「帰ると言っていただろう」
「そうだったかな」
音声通話の相手は苛立っているようだった。
愛しい人は帰りが不定期で、ギルバートもなにかと忙しいからと特に互いに必要以上に連絡はしないのだが、どこかで情報を取りこぼしていたようだ。
「君が私を寂しがらせるから、発言原稿と研究論文を書くのに夢中になってしまったんだ」
「言い訳にすらなってない」
そう吐き捨てる彼……ラウの今の表情はいかほどだろう。これでも我ながら穏やかな関係を築けているような気はしている。
「薬が足りない」
「それなら心配しないでくれたまえ。ある程度ストックはしているし、新薬も試したい」
「……そうか」
ラウは珍しく、何かを言いたげに口ごもる。こちらのミスなのだからもっと罵倒でもしてくるかと思ったが、話している場所が場所なのかと伺っていると、小さくこう言ってきた。
「わかるだろう」
「さあ、私は残念ながら君の思考を読むことはできないみたいだが……そんなに私に会いたいのかな」
舌打ちが聞こえる。こういうところは、年下らしさが伺える。彼の軍人としての普段の振る舞いをそこまでは知らないが、少なくともこうした態度で他人を威圧するような真似はしていないだろう。素のままの、年齢相応の反応だ。実に可愛らしいと思う。会いたいと言っているようなものだ。
「とにかく明後日の昼になる」
それだけで切られてしまった。ギルバートはモニタを見てふと笑った。明後日。つまらない用事が2件入っていたが、前倒しにさせるよう差配して、愛しい明後日を待った。
軍務明けの兵士というものは大凡にして激しいものだ。日常的な緊張感から解放されてもまだ体が戦うそれになっているし、思考も好戦的なままであることが多い。長く戦地にいた兵士が帰国後にトラブルを起こすというのはそういうところに起因する。
と、いうことをギルバートはリビングの天井を見ながら考えていた。
あれから二日経ち、そんな慣れない野生動物のような恋しい男がやっと帰ってくる日になった。
ラウは決めていた時間より少し早くここにきた。まだ朝といっても差し支えのない時間だ。レイと入れ違いになってしまったな、などと考えながら迎えたのだ。
ラウは扉を開け、ギルバート以外誰もいないことを確認すると、リビングでギルバートに抱きつきそのままソファに押し倒したのだ。
ラウの荒い息が愛おしい。一方的すぎる食らいつくかのようなキスでこちらもだいぶ余裕がなくなっているが、それ以上にラウに余裕がない。滅多にないことだ。
「あ、あ……ラウ、待ってくれないか。ここだと……」
「……」
返事がない。ソファからずり落ち、絨毯敷の床の上に転がされてもなおラウに体を弄られているこの状態は、知らない人間から見ればギルバートが暴行されているようにしか見えないだろう。それくらい荒っぽい行為だった。
ギルバートのシャツの下を這うこの白い手は、きっと欲しいものがたくさんあるのだろう。押し殺すことだけを定められたこれまでの彼の人生において、ギルバートの肌は何かを与えることができるのだろうか。
「んっ」
愛撫もそこそこに、それどころか服を脱ぐということもせず、ラウは下着の中に手を差し入れてきた。いくらなんでも早急だ。ラウとこうするのを期待して準備はしているが……。
「ま、待っ……ン、あ」
「待てない」
床に押し付けられるように抱きしめられ、すりすりと下半身を押し付けられる。こんなことを普段のラウは絶対にしない。滾る欲望を誇示する真似はむしろ軽蔑すらするだろう。それだけ今の彼は余裕がないのだ。なんと愛おしいのか。しかしせめて、素肌で触れ合いたい。身を捩り吐息越しに囁く。
「服、脱がせ、て」
「……」
ラウは剥ぎ取るようにギルバートのシャツを手にかけ、そのまま放った。ボタンが飛んだのではないだろうか。何か跳ねるような音がした。
そのうちにスラックスを脱ごうとするがラウの手に阻まれる。まるで本当にレイプされているようだ……無理矢理脱がされ、顕になった肌をラウは確かめるように撫でる。
欲に滲ませた目は満足げだ。その目で見つめられ、指先で撫でられて、声を耐えることもできない。
「ア、あっ」
