ある日突然友人の体が女になったラウの受難

「最近風邪気味でね」
言い訳としては最悪な文句だ、とラウは思った。
風邪を引くのは悪いことではない。人の防御反応が正しく働いている証左だ。一方でそうならないように努めるのも人の仕事のうちだ。戦争と同じで、防御部隊をいかに出さずに戦いを終わらせるかは重要だと思う。
目の前にいる友人は、仕事だ研究だと生活を疎かにしがちだ。たまたまそれが今の社会に当てはまっただけで、もしも人間の価値が生活能力だけで判断される世界がきたならば、彼はたちどころに今の立ち位置を喪うだろう。それくらい雑然とした生活をしている。
だから、ラウは彼……ギルバートが風邪を引いたくらいでは驚かない。
問題はそこではない。
「この状態はなんだ」
ラウ・ル・クルーゼは今一度、眉間に皺を寄せる。目の前にはぶかぶかのシャツに身を纏った黒髪の女が、何食わぬ顔でコーヒーを飲んでいた。長いまつ毛に縁取られた目線はラウではなく、手元にある紙束に向いている。シャツの下に何か身につけている様子はないし、なんなら下半身は裸だ。脚を組んでいるからまだマシと言っていい。
「状態?まあ、おそらくあと二日もすれば全快するとは思うが…」
「そうかそうか。私はこれまで自分を無神論者だと思っていたが撤回するよ、今まさにここで無神論者になった」
「当然だ。神は人が作り上げた救済の一つだからね」
「私はそう言う話をしたいわけじゃない」
「君は一体なにを怒ってるんだ?ああ、服か。それについては申し訳ない、流石にこうなるとは思ってなくてね。有り合わせを着てはみたが外に出ることもできなくて私だって困っているんだ」
ペラペラと喋る口調からして、もしかしたらこれが初めてのことではないのかもしれない。そんな気のふれたことがあるのだろうか。
男であるギルバート・デュランダルが突如として女になることなんて。
だから、神なんかいない。いたとしたら趣味が悪すぎる。もし神が存在するとしたら一回きちんと話し合い、その上で殴り飛ばした方がいいと思った。
ラウは頭を抱えるように大袈裟にため息をつくと、ギルバート……とは思いたくないのだが、ギルバートだとされる女に言葉を投げる。
「何があったらそうなるんだ?後学のために教えてくれないか。今後一切お前をその要因に近寄らせない」
「気遣いは嬉しいが、これについては事故だからどうとも言えないな。ただの粉末状の試験薬をくしゃみで霧散させてしまっただけだから、本来こうなるのもおかしいはずなんだ。試験薬だからね。そんな効能があるならそれはそれで問題だろう」
「事故で体に女になるかね。まったく愉快な人間だとは思っていたが」
大体、来てくれと言ってきたのはギルバートの方じゃないか。それもすぐに会いたいだなんて可愛らしいことを珍しく書いてくるものだから、久しぶりにゆっくり酒でも飲んで話でもしようと多少は楽しみに足を運んだのだ。
まあ確かにこの状態であればすぐに来てくれと連絡はするだろうが、せめて何かあったかくらいは添えるべきだ。まさかギルバートがいつも座ってる椅子に知らない女がほぼ裸に近い状態でいつもと同じように座ってるとは思わないだろう。普段滅多なことでは驚いて声を上げないラウが、思わずそれなりの大声をあげたのはつい3分ほど前の話になる。
ギルバート本人はどこ吹く風でラウを迎えたし、いつも通り安いインスタントコーヒーを出してきた。ラウは、自分の視界を裸の女がうろついていることにさして喜びを見出さない人間なのだと改めて自らの思想に思いを馳せてしまうほどだった。
「まあ座りたまえよ」
喋り方が変わらないからこそ、事態を飲み込むのに時間がかかるのだ。ラウはもう一度ため息をつくとソファにどっかり座った。
「それで、君が早く会いたいと抜かしてきたのはそんな破廉恥な姿を私に見せたかったがゆえか」
「破廉恥だと?どこが破廉恥なんだ、どこが」
「それを破廉恥ではないという倫理観の世界を生きているのかお前は」
