階層:地下四階
少女の鼻歌が聞こえる。随分と先を行かれたようだが確実にその背中は目視できる。
「見つけたぞ……」
階段を降り杖に体重をかけながらそう呟く。呼吸は相変わらず浅く体はあちこちがジンジンとひりついている。だがこの緑色の眼だけはその光を絶やさない。生きている限り、絶対に諦めてなどなるものかという執念に近いそれを振り絞り、レイシーを追う。
鼻歌交じりにレイシーはうたう。
Hush-a-bye, baby, on the tree top,
When the wind blows the cradle will rock;
When the bough breaks the cradle will fall,
Down will come baby, cradle, and all…
その歌声は無邪気な子供のそれそのもので、彼女がまるで生きた人間の女の子のようだった。そうでないことはⅤが一番よく知っている。だからもう騙されない。その歌声がⅤを躊躇させることはない。追いついて、必ずその背中をこの杖で突いてやる。そう思いながら近寄った。
「うふふ」
そう笑うとレイシーは突如駆け出す。しまったと思い足を踏み出した瞬間のことだった。まるで吊り橋の上に急に立ったような不安定さがⅤを襲ったかと思うと、急に床が崩れた。なんとか体をねじり受け身は取ったが、7フィート以上の落とし穴に完全に落ちた形になった。まさかこんな初歩的な罠にひっかかるとは思いもしなかったが、そもそも地下室にこんなものがあるなんて誰も思うまい。さてどうやって出たものかと立ち上がり見上げると、Ⅴの身長ならばなんとか床に手が届きそうだった。落とし穴の壁に何気なく触れる。
ぐちゃ…粘膜のような質感に気色の悪さを感じ、思わずその壁に対して身構える。次の瞬間だった。
「…嘘だろう?」
壁がゴゴゴと音を立ててⅤを押し潰さん勢いで迫ってくる。急いで床に手を伸ばし脱出を試みるが、それよりも早く壁はⅤを捉える。圧死すると焦って蹴りつけてジャンプしようとしたがそれが悪手だった。脚を絡めとられ片足を曲げ恥部を曝した状態でⅤを押さえつけた。
「ぐっ…は、ぁ」
肺が完全に押し潰されたり鼻や口が完全に呼吸を奪われるすんでのところで壁は動くのをやめた。どうやら殺すつもりはないらしい。はあはあと息を吐き、呼吸を整える。そういえば今まで見てきたこの屋敷の悪魔たちは、Ⅴの命を簡単に刈り取れるにも関わらずそうしてこなかった。まるで嘲笑うようにⅤの体を弄んだだけにすぎない。…ということは。
「…っ!」
ねちょねちょと壁がうねり、Ⅴの体をその不快な肉のような塊が包む。ずるり、と何かが動くと、体中が泡立つような気色の悪さがⅤを襲う。
壁全体が先ほどのブラシ型触手が滴らせていたような甘い香りの粘液に包まれⅤの顔に、漆黒の髪の毛に、首に、胸に、背中に、腰に、腹に…そしてさらに下まで粘膜によりじっとりと濡れる。振り払うにも壁に押し付けられているので拭うことすらできない。カッと体が熱くなるのを感じる。そしてじわりじわりと溶かされるような感覚に眩暈がしそうだ。
壁は絶え間なくうねりⅤの体に刺激を与え続ける。しかしそれだけでは飽き足らず、Ⅴの臀部をもぞもぞと壁のあちこちに生えている突起が這いまわる。
「ひっ…?」
それはまるで壁そのものがⅤの中に侵入してくるような圧迫感と、先ほどまで弄られていたそこをつつかれるもどかしさの中、身じろぎ一つできず声を上げるしかない。
「ア…ア…っ! や、だ…!」
そんな声を嘲笑うように壁が緩やかに動きⅤの臀部を刺激していた突起がそのいやらしい下着の中にするりと這入ってくる。声をあげそれから逃れようとするが、がっちりと四肢を拘束されそれも許されない。むしろもがけばもがくほど、体が開いて自らそれを受け入れるような体勢になってしまう。
ずぶりと突起がⅤの秘部を割るように侵入する。すでに何度も侵入を許したⅤのそこはあっけなく突起を受け入れると、Ⅴの意思とは関係なくぎゅうっと締め付ける。
「あ…ぅっ…や、いや……ひっ…」
上擦った声がひゅうひゅうと呼吸とともにこぼれる。もう嫌だと思っているはずなのに、謎の充足感に溢れ徐々に抵抗も薄くなっていく。気が付けばⅤの前面にある壁がまるで猫の舌のようにざらざらしたそれに代わり、Ⅴの体をざらりとなぞる。それは胸をなぞり腹から下まで強烈な刺激をⅤに与えるものだった。悲鳴を噛み殺し体を震わせるが、期待したⅤの性器が肉の壁にその身を持ち上げる。
壁のうねりとともにⅤのそこも吸い上げられるように刺激され、あっと気が付いた時にはすでにⅤは壁に吐精していた。それを塗りたくられるように重怠い体に擦りつけられ、気色の悪さに震えが止まらない。
呼吸とともに出てくるいやらしい嬌声をもはやⅤは止めることができなかった。抗うことも忘れただ啼かされるだけの存在になり、どれだけの時間が経っただろう。
