直家が宗景に呼ばれるようになったのは、登城を許され暫く経った頃だと思う。今思えば、その期間を使って直家を値踏みしていたのかもしれない。口が固く拒まないことは当然だが、重要なのはおそらく男との経験の有無だろう。宗景は直家の反応の一つ一つから、自らの目に適うかどうかを探っていたのだと思う。
一方の直家も、そういった経験がないわけではない。昔から、何が楽しいのか知らないが直家の痩せた体は男の劣情に晒されることが多かった。それ自体が辛かったというよりも、何度行為を経験しても自分には何も残らないのが不快だった。たいして気持ちも良くないし、痛い思いさえする。それらは何にも報いることはなかった。ただ、直家の心に暗澹たる想いを沈めるばかりだ。
だからこそ、宗景の腕がこちらに伸びた時、初めてそれらの記憶が何かの役に立つと思った。何事も無駄ではないのだ。
宗景は人前では明るく振舞う男だったが、閨となると寡黙な男だった。昼間にぺらぺらと軽快に言葉を紡ぐその舌は、行為中何も語らず、また表情もひとつとして動かない。いっそ拍子抜けなほどだった。最初は流石に気を遣って話しかけたり、演技ではあるものの嬌声を上げることがあったが、宗景はそれに対して冷たくこう言うばかりだった。
「黙って抱かれていろ。萎える」
吐息や抑えがちな声に興奮する方なのだろうか、けして直家の体に反応していないわけではないので、当初は訝っていた直家だったが次第にそれが気安く感じるようになった。ただ黙って貪られるだけの日々は、それだけが理由ではないが直家の立場を少しは良くしたと思う。
ある晩も、当然のように抱かれていた。宗景は直家を様々な体勢で責めた。その日は、直家を跨らせて自ら求めるように促した。正直なところ体力も筋力もない直家には厳しいものだった。それならば後ろから責められたり、体重をかけられて押しつぶされるように抱かれた方が楽ですらあった。しかし、宗景の目は直家に拒絶の意思を認めなかった。
「ん、ん……」
ゆっくりと腰を下ろし、息を漏らしながら必死に揺らす。漏れ出る吐息は直家の頬を仄かに染め、じっとりと汗ばむ体にも次第に色が伝わっていく。
そんな様子の直家を見て、珍しく宗景は老獪に笑った。その目は射抜くように直家を見ていた。そうだ。ずっとこの男は直家を意味のある視線で見ていたのだ。その眼差しは常に直家を辱めていたのだ。宗景は直家のそうしたすこしの怯えに気もつかないのか、指先を直家の頬に添える。ふと、彼がその気になればこの場で自分は命を散らすことになるのだと思った。
「お前は愛いな」
しかしながら、その指先は直家の頬から顎にかけてつうっと撫でる。しなやかだが逞しい指は直家の胸元を多少いじり、僅かに隆起した突起を抓った。
「あ……っ」
「誰もがお前を求めたはずだ。お前はその時どうした?」
珍しいことは続くものだ。普段ならばけしてしない昔話を直家に求める。かつてこの体につけられた傷の瘡蓋を、その爪先で剥がすようなことをする。
「いえ、そんな、お話しするようなことは、何も……アッ」
下から突き上げられ、思わず言葉が詰まる。体が言うことを聞かずひくりひくりと震え、きっと表情も苦悶に満ちたものだったろう。それを満足げに見た宗景は直家の肌を撫でた。そしてこう言うのだ。この傷をつけた男の話をしろと。ここにきて嘘をついても仕方がない。しかし、自らの体験をそのままに話すことはなかった。直家は少し俯き……そして、ぽつりぽつりと話し始めた。もう昔のことなどなんとも思っていないが、まるでさも今も血の滲む擦り傷を母親に見せるかのようにおずおずと話した。
初めて男に犯されたのはいつだったかなんて覚えていない。だが忘れているわけではないから、話すのは容易だった。宗景は表情を変えずその話を聞いていたが、直家が話し終わる前にその腰を掴み、ぬっと上体を起こした。
「お前は面白い男だ、ぬけぬけとよく喋る……その男はどうした。その手で仕留めたのか?」
「いえ、そんなことは……」
「どうだろうか、俺には見えるぞ。お前の足元に転がる骸がな」
そう言って宗景は直家の体を絡めとるように抱いた。烈しい責めはしばらく続き、やがて果てた。その間、直家はずっと考えていた。確かに最初にこの体を汚した男は殺しはしなかった。かといって彼が今も生きているかは知らない。直家が彼の死を望んだのは確かだが、だとすれば知らぬ地で命を終えたその男の骸すら、この足元には転がってしまうというものなのだろうか。お前の体は罪の体だと罵った男が、どのような顔をしてどのような声をしていたかすらもう覚えていないというのに。
そんなことを考えながら、熱のこもった空気を吸い息を整え衣服を整えていると、宗景がこんな言葉を投げてきた。
「お前には何が見えているのかな」
その問いに直家はしばらく黙っていたが、やがて少し笑みを浮かべるとこう答えた。
「何が、ですか……そうですね。強いて言うならば妻でしょうか」