正直な話、もう帰りたかった。彼は確かに多少とち狂ってはいるが、そのとち狂い方を外に出すようになったらいよいよだ。仕事を急いで終わらせて急いで来たこともあり、徒労感も凄まじい。
「全く度量の狭いことだ。服については今見繕ってもらっている。おそらくもう少ししたら届くだろうね。居合わせたドクターが口の固い人間で助かったよ」
「その姿を他人に見られたのか。大丈夫なのか?」
少し、いや、じわりと滲むように感じるこの気持ちはなんだろうか。どのような状況で彼の体が女になったかは知らないが、他の男にその肌を見せたのかとつい思ってしまう。嫉妬だとすぐに気がついたが、そういう感情はもっと別の違うタイミングで覚えたいものだった。
ラウの心境に全く気がついていないギルバートは、能天気にコーヒーを啜る。
「心配はないさ。むしろ試験薬に入っていた未知の物質の解析でそれどころではないだろうね。私も本当は加わりたかったが、帰された」
「そうだろうな」
彼が所属する研究室を知らないが、こんな格好の女がいるような環境ではないことは確かだ。慌てた研究員たちの姿が浮かぶし、ラウがそう思うのはお門違いも甚だしいが、なんだか申し訳ない気持ちにもなった。
「……まあ状況はわかったがね、私を呼んでもなんの解決はしないだろう。話のタネくらいにはなるだろうが、そんなことを考える君でもあるまい」
常に正解を求めるギルバートの愚直さを言っている。この男は手段を選ばない。そういうところもラウが彼を好ましいと思うところだ。
「まあ、解決はしないだろう。だが気になったことがある」
「気になったこと?」
「どこまで女の体なのかが知りたい」
「は?」
突然の話にラウは思わずコーヒーカップを机に叩きつけるところだった。何を言っているんだと思ったが、ギルバートは一切の澱みなくこう続ける。
「意図的に霧散していない以上、薬品が均一に空気中に舞うわけがないからね。どこかで濃淡があるはずだ。現にこの体の見た目も、女というには少し薄いだろう?おそらく薬効が部分的にしか寄与していないと思うんだ」
「男の頃からお前は薄い体をしているだろう。そういうことではないのか?それに答えになっていないな。どうしてそこで私が出てくる」
「試したい」
嫌な予感がする。この男の知的好奇心は他の人間のそれをゆうに越している。それを駆動させる知能があるから余計に厄介だ。手がつけられない。
ギルバートはこちらに向き直る。頼むから足は開いてくれるなよと思っていたが、すでにチラチラと見えているのが忌々しい。
「私が女になっているかどうかを試させてくれ、君にしか頼めない」
ああ……最悪な形でそういう言葉を使うのか、この男は。本当にとち狂っている。ラウは再び大きな溜め息をつくと、こめかみを指で押さえこう呟いた。
「……お前は実はとんでもない馬鹿なのか?」

ワイシャツの下は、慎ましい乳房が並んでいる。確かに成長期の子どものような体つきだ。元々の身長を思えば二回り以上小さくなっているし、もしかしたら年齢に関する実験をしていたのかもしれない。そうであればラウも無関係ではいられない。女にはなりたくないが。
ギルバートはシャツを投げ捨てる。一糸纏わぬ姿で体をこちらに向け、視線を股に向けた。
毛が生えていない。本当に子どもの体なのではないだろうか。いよいよもって趣味ではない。しかしラウのそう言った思いはギルバートの好奇心の前にあっけなく崩されていく。
「先ほど、どうなっているか鏡で見てみたんだ」
「見るな」
「構わんだろう私の体だぞ。何をしても私の勝手だ」
悪人にうら若き乙女を人質に取られた気分になった。悪人はソファに座り、背もたれに体を預けると脚を曲げ局部を晒そうとする。極悪非道にもほどがある。
自分は潔白な人間ではないと思って生きてきたが、本当は潔白なのかもしれない。今日はラウ・ル・クルーゼのそれまでの人生を振り返り考えを改める日なのだろうか。少なくともギルバートと刺し向かってからはずっと自らを省みている。少しはギルバートも省みた方がいいと思うのだ。股の出来を見ている場合だろうか。