気が付くとⅤは部屋の床に倒れていた。上半身を起こすと体中がじっとりと濡れていて、下腹部に至っては粘液と自らの精液でべっとりと汚れていた。幻でなく現だと思い知らされるようなあさましい自らの姿に吐き気がする。杖を床に突き立て立ち上がる。ヒールで床を叩くがもう床は完全に沈黙し、先ほどまででの壁はもうない。
その代わり部屋の奥にひっそりと階段が出現すると、まるでそんなⅤを待っていたというようにレイシーの笑い声が響く。
「…クソッ…」
舌打ちをすると、甘く重い体を引きずるように階段に向かって歩いて行った。
階層:地下五階
その部屋は降りる前から他の階とは違う匂いがした。インクと紙の匂い。それはⅤにとって心地よく、それまでの恥辱を一瞬でも忘れてしまうほどのものだった。
そこは古びた書斎のようで、床から天井までびっしりと本が詰まった本棚が壁がわりに四方を囲んでいる。さらには部屋の中にもいくつか小さな本棚が置かれていて、少し入ったところには年代物と見える革張りの椅子と、一本木から切り出したと見える上品で立派な机が置かれていた。机の上にもいくつか本が置かれ、書きかけの手紙のようなものも伺える。
「ここは…?」
レイシーの姿も見えない。先程からひっきりなしに聞こえていた笑い声も、まるで水を打ったように静寂に殺されている。そしていくら探しても地下に続く階段が見つからない。参ったなと思って本棚を改めて眺めると、Ⅴの気をひくようなタイトルの本ばかりがみっしりと詰まっていた。
「……これは…」
いくつか手にとって目を通す。小説から詩集、評論、研究誌なども置いてあった。その中からめぼしいものを手に取る。それはボロボロで表紙も擦れがひどく、中身もあちこちに虫が食ったひどいものやだったが、何故かこの本は読まなければならないと思った。
頭の中でこれは罠だとわかってはいたが、本そのものから魔力は感じなかったし、階段も見つからないのだ。それにここに至るまでに何度もいやらしい目に遭って体も疲弊しきっている。少しだけ休憩しよう。あの少女もきっと本気で逃げてはいないのだから、追ってこないと知ったらきっと引き返してくるだろう。そうしたら捕まえてやればいい…そんなことすら考えていた。
「…それは遠き星々の出来事であり、すでに我々の前に出ずる燐光によって解決したるものである…」
見たことも聞いたこともない文章だ。だがどこか懐かしさを覚える。早くその言葉を目で追ってしまいたい衝動を抑え、Ⅴはふと目の前の椅子に気がついた。体はしとどに濡れている…それも汗や水でない得体不明の液体でだが…座ってしまったらこの革張りの椅子はダメになってしまうのではなかろうか…と思ったが、少し座って休みたいとも思っていたところだ。拭うものがないので、手で少し邪魔な液体を床に落とすと、再び本を手に取り椅子にそっと腰掛けた。
それはⅤの体重を受け入れると、少しだけぎし、と音を立てて迎え入れた。いい塩梅だ。とても心地が良い。上等な机に肘をつきページをめくる。やはり初めて読む内容だが、何故かしら読んだ記憶があるような気がする。本の内容は難解な短編集であったが、何故かその情景が古びた映画のように映し出されるようなそんな感覚を覚えた。一篇読み終え、もう一つに目を通す。今度は先ほどとはまるで雰囲気が違う内容だ。もはや言葉が詰まっているだけでストーリーもなく、かといって詩でもない。ただ思い浮かんだ言葉をランダムに組み込んでいるようにしか見えなかった。なんだ、この本は…そう思い訝るが、頁をめくる手を止めることはできなかった。次のページでは何か起きるかもしれないと思うと、目が文章を追うのを咎められない。なんだか脳を揺さぶられるような、吐き気を催す何かがⅤを襲う。これ以上読んだらいけないと思っているのに、目は絡み合うスパゲッティのような言葉の塊から逸らすことができない。
そしてあるページに差し掛かる。白いページの真ん中に一言だけ、こう書いてあった。
「……きみは誰だ?」
カチリ。
まるでその言葉によって歯車が動き出したかのように、カチカチと音を立てて革張りの椅子がⅤを乗せたまま変形し始めた。しまったと気がつき本を投げた時にはもう遅く、機械のように椅子はさまざまな部品を飛び散らしながらⅤの体を包むように拘束する。フット部分が大きく左右に開き、まるで分娩台のように開脚した。なんとか足を閉じようともがく。そんな中、しゅるしゅると音を立ててどこからか何かが這いずる音が聞こえた。
あたりを見回すと、本棚から本がポルターガイストのように勝手に落ちては、中から文章を繋いだ縄状の名状しがたい不穏なものとなって地べたをうじゃうじゃと這いずっていた。蛇のようにしゅるしゅる、しゅるしゅると縄たちはⅤのそばまでやってくると、その細い脚をするりと這い上ってくる。滑らかでいてゴツゴツしている言葉にならない不快感で声にならない悲鳴をあげると、それらはⅤの下腹部の…もうだいぶ薄れかけたピンク色のいやらしい模様をつつく。
