Fanatic Love

彼は、特別だった。
初めてその姿を見た時のことは忘れない。リカルドはその時まだ20歳そこそこで、ごく平凡な暮らしをしていた。コーディネイターだが特段優れた何かを持つわけでもなく、人並みに自分と他人を比べては落ち込み、とはいえ仕事に打ち込めるわけでもなく、といったよくある若者らしい若者であった。
初めて見たのは公開演説の様子だったと思う。何気なく見たその姿を見た瞬間、リカルドは今まで見てきた世界がどれだけ閉鎖的で色褪せたものだったかを思い知ったのだ。
鮮やかな色彩の美しさたるや!
彼の話は難解だったが、そんなことはどうでもよかった。リカルドの世界はその時確かに開けたのだった。そうしてあっという間に、この若き希望と目された有望株であるギルバートデュランダルの虜になっていった。
リカルドには妻と息子が二人いる。周りの人間が次々結婚をしていくのを見て焦って結婚をしたが、互いにそうした利害が一致しただけなので夫婦関係はいたって割り切ったものだった。
大体、リカルドは女にも男にもさして興味がなかった。
義務的な性交渉数回で妻が双子を妊娠してくれたので、それを良しとばかりに以降は互いに求めることもない。双子の子育ては大変で、どちらかを構えばもう片方が拗ねるので気を遣った。子ども相手にここまで気をつかうのかと思ったものだった。
そんな忙しいタイミングで、リカルドは新たな一面を手に入れたのだ。仕事から帰ると、育児の片手間にギルバートが話している映像や画像を見ては、ため息を漏らしてその姿かたちに見惚れていた。声も顔も細い体つきも、全て好みだった。子どもたちも、そんなリカルドの様子を不思議そうに見ていた。
彼をイメージしながら自慰をしたのはそれから大して間もなかったと思う。性欲がなかったわけではないから、初めてではなかったはずなのに、まるで覚えたてのようにリカルドは想像の中で彼の肌を、顔を、腹を、髪の毛を汚した。
キャリアを重ねたギルバートが議長に就任した際の挨拶は、何度見たかわからない。元々花のような可憐さと芯の強さのある語り口調だったのが、より一層強化され堂々としていた。細い体のどこにそんな力があるのかわからないと思うほど、彼は圧倒的な美しさでこちらの魂を握ってきたと言っていい。
彼が理路整然と話すその首から肩にかけてのラインや、理知的でありながらどこか悩ましい目鼻立ち。彼は理想だった。
家族には少し政治に興味を持ったと言い訳をして、外でもそんな話をしていた。うまく誤魔化していたと思う。実際にリカルドは彼の政治思想や政策については、上部しかわからない。重要なのはそこではないからだ。
ギルバートの支持者の中には実は一定そういう信奉者のような人間が集まるコミュニティもあった。そのうち、リカルドと似たような目的を持ったところは見た感じでは女性が多いコミュニティだったので、仕方なく素性を隠し仮想の世界で情報収集をしていた時期もある。これも愛のなせるわざというのだろうか。
彼の私生活は謎に満ちていた。それもまた好かった。彼の美しさを引き立てる立派な舞台装置のようだ。
そして、あの事件があった。リカルドも流石に自分が何かとんでもない間違いをしていたのではないかと、自らを疑ったのだ。しかしギルバートが犯した罪について、リカルドにはよく理解できなかったし、後日様々な報道で、自分が何を信奉していたのかの答え合わせが始まったが……リカルドは、その答えに興味が全く持てなかった。
ただ、あの美しい男を見ることがもう二度とないのだという虚しさだけが漂っていた。
ギルバートが生存しているという噂は、二度ほど聞いた。しかしどちらも雲を掴むような話で、しばらくは空虚な日々を送っていた。子どもたちの教育について妻から無責任だと詰られたり、仕事でもどうしようもないミスが続き、よくないことは立て続いた。