「ここから先がよく見えないんだ。もしかしたら子宮も卵巣もできているかもしれないし、膣すらない可能性もある。私のこの指じゃわからなくて」
「指を突っ込んだというのか君は」
なんてことをするんだ、とラウは存在しない目の前の少女の味方をしてしまった。少女は悪そうに笑う。実際に悪意がないのはよくわかっている。しかしラウは知っているのだ。悪意がなければ許されるわけではないということを。
「まあ、入ったからね。どうだ?見たところ陰唇はしっかりとできていると思わないか?」
「できてはいる」
事実を述べることしかできない自らの無力さを呪った。どうにかして彼の興味を他にずらしたいのだが、この状況でそれを打ち出したところで聞きもしないだろう。やらずとも目に浮かぶから、やらない。
案の定ギルバートは自らの陰核のまわりをふにふにと押しながら更に奥に指を這わせる。腹が立つのが、少しだけそれを痴態だと自分が思い始めているところだ。薄く柔らかそうな色を湛えた女陰は湿度を帯びているのが触らずともわかった。
……ギルバートの素肌を見るのはこれが初めてではない。いや、女の姿では確かに初めてだが、彼が本来の姿であった遠く懐かしい頃……厳密に言うと一週間も昔の話ではあるのだが、その日だってラウはギルバートと寝た。その日その日で互いの興味を潰す戯れのようなセックスをするこの関係をどう説明すればいいかはわからないが、今のところ人に説明する機会もないからそのままにしている。
ギルバートもラウも、男に抱かれたことがあったと言う共通点があった。互いにそれは昏い記憶だったはずだが、まるでそれぞれの色で互いに塗りつぶすように関係は続いている。
正直な話、ギルバートがもしも女ならば、若しくは自分が女ならばと全くもって思わなかったかといえば、それは嘘になるかもしれない。別に自分たちの関係に名前が欲しいわけではないはずなのだが、そうすれば楽なのかもしれないとどこかで思っていたのはある。
もしも神が存在し、ラウのそういうどっちつかずの考えを嗜めるためにギルバートをこうさせたのであるならば、やはりラウはその神とやらを殴りたいと切に願った。蹴ってもいいかもしれない。
「よくできていると自分でも思う」
ギルバートの生白い胸元をゆるく癖のついた黒髪が飾る。元の声よりもやや高く、それでいて落ち着いた甘さのある声は、こんな頓珍漢なことさえ言わなければ、きっと誰もが振り向く構成要素となりえるのではないだろうか。
「それでこの中の話なんだけれど」
「嫌だ」
「まだ全部話していないのだが」
「何が悲しくて友人の股に指を突っ込まねばならんのだ。少しは私の気持ちを考えろ」
そうだ。ギルバートはおそらくこの中が本当に女になってるのかがどうしても知りたいのだろう。ラウとしては知りたくないと思っていて欲しいのだが。
ギルバートはふと真面目な顔でラウを見て、論文の一節でも誦えるようにこう言った。
「これは私見だがね。私は男女の友情は成立しないと思っている」
「ふざけるなよお前」
「ふざけてなんかないさ。もし私の体がこのままならば、使えるものは全て使わなければ」
それをふざけているとラウは思うのだが、思想の相違と言うものは常に起きがちで、落とし所を作ることこそが肝要であるという普段の会話を思い出してしまう。
「もしかしたら子を成せるかもしれない」
「自分が何を言ってるのか理解できているのか?」
ラウの言葉に、ギルバートは彼がたまに人の噂を聞いた時にする人を小馬鹿にしたような表情をしてこう答えた。
「痛いくらいわかってる」
これ以上押し問答をしていても仕方ないのかもしれない、とラウは思った。一回痛い目を見た方がいいのかもしれない。幸い、無理をする関係でもない。というより、関係の維持に無理を感じたことは少なくともラウはない。きっと途中で嫌になったらギルバートの方からやめようと言い出すだろう。いくらどうかしていても、倫理観が欠落していても、自らの快不快すら口に出せない愚か者ではないのだから。