「ンン…ッ! や、やめろ…!」
どういう原理かはわからないが、まるで突然後ろから貫かれたような激しい快楽がⅤを掴んで揺さぶった。縄たちはⅤのぐったりとはしたなく開いた四肢を拘束する。一方で別の縄たちがⅤの胸元に這い寄り、布越しにしゅるりとその身を擦り付ける。乳首が刺激されむずがゆいような、なんとも言えない感触に思わず甘い声を抑えきれなかった。
「ん、あ…っや、そこ…」
何度も何度もそれらは乳首を擦る。身震いするにも動けないので、ただ声に上げて快楽を逃すしかなった。遂に縄が胸元の下着をペロンと剥がすと、露わになった薄桃色の乳首にずり、とその縄目を擦り付けた。
「ひゃ、いやだ、や、やめろ!」
直接与えられた刺激はⅤの脳を犯し、いやいやと首を振るその力さえも奪っていく。そんな思考とは裏腹になにかを期待した乳首はぷくりと膨らみ薄桃色に熟れている。縄が二本それを挟むように包むと、まるで性器を扱くように乳首を責め立て始めた。
「はっ…あ、アッ!」
普段は弄るどころかそこまで注視もしていなかったそこが、まるでもう一つの性器のように身体中に快楽を齎す。腹をわずかに震わせなんとか押し寄せる波に耐えていると、下腹部に伏せていた縄たちがもぞもぞとⅤの下半身の下地をずり下げる。触れられてすらいないのに勃ちあがりひくひくと蠢く性器が露わになった。
「違う! 違…っあ! あ、やめ、やだっ…!」
下腹部に血が集まる感覚に背筋が寒くなる。後ろならまだしもこんな乳首を責め立てられるだけでここまで反応してしまう自分に寒気しかしない。それに反比例するように体はいたいけに熱を発しさらなる快楽を求めてしまう。
「あ…っ!」
乳首を擦るそれは激しくなったかと思うと優しくつついたり、胸の上で小さなとぐろを巻いて吸引するように引っ張ったりと様々な刺激を与えてくる。その度にこの痩身は淫猥に揺れ、触られてすらいないくせに絶頂に向け熱を持つ。
「ん、んっ……あ、ああ…!」
快楽という大波に逆らえずただただその責め苦に溺れ、遂にⅤは抵抗もできず乳首だけで絶頂を迎えた。じわりと下半身が熱く染まり、ただただ呆然としてそれを眺めていた。刺激を与えられず達した絶望と、そんな体に対する失望と、もうなにもしたくない虚無感とがⅤの体を、心を包む。いつのまにか椅子は元の革張りのそれに戻り、乱された下着もまた元の位置に戻っていた。中身はもはや見たくもないほどぐちゃぐちゃだろうが、もはやそれをなんとかしようという気持ちも萎えつつあった。
それを見届けるように縄たちはⅤの体を解放すると、するすると元ある本の元へ戻っていく。恨めしげに本を眺めるが、もうそこにはただの散らばった本たちだけで、先ほどの光景はまるで幻覚のようだった。
件の古びた本を恐る恐る確認すると、全てのページの文字が掠れて消えていた。このためだけの罠だったのだろう。いや、罠であることは薄々気が付いていた。だがこんなことまでされるとは思っていなかったし、まさか自分がそんなはしたない絶頂を迎えるなんて思っていなかった。舌打ちをして本を机に投げると、机ごとそれらは消え、目の前に階段が現れた。
「…本当に趣味の悪い…」
下着の中に吐き出した精やら液体やらが少しずつ冷えていくのが気持ち悪くて仕方がない。少しずつ太腿を伝うのも不快だ。
唇を噛むと、Ⅴは杖を突き立て階段を降りていった。
階層:地下六階
階下に降りるとその部屋は馬鹿に狭かった。今までの地下室の半分くらいしかないだろう。そこにはもちろん階段なんて存在しない。いまのところは。
ここにもなにか罠があるのだろう。よく見ると部屋の壁に違和感を覚える。まるで無理矢理壁をずらしたような内装だ。壁が動いたのかはたまたは見せかけの壁なのかはわからない。ナイトメアでもいれば物理攻撃で壁ごと壊せただろうが、今のⅤにはなすすべもない。すると壁に小さな穴が開いていることに気が付いた。杖軽く突くとぱらぱらと少しずつ崩れ、Ⅴの痩躯ならば通れるくらいには広がった。少し高い位置だが乗り越えれば何とかなりそうだ。
それに壁の向こう側には階段も見える。少しほっとして身を乗り出すと、Ⅴの胴を越えるか超えないかのあたりで急に壁が動いた。いや、動いたというよりは、自己修復したというほうが正しいか。
なんとか抜け出そうともがいたが、壁はⅤの体をぴったりと拘束し、上半身と下半身でいっそ見事なほどに埋まってしまった。
「…参ったな」
動こうにも完全に嵌ってしまっている。なんとか手元に杖はあったので杖で壁を突いてみるが今度はもうびくともしない。どういう罠だと言いたくなるが、今までもわけのわからない罠ばかりだったのでもう言葉もない。
ふと、自分の臀部を誰かが撫でた気がしてびくりと体を震わせる。誰だと声を上げると、聞きなれた声が聞こえた。
「大丈夫か?」
それは間違いなくネロの声だった。疑いようもなく、ネロのものだった。その存在への疑いや謎などはすべて吹き飛び、思わず声が出る。