いつもはレイと和やかに語らうリビングでこんなことをしている。背徳感に溺れるほどもう若くもないと思っていたし、寝室以外で声を殺してセックスをする経験もあったにはあったが、こうしてラウと日常空間でことに及ぶのは初めてだ。腰ごと抱えられるように持ち上げられ、ローションをたっぷり塗られる。
「ひぁ、ラウ……」
「そんなに待ち遠しかったのか?」
それはこっちが言いたいセリフだったが、何もかも曝け出されたギルバートの後ろが期待にひくつくのを自分でも感じてしまい、息を漏らすばかりだった。
ラウの雄がギルバートに這入ってくる。ローションのぬるつきで、ぐちゅんと一気に収まってしまう。
「ア、ぁッ…く……ラウ、ら、う」
異物感と少しの痛みは、すぐに充足感となりギルバートを快楽の荒波に放り投げてしまう。
ずちゅ、ずちゅと卑猥な音と共にラウの鼠径と自らの臀部がぶつかり合うのが、中を広げられるのがたまらない。まるでラウに押し出されるように、唇からは声がとめどなく漏れる。
「あ、あっあ、んっ、う」
「ギル……ん」
覆い被さり唇を貪られ、何もかも奪い尽くされる感覚にくらくらする。窓の向こうはまだ明るく、こんな時間からこんな場所で荒々しく抱かれているという事実を静かに教えていた。
絶頂が近いのを感じ、もぞもぞと身を捩るがラウは逃してくれない。
「ラウ、らっ……あ、ア、んッ」
やっと唇を解放したラウがギルバートの体をひっくり返し床に伏せさせる。そのまま腰ごと引っ張り上げられ後ろに突き立てるように押し込まれた。
「ギル、善いか」
ふうふうと息を漏らしつつラウがそう口にする。やっていることのわりに声音は優しいのは、せめてもの気遣いなのだろうか。奥をぐりぐりと潰すようなラウそのものの存在と、期待して思わず締めてしまう己の感覚がはっきりとわかる。いつも後ろからするたびに、その羞恥に蕩されるのだ。
「あっあぁ、やっこれっ、ひっ」
打ち据えるように叩きつけられる。その動きにギルバートの思惑は存在せず、すべてラウに委ね支配されるような悦びがあった。激しい交わりに耐えられず上体だけ伏せ、まさに屈服と言っていい状態で何度も何度も突かれた。
快楽に逃げがちな腰を引き寄せられる。
ラウ相手でなければこんなことは許さない。ラウだから、安心して全て預けることができる……が、いくらなんでも少し激しすぎる。
「やっあ、ぁっいく、イ、くっ」
かき混ぜられる感覚にぞわぞわと全身が泡立ち、身をのけぞらせてギルバートは絶頂した。
汚した絨毯もそのままに、ラウはギルバートの脱力した体を起こす。まだ彼は達していない。まだ満足していないのだ。
「ラウ……」
呼吸を荒げるラウが愛おしくてキスを強請るが、そのまま引きずられるようにベッドルームに連れ込まれる。
ベッドに二人して倒れ込むと、ラウは再びギルバートの脚を掴み開かせた。絶頂したばかりの体はラウをすんなり受け入れる。今度こそはと唇を重ね、抱き合いながら交わった。
ラウの体に跨り、宥めるように腰も振った。善いポイントを探り、体を震わせながら。その間も身体中を撫でられる。
「ん、んんっ!や、あっ待っ……!」
ラウに腕を引かれ、体勢を崩したところで下からばちゅ、と突かれる。腿や尻が震えるのを止められず、ただ口を開け善がることしかできなかった。腰を掴まれ、ただ受け入れるだけにされてもそれはそれで気持ちが良かった。ラウがそこまで求めているのは、行為以上に充足感を呼んだのだ。
「ギル…ッ」
余裕のないはずんだ声音で名前を呼ばれ、何度も唇を重ねた。ここにいる。大丈夫……と抱きしめ、快楽を貪った。
「……ギル、好きだ、すきだ」
「ん、んっ…あっあ、わた、しも」
揺さぶられ、稚さすら伺える愛を交わし、二人は何度か果てた。
ラウはその後もギルバートを離さなかった。覆い被さったラウの荒い呼吸が落ち着くまで、背中に腕を回し、こちらもまた呼吸を整えていた。
この時間をあと何回迎えられるのだろう?
これが幸せだと言うのならば、あと何回幸せになれるだろう?ギルバートはそんなことを考えていた。
ギルバートに体を預けるラウが後ろ手に刃を持つのと同じように、ギルバートもまた弾丸を隠し持っている。どちらが暴露しても終わる生活だ。薄氷の上に成り立つささやかな穏やかさの中で、ギルバートは少しだけ眠った。