そんな時だった。たまたまリカルドがかつて参加していたインターネット上のコミュニティを覗いた時のことだった。昔とは違い、今はギルバートの主張を狂信的に肯定する層が細々と身を寄せ合っているようだった。そこに一つのURLが書き込まれていた。
吸い込まれるようにクリックした。
それが、ギルバート・デュランダルとの再会のきっかけだった。
辱めを受ける彼の様子は、リカルドが思い描いていた欲そのものだった。いや、それ以上だったかもしれない。
「や、だっ……あっ!あ、いや、やめて、アッ」
哀れにも犯される彼の苦悶の表情。赤らんだ首筋。それはリカルドの本当の答え合わせだった。
美しい体が男たちの性欲の捌け口にされている。精液と汗が伝う白い内腿は恥じらうことすら許されず晒され、その後ろは何度も男たちの肉棒をねじ込まれていた。
ギルバートは生きている。生きて、陵辱されている。
リカルドは気がつくと、ずっとそんなフェイクともリアルともつかないポルノを見漁っていた。
そして、見つけたのだ。彼が今いる『店』を。

家族には友人と会うからと嘘をついた。友人どころか向こうはこちらの顔すら知らない。しかし会えるということがわかった今、なりふりなど構ってはいられなかった。
リカルドは雑居ビルひしめくコロニーを訪れた。チラチラと下品なネオンが昼間でも煌めいている。酒場の上は売春宿のようで、そこかしこに人の気配はするが、リカルドの前に姿を現すことはない。
酒の臭いが充満する裏通りではチラリとこちらを見た女がいたが、リカルドの様子を見て再び目線を他所にやった。おそらく客待ちの売春婦なのだろう。
それまでの人生で、こう言った場所に来たことはなかったが……なんとか一人で『店』まで辿り着けた。
やたら愛想のいい緑色のメッシュを入れた細身の青年が受付にいたので、名前を告げる。彼はすぐに通します、と立ち上がり手持ちのベルを鳴らした。しばらくすると端末にピッと音が鳴る。
「じゃあ2時間で。当店はキャストの暴力、特に傷が残るものについては罰金や出入り禁止など厳然な対応を取りますのでよろしくお願いします。では楽しんで」
暴力など、と思ったが、動画では彼を罪人となじり暴力を振るう者もいた。勿体無いと素直に思ったのを思い出す。
しかしどうしたことか全く実感が湧かない。あの、ギルバートが扉の向こうにいる?
呼吸を一度整えてから、ドアをゆっくりと開ける。
ベッドに座っていたのは、夢にまで見たあの美しい男だった。
「あ……」
「あの……」
ドアの前で固まるリカルドに訝ったのか、バスローブ姿のギルバートはこちらを伺う。どうしたものだろうか、緊張して何をどうすればいいかわからない。
恐る恐るベッドに近づくと、ギルバートもぎこちなくこちらに寄る。リカルドの方が10cmほど身長が高いことは知っていたが、何故かもう少し体格差があるように見える。
「あの……触っても、良いですか?」
こくりと頷くその肩に触れる。本物だ。夢にまで見た、ギルバートの体だ。
ギルバートは背伸びをして……こちらに抱きつく。柔らかくて、くらくらするような匂いがする豊かな黒髪が鼻先をくすぐる。
「よ、よろしく……ひゃ!?」
思わず……これは誓って自分の意思ではないと言いたいところなのだが、リカルドは彼の体を掬い上げるように抱き上げてしまった。
「なんて美しいんだ……会えて嬉しいです。リカルドと言います。よろしく」
「は、はい……」
想定より軽いギルバートの体重を楽しみ、ベッドに横たわらせる。あのポルノでの様子とだいぶ違うようだ。こちらを伺っては、少し恥じらうかのような態度を見せる。それもまた可愛らしい。いままで見た中でも新鮮な彼の表情だ。