「ネロ…! そこにいるのか、ネロ、だ、だめだ、逃げろ! ここにきちゃ……あ!」
そう叫ぶと、再び臀部になにか熱いものが触れる。下着が外されたと気が付いたのはこの時だった。そしてそのネロの声のまま、うふふ、と言葉が降ってくる。
「ふうん、この子の名前、ネロっていうんだ」
その言葉にⅤの肩が確信を得て震える。こいつはネロじゃない。レイシーがなんらかの力を使って、ネロの声を奪ったのだ。なんて悪趣味なことを…と小さくつぶやく、その瞼にはうっすら涙すら浮かんでいた。ひっく、と喉がなる。それを聞き逃さずネロの声のままレイシーが愛おしそうに呟く。
「お兄さん泣いてるの? どうして?」
「…うるさい、喋るな」
「いいこと思いついたわ。ねえ、お兄さん? このネロって子はどんな風に話すの? あなたのコトなんて呼ぶの? あなたが望むようにしてあげる」
ネロの声のまま、少女はそんな悍ましいことを口にする。壁に遮られて見えないが、笑っているのがわかって思わず壁のほうを睨む。
「貴様!」
「教えてくれないのね。いいわ、直接あなたのカラダに聞くから」
「…ひぐっ!」
そう言うとネロ…いや、ネロの皮をかぶったレイシーはその逞しい肉棒をⅤの秘部に躊躇なく挿入した。今までの触手やスライムでは感じなかった内臓が押しつぶされる圧迫感と、それでいて何か大事なものを吸い取られる感触に背中が群れを成す。
「Ⅴ…お前とずっと、こうしてみたかった…」
途端に、レイシーがレイシーでなくなったような…いや、そこにいるのは本当にレイシーなのか、ネロなのではないだろうかと錯覚するほどにとても『Ⅴが望むネロの』言葉を吐き始めた。吸い取られたのは記憶ではない、願望だ!
今ほどⅤが動揺したことはないだろう。理性が飛びそうになるのをこらえて、必死に抗弁するように叫ぶ。
「あ、あ…! ちがう、お前はネロじゃない! ちが、あっ! やだ、いや…っ!」
「面白いこと言うな、Ⅴ…ん…っ…」
その間にも、ネロの硬いそれがⅤを掻き混ぜ、貫き、押し込んでくる。浅いところを擦られ悲鳴を上げれば、今度は深く深く侵入され悲鳴はたちまち声にならない叫びとなる。
「あっあ、んん…やめろ…いやだ、いや…」
「Ⅴ、愛してる…俺なんかが言うのはおかしいかもしれないけど…」
「…ネロは、そんなこと、言わない! ひぐっ…う、あ!」
そうすると、ふとレイシーの声が突き刺さる。
「あなたはそれを望んでいるのに」
そう言うと一層激しく突き立てられる。そんな望みあるはずないと叫びたい反面、心の奥にしまい込んでいたなにかが溢れそうになる。
こうしてみたかった? ネロと? 言葉ばかりが頭の中で乱反射する。そんなことはないと押し込めてはみたが、それが本当のⅤの魂からの叫びなのかは判別もつかない。
Ⅴはネロに対して確かに仄かな劣情を抱いている。それはもはや認めるしかない。こんな幻を見ている時点でそれは隠しようもない。
だが本当に彼とどうなる気はないし、幻であってもそれは変わらない…はずだ。レイシーが呟く。
「わたしはあなたが一番シたい人を見つけただけなのに」
「違う…! そんなこと、ない!」
「嘘よね? あなたこんなに喜んでるじゃない」
ずる、と抜かれ、あ、と思わず声が出てしまった。名残惜し気に秘部がひくひくとはしたなく蠢くのを感じるが、もはや自分の意思ではどうにもできないもどかしさに、体を僅かによじらせることしかできない。
「…そんなに俺のことが好きか? なあ、教えてくれよ、Ⅴ…」
言葉を発しているのはレイシーだとわかっているのに、ぞくりと肩が震える。若々しい張りのある声が、Ⅴの耳を優しく撫でる。ああ、この声が、この声がずっとほしかったなんて、言えるわけがない。言えたところで何にもならないから、諦めていたのに。
黙っていると、再び秘部に性器を押し込まれてはしたない声が出る。甘いのに苦い快楽の波に呑まれ、酸素を喪いもがくばかりだ。これが地獄だといわれても今のⅤなら納得してしまうだろう。
「ひ…っ!」
力任せに突かれ、腹の中を混ぜられる感覚に目の前が何度もチカチカと眩み、はあはあと息を漏らしただその責め苦に耐える。
早く終わってほしくて、わざと臀部に力をゆるやかに込めて射精を誘おうとするが、体に力が入らずうまくいかない。もぞもぞと動くと、尻を撫でられる。さも愛おしいというように。
「そんなにイイのか? Ⅴ…もっと啼けよ、善がれよ…お前の声を、聞かせてくれ…」
「やだ、やだっ…いやだ、やめろ! やめてくれ! 違う、違う…っあ、ああっ!だめだ、だめ…っ」
一度否定の声を発すると、突き上げられる衝動に声が止まらなくなる。ちがう、ちがうと何度首を振っても、その声とほのかに感じる指先に、Ⅴの体は信じられないほどに反応し、あちこちから噴出するような悦びを隠しきれない。
何度『彼』のために啼いただろう、何度『彼』の声に知れずに達しただろう。何度も、何度も、何度も、絶望よりも深く幸福よりも高く!
