。

愈々書き上がろうとしていた頃に、手紙が来たと声をかけられた。
渡された手紙は女の字だった。手本のように美しい字からは、彼女の生まれと育ちの良さを感じざるを得ない。彼女に直接会ったことは数度もないが、隙のない聡明な姫君だったのをよく覚えている。今はきっと美しく年を重ねていることだろう。
手紙には、こちらが贈ったものの礼と長い旅路の無事を祈る文面が広がっていた。短いが、そこには労りと懐深い優しさを感じた。彼女の兄によく似ている。やはり兄妹は似るものだ。
思えば彼女の兄…忠三郎がこの世を去ってもう二十年も経とうとしていた。
年をとるのは一向に構わないが、この状況を彼が見たらなんと言うだろう。笑顔で送ってくれるだろうか。それとも何も言わずに、どこか寂しそうな顔をして見送ってくれるのだろうか。それとも…その目に涙を浮かべ、一心に引き留めてくれるだろうか。一緒に連れて行ってほしい、とでも言ってくれただろうか。
周りの目を気にしながらも、右近の身をずっと案じていた忠三郎の声がどんなものだったのか、右近はもう思い出せない。人は声から忘れられると、どこかで聞いた記憶があるが、どうやらそれは正しかったらしい。
大切な友人、若くして逝った大切な盟友。あの年で天の国にいったことは幸せだったのであろうか。
本人はどうあれ、今の状況を見ていると、右近は彼が誰よりも幸せだったように思えた。
このまま果てれば、向こうで忠三郎と会えるのだろうか。
それが明日なのか、ひと月後なのか、一年後なのか、はたまたはさらに先の話なのかは誰にもわからない。

かつて忠三郎が贈ってくれた絵を、いま右近は眺めている。
残念だが右近には忠三郎をかの地に連れて行くことはできない。彼の心は彼の一番の友人であった与一郎と、親しみ深い妹君に託そう。それが彼の幸せなのだ。それが彼らの幸せなのだ。
筆を置き絵と向き合う。彼の魂は既に天の国にいるのだとわかっていても、すぐそこにいるような気がして、その申し訳なさに目を臥せた。
もしも今眼前に忠三郎がいたとして、右近は彼に何が言えるだろう。
…何も言えないに決まっているのだ。彼の好意を、右近は知りながら無下にした。今更何を言おう。愛していた、とでも言えばいいのか。それは彼の為になるのだろうか。右近の好意を、彼は今更どう思うのだろうか。

書き上げた手紙をもう一度眺める。与一郎はきっと知っていたに違いない。何もかもを察していたに違いない。悔しくも誇らしくも、彼は頭がいい。年を取って角も取れてかつてのように荒れることもなくなったという。そんな彼に苦しみという言葉はできれば使いたくなかったが、彼ならばその真意を読み取ってくれるだろうと思った。

手紙を持ち立ち上がる。これを渡してしまえばすべてが終わる。
終わらせよう。これですべてだ。

亡くなったのですか。あの方が。そうですか…病気で…。
いえ、私はあの人と直接にあったことなんてタッタの二回程度なもので、実を言うと兄から話を聞いていただけなものですから、なんだか実感も湧きませんわ。ちょうど兄とあの方が出会われた頃、私も婚礼が決まっていて…まあ、婚礼と言っても、沢山いた人質の一人でしかなくって。
いえいえ、笑って頂いて良いのですよ。なんだかんだと言って、人よりも多少は贅沢な暮らしができたのは間違いないのですから、それがあの猿の妾として叶ったというだけの話ですわ。

アラアラ、話が逸れましたね。そうです、奥向きのお勤めで私も忙しくて、なかなか兄と会う機会がとれなくって……でもああいう場所にいたものですから、人の噂なんて矢鱈耳に入ってくるわけです。ですから、兄から直接話を聞く頃には、彼のむこうでの名前さえ知っていたくらいですのよ。からかって呼んだら、そりゃあモウ吃驚されたものです。
私ですか?いえ、特別改宗するように言われたことはありませんわ。多分私の立場が立場だから、表向いてはできなかったんでしょうね。一回だけ話が出ましたが、こちらに伴天連衆を呼ぶのも難しかったようですから。