「リカルド……」
彼が自分の名を呼ぶのが嬉しくて、服も乱れたまま、抱きしめてしまった。
「あの、服を……あっ、ま、まって」
はっとして体を離す。ギルバートは顔を真っ赤にして震えている。きっと怖かったのだろう。そうだ、いつも自分は背が高いから人を怯えさせないよう努めていたではないか。
リカルドは一瞬、ふうと息をついた。しまった。思った以上に舞い上がってしまった。何せこういう店自体初めてなのだ。大体のことは大丈夫らしいが……。
一度服を脱ぎ、シャワーを浴びようと思った。そう告げると、ギルバートはフロントに繋ぐ。バスルームのロックを外すのに一度あの青年に繋がなければならないらしい。彼のどこかおどけたような声がスピーカー越しに響く。
「あー、お風呂お使いになる?じゃあこれおすすめなんですけど、4時間まで延長無料になるパックの方が安いと思うんですけど、どうしますー?」
「えっ……いいんですか?」
「ギルちゃんもいいよね?」
「……はい」
ギルバートは、俯いてそう言う。予約がどうやら空いてるとかで、きっとそうやってでも埋めておきたいのだろう。結局流されるまま料金が増えた気もするが、これでゆっくりギルバートと楽しめることになってしまった。少なくとも舞い上がって挙動不審な状態で時間が終わると言うこともなさそうだ。
通信を切ると、ガチャリと音がした。バスルームが開錠したそうだ。
「あの……も、もしよかったら……一緒に……」
こちらは金を払っているのだからそんな気を使うことはないのだが、やはり緊張してしまう。彼の今までを知っているからだ。だから所作の全てがぎくしゃくしてしまう。
浴槽に湯を溜め、シャワーを出すとギルバートがぱさりとバスローブを脱いだ。艶やかな黒い髪が縁取る白い肌は、艶かしかった。何かを諦めたような、寂しそうな表情でこちらに振り返る。
「あ……っすんません、いま脱ぎます」
自分の服を慌てて剥ぎ取る。シャツのボタンが引っかかってうまくいかない。落ち着け落ち着けと思っていると、白い指がそっと視界に現れた。
「え……」
「……どうぞ。服は、その……ここに」
言葉少ない今の様子は、過去とは本当に見違えるようで痛々しさすら覚える。そんな表情をしないでほしい。しかし、そうか、そうだ。リカルドが買ったのだから、仕方ない。
シャワーを浴び、ギルバートにも渡す。すると意図が伝わらなかったようで、こちらの背を洗うようにかけ、石鹸をつけた。
「わっ」
「あ、すみません……」
「いえいえ、僕なんかはもう……その、触っていいですか」
こくんと頷くギルバートに触れる。胸元が……ポルノでは、激しく責められていたが……今は慎ましく少し赤みを帯びているだけだ。壁に背中があたっては冷たいだろうから、軽く片手で体を抱き寄せるようにして、胸の飾りを触る。
「んっ……あ、あっ」
ひく、と体が跳ねる。あの声だ。何度も聴いては惚れ惚れとしたあのきれいな声。喋る時よりも少しだけ高くて、甘い声。まだそこまで湯のたまらない浴槽に誘って、広々した中に入った。
後ろから抱くようにギルバートを座らせる。先ほども思ったが、軽い。少しずつたまる湯の浮力で余計に重さは消えていくのだ。
胸への愛撫を続行する。指の腹で優しくトントンと小さな乳輪を撫でる。
「ひゃ、あっ」
背を反らしてギルバートが声を漏らす。露わな首筋にキスをすると、やはり狂おしいほどに甘い匂いがする。やらわかでふわりとした黒髪が湿気を帯びてはりつく。
ふうふうと息を漏らす彼の乳首が、ふくりと立ち上がってきたのを見てリカルドは興奮を抑えきれなかった。優しく摘み指先で転がすと、ひときわ大きな声をあげ体を震わせる。
「アッ!ん、う」
「わ、嫌でしたか!?」