ピストンが次第に早くなってくる。それを嫌がるⅤと求めてしまうⅤがいる。どちらが本物かなんてもうわからない。早く解放されたい。もう終わりにしたい。そのはずなのに、もっとずっと、長く、体が求めてしまう。浅ましい肉体に棲まうそれはⅤに囁く。これでいいではないかと。
「Ⅴ…好きだ」
その一言にびくりと体を震わせ、Ⅴは彼が…厳密にはレイシーが…Ⅴの体内に射精したことを知った。壁がゆるやかに崩れ跡形もなくなった。そこにはネロはもちろんレイシーの姿もない。
どれだけ時間が経っただろう。Ⅴはここにきて初めてしゃくりあげてさめざめと泣いた。自らの弱さに、自らの願望に、失望し絶望し泣いた。しばらく蹲りそうしていたが、やがて杖と本を手に取り、よろよろと立ち上がる。あの少女だけは許してはならない。必ず魔獣たちを取り返し相応の罰を受けさせようと固く誓い、階下に向かっていった。
階層:地下七階
この階も…何もない。あまりに何もないのでⅤは一瞬体の力を抜く。そして壁に体を預けひと息ついた。ずっとこの状態だ。もう何も考えたくない。できることならば横になって休みたい。だがそれはできない。
愛おしい魔獣を奪われた今、彼に安寧はない。通常の人間よりはタフだと思うが、それでもこの体は人間だ。それはⅤが一番よくわかっている。この体は脆い。そして弱いのだ。与えられる快楽にすら耐えることができない。その度に啼かされ、無様に精を吐き出し、何度も絶頂に達している。無様だ。あまりにも。流石に心が折れそうだ。だが諦めるわけにはいかない。
この手で奪い返すのだ。そして元の世界に絶対に戻ってやる。やらなければならないことがたくさんあるのだ。この体に与えられた使命は重く、こんなところで終わるものではない。だがそれに対するこの快楽という甘い罠は、Ⅴの体も心も確実に蝕んでいた。
しかし本当に何もない階だ。下に続く階段もない。訝しんだⅤが部屋の隅にあるスイッチを見つけるのはそう難しいことではなかった。赤いスイッチは壁に意味ありげに光っていた。嫌な予感がする。どうせ碌なことにならない。しかしあからさまに罠だとわかっていても、これでは埒があかない。はあと息を吐いて恐る恐るスイッチに指を這わせる。がこんと音を立ててスイッチが壁にその身を埋める。
どうせ地形が変化したり罠が新しく出てきたりするのだろうと思っていたが、そうではなかった。別に期待していたわけではないが、思っていた反応と違うそれにⅤは内心ため息をついた。下に降りる手がかりもない以上、他の何かを探さなければならない。辺りを見回した次の瞬間だった。
自らの姿がそれまでの淫靡なそれではなくなっていることに気がついた。
「…なんだ、これは」
その身に貼り付いている…いや、本当に貼り付いていると言っても過言ではない…黒に近い紺色のそれは、水着だと気がつくのに時間がかかった。体を覆う薄い生地は汗ばんだ体の水分を吸ってますますⅤの細い体に纏わりついた。子供が着るような露出の少なく華美ではないそれが、逆にⅤの体のラインを強調しいやらしさを伴っている。もう諦めているが生地を引っ張るが、想像通り何か呪いめいてⅤの体に貼り付き取り除くことは困難だ。まあ取り除けたところで着る服はないのだが。
それに…それだけではない。Ⅴは下腹部に嫌な感触を覚える。この水着の中には何かが這入っている。気がついた瞬間、Ⅴの性器を弄ぶようにそれがブブブ…という機械音とともに振動を始めた。
「アッ…! く、う…」
思わず情けない悲鳴をあげて膝をつく。振動するそれは一つではない。いくつもの小さな丸いそれがいやらしくⅤの局部を刺激する。布地で覆われて見えないが、ピンク色のあの淫紋の作用もあるのだろう、肉体に走る快楽が雷のようにⅤを突き刺しその場に固定する。
「ふっ…う、んっ…ん、あっ…」
切なげな吐息がⅤの唇から漏れる。ああ、嫌だ…またこんな辱めを受けるのか。もう嫌だ…首を何度も何度も横に振り快楽を散らそうとするが、散れども散れども新たな快楽がⅤの体を蝕んだ。
もう慣れてしまいそうになるほどに絶頂が近寄ってくるのがわかる。ああ、またこれだ…と震えながら、Ⅴは手を床につき這いつくばるように体を落とした。自らの意思とは裏腹に、まるで行為を強請るように尻を振り、いやらしくとめどない快楽から逃げる様はあまりにも無様だ。
「っく…ん、ア…ッ!」
びくりと体が震え、もう大してでない精を吐きちらす。はあはあと息を漏らし、やっと終わったのかと顔を上げた瞬間徐に臀部に違和感を覚えた。