「……わかった」
ギルバートの隣に座り、膝の上に乗るよう促した。薄い体がラウに跨ると、当然のように抱きついてきた。髪の毛が肌をくすぐる。
「おい」
「どうせこのあとするだろうから」
「いつそんなことを言った」
ギルバートは嬉しそうに笑う。もしかしたらこいつはとんでもない愚か者なのかもしれない、そういう疑念すら出てくる。最後の砦を簡単に壊さないでほしい。それは子どもが戯れに作る砂の城ではなく、ラウの人間としての防衛線の最後の支城なのだ。
「……するものだと思っていた。私はしてみたい」
そんなことを言うな。そういう言葉はもっと限られた場所でだけ効果を発揮するものだろう。そう思うが、ギルバートにそんなラウの倫理観は通じないようだ。
そうであるならば。
「ん、あ」
ギルバートを戒めるように体の動きを封じ、その身に愛撫を与える。こんなこと、今更恥じることでもない。
少なくともラウの指が伸びる範囲は、その身は女のようだ。ギルバートの表情は伺えないが、その唇から漏れる吐息が全てだろう。ああ、早く飽きて仕舞えばいいのに。
「ラウ、もっと」
「正気か」
黒髪が胸元に埋まり、その後その中からじっとこちらを見る。黄昏色の眼差しはじっとラウを見ていた。誰よりも願わない女の目だ。そんな目で見るなとラウが眉を顰める前にギルバートはこの身に体を預ける。
「なあ、私は女であるか」
今更、今更そんなことを訊くのか。女陰の裏を指先でなぞると跳ねる吐息。それを持ってまだ自らの体になんらかの意思を持つというのか。
「だとしたら、君はどうするんだ」
「決まってる、君の子が欲しい」
なんてことを言うんだ。ラウは自らの行いを全て恥じるよりも大きな行いをしているではないか。それまで能弁を垂れていたのは誰のためか、考え直す必要がある。
「……本気か?」
それしか言えない自らの欲望が憎たらしい。
もっとあっただろう。彼は、彼は友人だ。同じ目線で全てを見ていただろう。それは違ったとでもいうのであろうか。ギルバートはもっと違う目線で、世界を見ていたのか。
「お前の子なら100人欲しい」
ほら、この男はそういうことを平気で言うのだ。それまで彼を理解しているつもりでいたかもしれないが、それは間違いだとどこかで自分を嗜める声が聞こえる。
ギルバートはそういう人間だ。滅多に人に心を開かないが、開いた人間にはすべて預けてしまう。その危うさを、好ましく思うのだ。だとしたらラウができることなどほとんどないに等しい。
「お前と100回したくない」
「そう言うと思った」
そう言って、どうして二人で笑い合ってしまうのだろうか。こんな趣味の悪いことで笑うなんて。それはきっとこのとち狂った友人が時の気まぐれで女になっているからであろう。そう思って彼の体を掻き抱いた。昔、初めて彼の肌に触れた時にされたように。
あの時は……安心して人肌に触れることなんて、自分の人生ではもうないことだと思っていたから、きっとこのギルバートという男も自らの体を蝕むだけなのだろうとたかをくくっていた。実際、キスされるまではそう思っていたと思う。だが彼は何度か啄むようなキスをした後、急にこんなことを言い出したのだ。
「君は何か違う」
普通ならばお眼鏡にかなわなかっただけのその言葉は、彼の中では何か違う意味のある言葉だったらしい。
彼に抱かれることもあったし、彼を抱くことすらあった。ギルバートの過去を伝聞ながら知っている今ならば、彼もまた蝕まれた一人としてラウを見ていたにすぎないのだろう。その唇が今は少し形を変えてこう言うのだ。
「やはり君は少し違う」
ラウに安心しているのだろう。体重を預ける女の体は、元の姿でも軽いというのにさらに軽い。ラウの首筋に懐いた猫のように鼻を寄せる彼の背中を撫でた。知らない女の体のはずだが、昔から知っている。ギルバートはラウの体を求めてあちこちにキスを落とす。