「ちが、あ、ぁっ……や、やめ、ないで……っ」
そう言ってギルバートはこちらに体を委ねた。暖かな湯が胸元まで達している。溢れるのをそのままに、リカルドは彼の言葉に捉えられていた。
なんて人を狂わせる声なのだろうか!そうだ、この声もこの心を掻き乱してやまない。姿かたちはさることながら、この声が甘く蕩ければ蕩けるほど、リカルドはおかしくなってしまうのだ。
彼の強請るままに胸を触った。しつこいほどに乳首を捏ね、指の先で舐めるように刺激を与える。その度にギルバートは体を震わせ、色気のある掠れた嬌声をあげた。
「あ、あっそこっ……ひ、あ、ぐっ…!」
「え、い、いった?え?胸だけで……?」
はあはあと息を漏らし、リカルドに無防備に体を預ける愛らしい体は、寄り添うようにこちらに首を傾げる。彼が犯されているポルノではこんなものではないほどの責苦を与えられていた。しかし実のところ彼はリカルドの指先ですらこれほど乱れてしまうのだ。おとなの秘密を暴いた子どものように浮かれてしまった。
ギルバートの息が落ち着くのを待ってシャワーを軽く浴び、濡れたままベッドに傾れ込んだ。ぎゅ、とリカルドの背に腕を絡めるその仕草にいじらしさを感じて何度もキスをした。
「ン……っあ、ぁ」
もうテクニックも何もなかったと思う。ギルバートの反応を見てよがるところを何度も愛撫した。胸元や内腿、背中が特に弱いようでしつこく触った。滑らかな白い肌に唇を寄せ、いままさにあの憧れていた彼をほしいままにしているのだという恍惚に溺れていた。
「あ、アッ……!い、イ、くッ!や、あぁ」
また、びくんと背を反らしギルバートは絶頂する。ぷし、と潮を噴き何度も何度もリカルドの指先が与える刺激に溺れていた。射精以外の絶頂をしたことがないリカルドにはよくわからない。でも彼の上擦った嬌声や乱れる様は、ずっとこの目で生で見たかったものそのものだったのだ。夢だろうか。ふうふうと息を吐きながら、ギルバートが潤んだ眼差しでこちらをじっと見ている。
「りか、るど……」
もぞ、と腰を揺らす。ずっと触ってばかりでリカルドはギルバートがこちらに触れるのをやんわり阻止していた。触られたくないわけではない。むしろ触られたい気持ちはあった。しかしなんだか、こちらに能動的に触ってしまうことでギルバートが汚れてしまうような気さえしてしまったのだ。ポルノでは一方的に男たちにのしかかられ、愛撫といえば責苦のようなものだった。そんなものでなくリカルドはギルバートが感じている様が見たかったと言うのもあった。
リカルドの長身にすっぽり包まれたギルバートが、手を伸ばしリカルドの雄に触れる。撫でるように触っていたのが、雁首に指を絡めゆっくり扱き始める。ああ、あの、あの美しい男が、高潔さとどこか物憂げさを持ち合わせた男が、リカルドを慰めるように必死に指を動かしている。
「だ、大丈夫……です……あ、あの、出そうで……」
情けなさすぎる話だが、言わざるを得ない。ギルバートははっとした顔をすると、またリカルドの顔をじっと見た。彼にこんな癖があっただろうか?様々な媒体で彼の姿を見ていたはずだが、こんなどこか幼さの香りまでする無垢の表情でこちらを見つめるようなことはしていなかったと思う。
そうでなくてもリカルドは早漏気味で少しコンプレックスでもある。見つめられるのは嬉しいが照れくさい。
「ふ……」
綻ぶような、そんな吐息でギルバートは笑ったようだった。そして彼は自らの脚を広げた。強請るように……。
扇情的な光景に、リカルドは眩暈を覚えた。現実はあまりにも刺激的で、リカルドにとって都合が良すぎる。
ずっと、ずっとギルバートを汚す妄想をして自らを慰めていた。彼の体に、顔に、何度自らの思いの丈をぶちまけたいと思ったか!