「ヒッ!」
つぷりとⅤの後ろに侵入したそれは、まるで意思があるようにⅤの中で暴れる。するとそれまでⅤの性器に貼り付いていた他の物体たちも続くようにⅤの体に這入ってくる。今までの辱めで散々犯されたそこはもうこんな小さな謎の物体などやすやすと呑み込み、受け入れてしまう。いやだと手を伸ばしても布の力は強くⅤの指先は逆にそれらを自らに押し込む結果となってしまった。
「ひゃっ…! あ、だめだ、や、いやだ、もう…やめっ!…っぐ、アァッ!」
もう当たり前のように前立腺を発見したそれらが、一斉にブウウンと音を立ててそこをいたぶる。何度も何度もあの手この手で刺激されたそこはそれでもいたいけに新たな快楽を享受している。そこにⅤの意思は無関係だ。
何度も絶頂を迎え何度も声にならない悲鳴をあげ、手放した意識がさざ波のように打ち寄せる。
気がつくとⅤは元の…と言っても、あの淫靡で直視するのも気がひけるあの下着の方だが…姿に戻っていた。それに安心感すら抱く自分に寒気がする。Ⅴが身を起こすと臀部からどろりとなにかが溢れでた。
「…っ」
それは無数の小型の機械のようなものだ。先程まで自分を辱めていた正体にもはや興味はない。立ち上がると階段が目の前に現れる。もう見慣れたギミックだ。驚きもしない。
「うふふ、お人形さんにはお着替えの時間も必要よね?」
どこからともなくレイシーの声が聞こえる。姿は見えないがどこからか監視しているのだろう。
「お前にはセンスが足りないな…」
強がり挑発してみるが、その可憐な姿を見せることはなかった。黙って進めということか。なんだかそれはそれで腹立たしい。Ⅴは床に落ちた杖と本を手に取り、再び階下を目指し降りていく。
階層:地下八階
この階段は随分と長い。未だに慣れないヒールで何度もよろけながら、壁に手をつき少しずつ降りていく。そして長い長い階段を降りると、今度は細長い廊下に出た。坑道のような狭い道を進みながら、本当にこの道でいいのかと考えてはみたが、どのみちこの選択肢しかなかったことを思い出して再び進む。
道は何度か折れうねうねと曲がる。暗がりをゆっくり進んでいるが、ここがどこなのかもわからない。
「まだ続きがあるのか…」
レイシーの影が見えなくなりしばらくたつ。もうこれは見つけることすらできないのではないかと思ったが、どこからか聞こえる笑い声にかすかな希望を抱いてしまう。
しかしそれは罠だと気が付いている自分もいて、もどかしさに腹が立つが腹を立てていても事態はきっと好転しないだろう。すでに体は幾多の責め苦により悲鳴をあげている。もう拭き取ることすら諦めたべたついた何かをそのままに、Ⅴはただひたすら前に向かって進んでいる。
ふとやや広めの部屋に出た。やっと部屋を見つけたが、ほかの部屋以上に薄暗く、なんの手がかりも見つからない。どこからか灯りを持ってこようかと思案していると、背後からこんな声が聞こえてきた。
「タトゥーのお兄さん、こんなところにいたのね? おにごっこなのにわたしが探しちゃったじゃない」
振り返るが誰もいない。ただたしかにレイシーの声が聞こえる。それも間近で。期待のような安堵のような、罠だとわかっていても反応してしまう自分の虚しさに落胆する一方で、最後のチャンスとばかりにその暗がりに手を伸ばす。そこには明確な殺意があった。
「よくもやってくれたな…捕まえてやる…っ」
しかしその手は、何かに握り返された。明らかにそれは少女のものではなかった。その指はⅤの手首をいとも簡単に捻り上げる。
「ぐっ…!」
そして引き寄せられたⅤの視界に飛び込んできたそれは緑色の肌をした屈強な…化け物としか言いようのない人型のそれだった。少なく見積もっても10体はいる彼らはほぼ裸で、皆腰に何か布を巻いているが、それぞれ隠しきれないほどに大きな性器が見え隠れしている。表情はほとんど伺えずまるで獣のような…いや、獣そのものだ。
「可哀想なお兄さん、ここはわたしのオークたちのお庭よ? ふふふ…」
レイシーの声がどんどん遠のいていく。待ってくれと振り返るころにはその痩躯は簡単にオークと呼ばれた彼らに抱えられ人形でも投げ入れるように部屋の奥に押しやられていた。
「うぐ…っ」
壁に叩きつけられ一瞬目の前が白くなったが、こんなところで気を失うわけにはいかないと歯を噛み耐えた。しかし見上げたその刹那、彼らの…まるで獲物を見つけた獣の目線に、Ⅴは体の震えが止まらなくなる。殺される、絶対に!