あの方に初めてお目見えした時の話ですか?そんなに面白い話でもありませんのよ。
その頃はもう兄はあの方とどこに行くのも一緒といった具合で、話には聞いていましたが本当にまるで乳離れできてない仔犬か仔猫のようでしたわ。そんなものだから、当たり前のように私の目の前にあの方をお連れして…笑ってしまいますわね。妹風情に、しかもあの頃の私のようなところに、殿方を平気でお連れするなんて。そういう方だったんですよ、兄は。
あの方も不思議な方でした。そういうところに這入っていっても、誰も何も思わないんですのよ。それこそ…ホラ、あの、兄と仲の良かった長岡のご正室様も、あの方と二人きりでも誰も何も言わなかったでしょう?なんというかそういう、不可思議な雰囲気をお持ちの方でした。
私ももし二人きりだったらわからなかったでしょうね。あの頃はまだ若かったですし、あの方は容貌も人並み外れていましたから。
でも、私と向き合って、あの方の隣に自然と寄り添った兄を見て、私それどころじゃあなくって。兄の様子が尋常ではないことに気がついてしまったのですね。あれは……まさに、恋としか言いようがありませんわ。
そうしたら私ったら、どうしても義姉様の顔が浮かんでしまって…情けなさもありましたけれど、なんといいますか、トテモじゃあありませんけれども、居心地なんかよくなくって…少し厳しく言ってしまいましたわ。
それっきり。それっきり兄は私に改宗の話をしなくなりました。
私は只、兄に目を覚まして欲しかったのですが、そればかりは駄目だったようですね。その直後でしたわ…例の、あの方がお城も何もかもを投げ出してしまったのは。

それから暫く何も音沙汰がなくて、私、漸く兄が諦めたとばかり思っていたんですが…世相もそうでしたわね、教えを守るどころじゃあなかったわけですから。
久しぶりにやってきた兄は何処か窶れていましたわ。いま思えばあの頃から、五臓を病んでいらしたのでしょうね。
太閤殿下が私に会うように勧めた?兄に?アラ、そうだったの。総てお見透しだったのかしらね。なにせ人の心を読み取ることに関しては、それこそ人並み外れていましたから。
そうして…そう、兄が相談したいと。この私に。
正直な話、兄の目を見た瞬間わかりましたの。兄は何一つ諦めてなんかいなかったって。
兄はあの方をどうにか引き取って、近江に連れて行きたいと私に告げました。屹度私以外にも相談したんでしょうね、そうに違いないわ。それでも私は、私以外の他の人と同じような返事をしましたのよ。
家のために嫁いだ私が言わなくっちゃ、兄も聞かないと思いました。兄もそういうところを気にして態々相談なんて銘打って伺いを立てて来たんでしょう。
今になって思えば、あのとき私が色良い返事をしていれば、兄はあんなに苦しまず、あんなに早くに彼方に逝かずに済んだのではないか、とも……いえ、済んだ話を彼是言うほど虚しいものはありませんわ。どうかどうかお気になさらないで、私が代わってあげられたら一番良かったのでしょうけれど、そういうわけにはいきませんもの。こんな婆になるまで生き残った私にも非はありますわ。

ああ…そうね、あの方と二度目に会ったときの話もしましょうか。それこそ、兄が向こうにいかれた時ですわ。伏見の屋敷に戻るのを許されて、ろくすっぽ準備もしないで飛び出したのが朝方で…十里程度ありますから、屋敷に着いたのは夕刻過ぎでしたわ。夕焼けが矢鱈に綺麗な日だったのでよく覚えています。殿方なら馬で駆ければもっと早く着いたのでしょうけれど…。
そうこうして屋敷に戻ったら、義姉様よりも先にあの方が出てきたのです。吃驚して声も出ませんでしたわ…あの方は当時、前田様の処に匿われていたはずですし…どんなに身分を落としても、こうしてアチコチ行けるのが殿方の強みだと痛感いたしました。次に生まれることがもしあるならば、何があっても男に生まれたい、と思いましたからね。…そんな顔なさらないで、例え男に生まれたところで、また違う何かになりたいと思うのが人間の浅はかさでしょう?そうだったら、夢を見るのは人間の努めのようなものですわ。
兄は…もうその頃は呼びかけにも満足に応えられないようでした。部屋は南蛮のよくわからない杯や何かで飾られていて…あのお方が贈っていたものだったんですね。
祈る姿を見たか、ですか?どうしてそのようなことを……ええ、見ましたよ。
まりあ様でしょう?あの像をこう、壇の一番高いところに十字と一緒に置いて、跪いていましたわ。
ええ、ええ…美しい、と思いましたわ。どうして兄があの方に焦がれていたのかそれまではよくわからなかったのですが、あのときヤット理解したくらいで。いえ、理解させられたという方がいいかもしれませんわね。
私、でも、あれ以来あの方には感謝していますのよ。兄も最期には、笑って向こうに旅立てたのですから。義姉上や私達を励まして、最期まであの方が傍にいらしたお蔭だと思っていますの。そうでなくて?

…あの鶴の絵ですか。アラ、有難うございます。ふふ、兄の形見ですの。あの方がこの国を出ていく前に、わざわざ使者を立てて贈ってくだすったのよ…。
そうですね、あの方の形見にもなるのですね。それを私のような婆が持ってるのも、変な話ですわ。
……この絵、対になっている?そうなのですか?あら…存じ上げませんでしたわ。
ではそのもう一つはどなたが………そう………。
ヤッパリ、この絵は私が持つべきではなかったのかもしれませんわね。殿方の想いというのは女にはわからないものです。もしこの婆に次があるのなら、今度は男に生まれてみたいものですわね。