背中から女の割に薄い尻を撫でる。先程まで本人が弄っていた女陰の周りの湿り気を指で追った。もうすっかりその空気に呑まれているが、それを役得と思えるほど愚かになりきれない。ただこの困った友人の言動の一つ一つは、悔しいがやはり面白いのだ。
「あ」
ギルバートのうすら赤い唇から甘い吐息が漏れる。小さな乳房を震わせ、ラウにしがみついてくる。指をゆっくりと女陰に潜り込ませると、ギルバートが言っていたことの意味が少しわかった気がした。狭いのだ。指が入らないとまではいかないが、やはり体の出来に関して言えば大人のそれとは言い難い。探るように挿入した指先を動かす。ギルバートの息が少しずつ上がり、わずかに腰が跳ねている。
「ラウ……」
緩い愛撫ですらひくひくと体を震わせしがみついてくる。彼を奔放と思ったことはないが、ラウから与えられるものは大抵素直に受け取るのだ。いつもこうやって。
ラウの肩口に頬を押し付け、次なる刺激を求めて時折頬擦りすらしてくる。元の姿の時もここまで素直に強請ってきただろうか。ああ、やはり彼のこんな姿を他の男になど見せられない。乱れる肌はラウだけが知っていればいい。独占欲と謗られようが、名前を望まぬ関係にそぐわぬ感情だと罵られても構わない。
「ん、ラウ、あ」
互いの熱をわかちあい、戯れあいの延長のような愛撫を交わし、やがてギルバートの体は絶頂を迎えた。
汗に濡れたひくつく体をソファに寝かせ、先ほど彼が投げ捨てたシャツを暫定的にかけてやる。ギルバートはとろんとした表情で寝そべっていたが、ラウがシャワールームに行こうとするのを察知したのか身を起こす。
「まだ終わってない」
不服そうにそう言ってくる。ギルバートからしたら好奇心の全てを潰してはいないだろうが、今の彼を抱くつもりは、やはりない。
「女の体で知りたいことはだいたい分かったんじゃないか?」
そう返すと、む……と言葉を用意するような息を漏らした。ラウは笑ってギルバートのそばに座り、その髪の毛を撫でた。淑やかな黒髪はラウの指先を受け入れ、黙って梳かれている。
「ギルバート、私は君がどんな姿でも多分好きなのだと思う」
「……」
「君は答えを急ぎすぎなんだ。自分の姿が女になったからと言って、私との関係を無理に深めようとしなくてもいいんじゃないか」
二人でいることに名前などいらない。ましてや、誰かにその名を与えられるなんてまっぴらだ。ギルバートは黙ってそれを聞いていたが、やがてぽつりとこう呟いた。
「もう戻らないかもしれない。だとしたら君と一緒になりたい」
「……君はそれでいいのか」
「ラウしかいない」
当然、彼には彼の悲哀があるのだろうが、そうだとしてもやはり答えを急ぎすぎている。全てのことに答えがあるとは言い切れないし、その答えまた、道筋がなければ成立しないものだってあるというのに。
その時、けたたましい音と共にギルバートの持つ携帯端末が呼び出し音を鳴らし始める。ああ、着替えでも届いたのだろうかと思っていると、ギルバートはのそりと体を起こして応対した。女の声であってもやはり話していることはギルバートの言葉だ。彼はしばらく何かを話していたが、やがて端末を放り投げてこちらに身を預けてきた。
「成分解析が終わったそうだよ。どうやらこの体は一時的なものらしい。半減期もそう長くないそうだ」
「……それはよかったな」
こくりと頷く横顔が、可愛らしいと思えたはずだった。こんなとち狂った事態も、二人の関係について考えを更新するいい機会になったじゃないかとすら思えてきたところだった。
そう終わればよかった。
しかし目の前の狡猾な悪人は、まるで反省をしていない。彼は顔をあげ、ラウに抱きつくとこんなことを言い始める。
「だから」
嫌な予感がする。頼むからもう何も言うなと願ったが、ギルバートは簡単に口にしてしまうのだ。責任もなくそんな言葉を。
「やはり最後までしよう。今じゃなきゃできない」
「お前は…………」
ラウはしばらく黙ったまま目を閉じていた。彼に相応しい罵詈雑言を考えていたが、やがて目を開けこう返すしかなかった。
「やはりとんでもない馬鹿だな」