「な、なにを…!」
そして詰め寄るオークの巨体は、Ⅴの体を値踏みするようにあちこち触ると、あっけなくそのスラリと伸びる脚を開かせた。ここまで来た経験から、これから行われるであろう行為がどんなものかはなんとなく察してしまえる。しかしちらちらと見えるその凶悪に大きな性器に、Ⅴは首を振り抵抗することしかできない。
「ひ、あっ! いや、だ! 離せ…っ!」
脚をばたつかせるが群れたオークたちに体を押さえつけられ、体を曲げ、尻を見せつけるような屈辱的なポーズを取らされた。後ろの穴に無骨な指を突然突っ込まれ中の液体や精液を掻き出すように混ぜられる。ぞわぞわと背中が再び群れなすが。もはや抵抗すらできない。そして指を抜くとともにその膨らんだ性器をあてがわれ、マーキングするかのように擦られる。
「ひっ…! いやだ、そんなもの、入るわけ…! ぐ、あっ!」
容赦なくそれはⅤの細い体を貫いた。引き裂かれるような痛みと、経験したことのない異物感と、吐き気と、なんだかよくわからない感覚に、初めて男と経験した時のことを思い出した。そのときくらい、いや、その時よりも激しい名状しがたい何かに揺さぶられ、Ⅴはここにきて完全に理性を失ってしまった。もうその声は悲鳴を上げることしかできず、その腕はオークの背中に回され、ただひたすら衝撃に耐えるしかなかった。
「あっ、ひ……こ、殺せ…殺して、くれ…!」
そう叫ぶⅤの言葉はもはやだれにも届かない。暗がりに犯されるその生白い脚が、びくびくと痙攣しながら揺れている。
何度犯されただろう。何度彼らの吐精を許しただろう。入れ代わり立ち代わりオークのそれがⅤを貫き、汚していった。だんだんと感覚が麻痺していき、あの人間とあからさまに違う巨大な性器を簡単に受け入れてしまう自分の体がどんどん行為に順応していくのだけがわかった。痩せたⅤの腹が少しだけ膨らみ、突かれるたびにそれは形を変えた。次第に体全体が何か…自分とは違う何かがそこにいるような感覚が朦朧としたⅤの脳裏に嫌な予感とともに過る。
「…え…? ま、まって…い、いやだ…やだっ…!」
それは明らかにⅤの腹の中で急速に育ち、彼の体中の力を吸い取るように動き始めた。
それは未知の感覚だったが、明らかにⅤの知る何かだった。腹の中に何かが、いる! 何かはわからないが、これまでの行為で結びつく結果をⅤは知っていた。いや、知りたくなどなかったが、知っていた。
「うぐ…っ! だ、だめだ…!」
それはさらに大きくなりⅤの腹が不自然に大きくなり、はちきれんばかりとなる。いやだいやだと首を振るが、もうその抵抗は何の意味もなくなる。
「や、あ…あ、ああ…うああっ」
悶えるほどの痛みと、脳天を突き刺されるような衝撃と、虚脱感とでⅤは次第に言葉をなくし、何かとんでもない不実を産み落としてしまったその敗北感に堕ちた。
そして体からこぼれ出た異形の赤子の姿を目視することなく、完全に意識を失ってしまった。
階層:地下一階
「どうして……」
目が覚めたⅤは今度こそ本物の絶望をかみしめていた。見覚えのある部屋は明らかにすでに通過したはずの最初の床だった。
すると何かがⅤの横を通り過ぎる。
「ハァイ、タトゥーのお兄さん、わたしの可愛い子たちに愛されて負けちゃったのね、可哀想…でも大丈夫、何度でもやり直せるのよ? わたしは待ってるから…ふふふ…」
振り返ったその影がレイシーだと気がついた時には、彼女はすでにⅤの手の届く範囲から逃れ再び階段を駆け下りていく、待て、と追いすがろうとしたその瞬間、覚えのあるあのいやらしい感覚が脳を犯した。恐る恐る下腹部を見ると、先ほどまでは消えかけていたあの禍々しいピンク色の模様が、濃く強くⅤの肌に刻まれている。思わず舌打ちをするがすでに下半身に血が集まるような感覚に耐えきれずまた膝をついてしまった。
何もない床から何かを無理矢理注ぎ込まれているような名状しがたい不快感がⅤを襲う。
「ふっ…くっ………んん、あ、いやだ、いや…や…っ」
そして何度もⅤは屈辱的な自慰を迫られた。
地下:?