リカルドは、自らの呼吸が想像以上に荒くなっていることにやっと気が付きながら、ギルバートの内腿から尻を撫でた。前を少し撫でたが、ギルバートが一瞬顔を顰めふるっと首を横に張るそぶりをしたのでそれ以上触るのはやめた。そのまま下に指を運び、後ろに差し入れる。
「あ、ンっ」
思った以上に弾力があり、ぎゅっとリカルドの指を締めてくる。まるでリカルドのことが好きでたまらないというような仕草でギルバートは甘く啼き、体をよじる。掠れた声がリカルドの名前を呼ぶたびに、自分でも初めての経験だと思うほど自らの雄が興奮して膨張するのを感じた。
「い、入れていいですか……」
こんな店に来ておいて何だが、いちいち聞いてしまうのだ。ギルバートはきょとんとした顔でまたリカルドを見る。互いの吐息が響きおかしくなりそうだ。
「リカルド……ほし、い」
ギルバートはリカルドの手にそっと触れて絡ませる。たったそれだけかもしれないがこれ以上ない喜びだった。ギルバートの指先がリカルドの恋人のように繋がれている。誘われるままに彼の中に自らの欲望を押し込んでしまった。
「ッア、ア……ん、んっ!あっ」
思ったよりも押し戻される。きついと言うべきか、ぎゅっとリカルドに絡みつく感覚でどうにかなりそうだったが、無防備にのけぞり首筋を晒すギルバートがあまりにも痛々しい。何度も見た動画ではすんなりと……というか、ほぼなす術もなくと言った具合で捩じ込まれていたが、到底そんなこともできないと思うほどだ。前戯が甘すぎたのだろうか?
確かにリカルドのそれは、大きい、らしい。あまりこういうものを比べることはないからわからないというか、自分の視点からだとわからないのだが、どうやらそうらしいことは知っている。ギルバートが喉を震わせはくはくと唇を動かしているのは、リカルドのわずかばかりの嗜虐心を大変そそるものだったが、その目尻から涙が溢れているのを見て、思わず腰を引いてしまった。
「あ、や、やだっ抜、いちゃ…っ」
腰に脚を絡められる。咄嗟のことなのかもしれないが、あまりにも淫らな動きにそれだけで達しそうだった。あまりにも情けないので出なくて良かったと安堵したほどだった。
「あなたが辛いと思うことをしたくないです」
そう言うので精一杯なリカルドの頰を、ギルバートがそっと両手で包む。ぽろぽろと涙を流し、彼はまるで許しを乞うように何度もリカルドにキスをした。
「いい。して、リカルド……」
言わされているのだということはわかっている。今や彼は地位も名誉も、魂すら奪われた存在だ。あるのは体だけで、彼が彼たる言葉を口にすることも、表情をすることさえ許されない。しかしここに身を窶していてさえ、彼は美しいではないか。彼の意図を知ることはけしてない。しかしその美しさはわかっている。その芳しい輝きを愛でるという行為を、今はしたいのだ。
リカルドはギルバートの腰からするりと太腿に手を添え、何度か合図するようにぽんぽんと撫でた。ギルバートは眉を下げ、首を横に振りながらも絡みつく脚を緩める。
「あ、やぁっ!あ、あっ」
とは言えここで終わるつもりもない。浅いところで互いに快楽を得ればいい。頰を染め喘ぐ彼の胸を撫で、ぷくりと膨らむ乳首を愛しながらギルバートの中を探る。
やはり胸元は弱いようで、乳首に刺激を与えるたびに吸い付くようにギルバートの中が締まり、次第に彼の表情も熱に浮かされたような、とろんと蕩けたようなものになる。温められて蕩けたチョコレートのようだ。
乳首をくりくりと撫でながら、染まった頬にキスをする。ああ……汗ばむ体から、やはりむせかえるほどに甘い香りが、男を誘う物悲しさすら覚える香りが立ち込める。
「リカル、ド……もっと、あっ」
甘える声は吐息に彩られ、気がつけば先ほどまでは狭くて仕方がなかったギルバートの奥にも届くほどだった。
リカルドが気がついたのだ。もう少しで全部入る。先ほどは苦しがっていたが、これだけ入るのであれば……。