それから何度この地下を彷徨っただろう。何度も襲われ、襲われることがわかっていながら階下を進んだ。
何度も犯されたいたいけな体はそれでも与えられる辱めに対し慣れることなく震え続けた。気がつくと今までとは全く違う……ホールのような広場に出ていた。そこはまるで子供部屋のようにさまざまな絵本やぬいぐるみが散乱し、壁にはいくつかの絵が飾られていたがどれも肝心な全景だけが靄にかかっていてよく見えない。
「こんな場所、あったか…?」
首をかしげるが、もう自分がどこにいるかもわからない。とにかく化け物どもに犯され続けてきた記憶だけがある。すると、うふふ、と聞き覚えのある笑い声がしたかと思うと急に目の前に少女が現れた。
「タトゥーのお兄さん、やっときてくれたのね! ここなら誰にも邪魔されないわ…」
「もう遊びは終わりだ…返してもらおう!」
手を伸ばしレイシーに触れるが、その手はスッと虚空を彷徨った。幻影か、と思った瞬間、床から突き上げるような揺れがあったかと思うと、めきめきめき、と地割れが起き、その割れ目からまるで植物の蔦のような…クリフォトの芽とはまた違う、明らかに触手を持ったそれらがⅤに襲いかかってきた。
「いやよ! もっと遊ぶわ! タトゥーのお兄さん、とってもいい顔をしてくれるんだもの、一生わたしのおもちゃになって、ね?」
レイシーの声が途中から化け物の鳴き声となって部屋中に響く。
こいつが少女の正体か、と冷静に判断している隙もなく、その触手はⅤの痩躯を絡め取った。少女と思われる怪物は植物様の緑色をした、悍ましい…反吐が出るほどの気色の悪い怪物となっていた。
「う、あ…」
すでに敏感になっているⅤの体に触手が伸び、身体中を無理矢理愛撫する。吐き気とともに甘いそれが、Ⅴの脳髄を激しく揺さぶるが、失神には至らず、かつ理性を飛ばすほどのそれではなかった。それこそがⅤを本当に苦しめるとやっとわかったかのように、触手たちはやわやわとⅤの体を這い回る。
「あっ…ン…いやだ、消えろ…クズが!」
「まだそんなことが言えるのね…ふふふ、こんな可愛い姿で…とてもイイわ…」
「ヒッ…!」
それから何度も犯され、達し、声すら嗄れて、Ⅴは抵抗する力を少しずつ失っていった。満足げにレイシーの声が聞こえる。
「ずっとここにいましょう? わたしのそばで…わたしならなんでもあげられるわ…お兄さんの好きなコト、全部してあげられるのよ…」
「ふ、ざけるな…傲慢もいいところだ…あっ」
「うふ、また最初から始めましょう? わたしの可愛いお人形さん…その代わりにいいものをあげるわ…あなたの…っ!」
すると突然少女の絹を裂くような悲鳴がⅤの鼓膜を震わせた。すると緑色の悪魔がまるで光を飲み込んだように光を発し、中から爆発するように大きな衝撃を部屋中に放った。Ⅴは投げ出され壁に体を打つ。朦朧とする意識の中で、少女が何度も何度も叫ぶのを光の先で見た。
少女の声は次第に遠ざかり…そして…新しい声が聞こえる…。光に目がくらみとうとうⅤは目を閉じてしまった。
「おい、おい!Ⅴ!起きろ、起きろってば!」
激しくつんざくような声にハッと目覚めると、そこはレッドグレイブ市のとある廃墟だった。うつ伏せに倒れていたⅤはグリフォンの嘴に容赦なく突かれていた。
「…っつ…」
体中に痛みを覚え再び目を閉じそうになったが、傍にいたシャドウにそっと頰を舐められなんとか体を起こす。
そこに屋敷などないばかりか、あの淫猥な地下室もない。目の前に広がるのはただ荒廃した…見馴れたかつての街だ。
思わず自分の姿を見回す。いつもの装いだ。なにも変わっていない。あれは夢だったのだろうか?
「…どういう状況だ?」
「マジかよ、記憶喪失ってか?このクソ忙しい時に勘弁してくれよな!…なんとか俺たちで戦ったんだぜ?あとは詩人ちゃんが一発ヤるだけ!」
グリフォンの指し示す方向には、廃墟には不相応な立派な白薔薇がまるで意思を持ったようにうねうねと動いていた。だがすでにグリフォンやシャドウとの戦いで傷ついたのだろう、その可憐な花弁はぼとぼとと雨のように降り落ち葉もまるで虫に食われたように色が変色している。
「…こいつは」
間違いない、あの…悍ましい幻覚の中で見た、屋敷裏の白薔薇だ。
フラウ・カール・ドルシュキ…あの美しい薔薇、あれこそが本体だったのだと確信する。むしろ最初から気がついてなんらかの対策を打っておけば、あんなことにはならなかったのかと自らの痴態を思い出して思わず身震いしてしまう。
「さっさと決めちまおうぜ!」
煽るようなグリフォンの言葉に、傍の杖を手に取ると、難なく白薔薇の根元をⅤは切り裂くことができた。パラパラと朽ちていく花に、少女のあの黄昏色の顔が浮かんだ気がしたがきっと幻だと自分に言い聞かせる。間違いなく夢なのだ。きっとあの悪魔に一撃を喰らい、その弾みで彼…いや、彼女か…の幻の中に誘われてしまったのだろう。クリフォトより魔力を手にしてしまったいたいけな白薔薇が彼女だとしたら、彼女もまたこの事件の被害者なのかもしれない。振り返りグリフォンとシャドウの元に戻る。懐かしい感覚だ。一人ではないのだ。流石に魔獣たちにこの体験の話をするわけにはいかないが、なんだかやっと安心できる場所に戻ってきたのだと思うと、柄にもなく涙が出そうだった。するとグリフォンが丸い目をこちらに向け、訝るようにその体を眺めてこう言った。
「おいなんだ、詩人ちゃん…そのピンクのタトゥー…」
完…?
あとがき
言い訳しません。ごめんなさい。
増殖がしょぼいのは仕様です。あとページ数の都合です。
読んでくださってありがとうございました!本当にわるふざけです!
すぺしゃるさんくす
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ツイキャスでヒーヒー言う並木を叱咤激励してくださったすべての皆様