「……ギルバート」
名前を呼ぶのは、照れ臭かった。面と向かって彼の名を口にするなんて考えられなかったから、でもその声にギルバートが応えるように中がきゅ、と締まる。まるで呑み込まれるようだ。逆らえないほどの快楽がリカルドの脳髄を溶かす。だから踏み入れてしまった。彼の届きある中でのいちばん奥に。
「あぁっ!ヒッ……あ、ァ!」
悶えるようにギルバートが体をよじり、腹を震わせる。
あ、あ、踏み込んでしまった。もう戻れないと直観的に感じた。彼の奥を知ってしまった。掠れた悲鳴にも似た喘ぎ声の中、リカルドの中で何かが決壊したのを確かに感じた。
いよいよ彼に優しくしたい欲はもっと強い欲に取って代わられ、リカルドはギルバートを犯すだけのけだものになったと思う。美しいからだを余すことなくむしゃぶりつくし、澱みを含んだ嗚咽にすら食らいついた。妄想していたよりもずっと、ずっと、ずっとギルバートの体はリカルドに甘い刺激を与え続ける。何度も押しつぶすように腰を叩きつけ、無我夢中にギルバートの痩せた胸を吸った。彼が持ちうる愛を全てこの手に収めたかった。
「あッ!あ、イ、イく……っ!り、リカルド……ア、アッ」
ギルバートが何度目かもわからない絶頂を迎えると同時に、リカルドも己が精をぶちまけた。
薄い体を抱きしめ、荒い呼吸を繰り返す。吐精とともに体が急に冷えるようだ。汗の冷たさを少しずつ感じる。ギルバートもまたリカルドを抱きしめていた。
「……ごめんなさい。無理をさせてしまいました」
少しずつ、取り返しのつかない罪悪感がじわじわとリカルドの影に寄るような気分がした。夢にまで見たギルバートとの情交は結局リカルドの空回りばかりで、なんだかよくわからない。幸せなはずなのに、なんだか違う気もする。彼のことを実のところ全く分かっていなかったのだと思い知らされたのだろう。映像や写真で見るだけでは、彼の熱ひとつわからない。
ギルバートの濡れた髪の毛を撫でつける。きれいな髪だ。しかしギルバートはむずがるように首を横に振り、抱きつく。本来ならば、リカルドは客なのだからこうした態度に腹を立てることもできたはずだ。しかしやはりできない。それほどリカルドはギルバートに惚れ込んでいるのだ。その体を知ることで改めてその意思を強くしたといっていい。美しく妖艶なかんばせと、淫靡なからだは、過去のギルバートを知る人間として幻滅するどころかさらに魅力を増したのだ。このような身分だとしても。
リカルドは、間違いなくそういった思想に酔っていた。だからリカルドの体を抱き寄せたギルバートが、何を思って何を見ていたか、その目は何に潤んでいたかを知らない。
4時間なんてあっという間だった。シャワーを浴びる。ギルバートの体も軽く洗い流すと、微かに笑ったようだった。理由を聞くと、後でスタッフが世話をするからと言葉少なに話した。伸びた髪の毛はギルバートひとりで乾かすのが難しいらしい。なんだかそのスタッフが羨ましいとすら思った。バスルームから出るときに、ギルバートが転びそうになったので支えた。やはり軽い。最近右目があまりよく見えないそうだ。眼鏡をかけたらさぞ可愛らしいだろうなと思ったが口には出さなかった。
「また来てください」
ぽつりと言うギルバートを抱きしめて、またきますと囁いて、名残惜しいがそのまま部屋をあとにした。ドアが閉まり、受付に戻る。先ほどの緑のメッシュの男が愛想よく迎えた。
「ありがとうございます~!もしよかったらいろいろキャンペーンやるんでまた予約してくださいね!お客さん、ギルちゃんに気に入られたみたいだし」
「え?そう、ですか?」
「そうですよ。あの人こっちからリクエストしないとお見送りできないし!よっぽど好きなんですかねえ~」
リカルドは、それを聞いても特に優越感を得ることはなかった。
……なかったが、結果的に一週間後に再び予約をとることになった。

2025年6月8日