階層:?
今まで見ていたものが夢だったのか、それとも今目の前に広がるこれが夢であるのか、はたまた総て夢の中の話なのか、今のⅤには理解できなかった。足元が崩れ落ちるような自身の存在への疑いが、今になってⅤの体に響く。そうでなくてもこの体は脆い。疑えば最後崩れてしまいそうなほどに。
「っふ……ア、いやだ…」
無数の突起を持つ触手がⅤの体に絡み付いては、しつこいほどの愛撫を繰り返す。突起には正体不明の粘液が絡み、Ⅴがその快楽から逃れようとするたびに厳しくその痩躯を責め立てる。甘美なそれは今のⅤにはとても苦く飲み下せない。すでに貫かれていることを知るこの体ですら、突かれるたびに新たな門を開きそうになる。
ただ快楽を享受する人形になれるものならば、どれだけ楽なのだろう。全てを放り出し、自ら腰を振り、この責め苦を楽しめれば、どれだけ幸せでいられただろう。
「…どうせならば…、そこまで、変えて欲しかった…な……っひ、あ、やっ…」
体を弄ることはできても精神に手が伸びないということは、おそらく下級悪魔なのだろう。それでもⅤは抗うことはできても打ち倒すことができない。むしろ抗うことでさらなる悦楽の地獄を与えられてしまう。無力だ。こんなに無力だなんて思ってもいなかった。
「うふふふふ、心配しなくてもすぐにわたしの人形にしてあげるわ…可愛いタトゥーのお兄さん…」
地の底から響く声は、すでに見知ったそれではなくなっていた。機械仕掛けのようながちゃがちゃした声がⅤの脳髄をゆさぶる。息を切らしながらその声を辿って自らを蹂躙する塊を見る…おぞましい植物様の悪魔だ…顔のない…うねうねとした…言葉ではとても言い表すことのできない吐き気を催す邪悪な存在だった。普段ならば、なんとか魔獣たちと力を合わせて戦うことができるだろう。しかし彼らはいまⅤには感知できない。その気配の不在にⅤはまるで赤子の様に非力で、ただ絡め取られ、体を嬲られ、何度も何度も貪られることしかできない。細い触手が何本もⅤの秘部を貫いてはうねうねと動く。ゴリゴリと前立腺を刺激され、何度も達しているはずなのに、ふしだらにその刺激を期待している肉体に潜む抗いようのないそれこそ悪魔とでも名付けたほうが良いのではないかとすら思う。
「…あっ、あ、あ…」
触手が出入りし奥を突くたびに、情けない声が喉から、口から、舌を転がり落ちていく…。
階層:地上
目覚めるとⅤは見覚えのない鬱蒼とした森の中に横たわっていた。体を起こすと、鳥の鳴く声が遠くで響く。木々のざわめく音が太陽の光に乱反射しⅤを歓迎するかの様にはしゃぎだした。Ⅴは首をかしげる。こんな場所は知らない…というよりも、いつからここにいたのかもわからない。木の根に寄りかかる様にして随分と眠っていたらしい。体が軽く疲れも幾分取れている様に思えた。それに反比例して目の前に広がる平穏な風景が鮮やかなスクリーンの映像のように不気味にⅤの脳を混乱させる。
…そういえば。Ⅴは虚空に呼びかける。グリフォンなら何か知っているかもしれないと思った。しかしあの美しい羽を持つ悪魔は一向にその姿を現さない。舌打ちをする。どうせ体から勝手に抜け出したのだろう。それではシャドウはどうかと思ったが、シャドウも気配すら感じない。ナイトメアも同様だった。Ⅴは訝りながら体を見回す。契約のタトゥーは…消えていない。髪の毛も漆黒に染まっている。彼らは常にⅤと共にある…少なくともⅤの願が成就するまでは。それだというのに、なぜ彼らはⅤの前から姿を消したのだろうか。周辺を改めて見渡す。木々が苔生して静かに言葉を拒んでいた。どこかで水の滴る音が聞こえる。雨上がりだろうか…空を見上げるが、木々の枝葉に遮られ、木漏れ日しかⅤには映らない。どうやら晴れてはいるようだ。
幸い隣の大樹の根元に肌身離さず持っていた本と杖はあったから、それらを拾い上げると道を探す。ここに留まっていても仕方がない。ならば進むしかないのだ。
とはいえ、目に見えた道なんて都合よくあるわけもないから、なんとなく木々の間を縫って歩く。足元が覚束無く苔に何度も足を取られそうになったが、なんとか歩を進めていると、急に視界がひらけた。
「……ここは」
そこにはやはり見覚えのない白壁の美しい屋敷があった。あたりを芝生に囲まれ、煉瓦色の屋根がまぶしい。窓の数と高さから推定すると大体二階建ての小ぶりなそれは、貴族の別荘だと言われればそのまま納得出来そうなものだった。
Ⅴは立ち止まり耳をすます。人の声はしない。今は出払っているのか、それともすでに廃屋になっているのか…レッドグレイブ市の惨状から察するに、もしかしたら住民は逃げ出した後なのかもしれない。
ここがどこかも、いまが何時なのかもよくわからないが、夜になったらこの屋敷の一部屋を拝借しようと一人頷くととりあえず屋敷の周りを歩いてみることにした。
小綺麗によく手入れされた青々とした芝生を抜けると、先には小屋がある。使用人でもいるのだろうかと石段を登り覗いてみたが、そこには庭仕事の道具と簡素な机と…壁には女が黒猫を抱き微笑む絵が飾られているだけだった。人の気配はしなかったが、今しがたまで誰かがいたと言われても疑う余地はない雰囲気だ。どこに行ったというのだろうか。人がいないのならばそれに越したことはないのだが、事情が事情だ。何か説明が欲しいところではある。
小屋を出て石段を下りる。屋敷の裏手には立派な煉瓦造りの花壇があり、やはり丹精込めて育てられているのだろう大きな白薔薇が植わっていた。蕾は赤く色づいているが、花は雪の様に白い。可憐だが強い意思すら感じるその薔薇にⅤは心当たりがあった。
「フラウ・カール・ドルシュキか……趣味がいいな」
そこにいないその屋敷の主人の選択を褒め、Ⅴは白薔薇に手を伸ばす。どこかの国では二つとないという意味の名前を持つその白い薔薇は、かつて子どもの頃教えられた花の名前の一つだ。何にも染まらない純白さは、Ⅴには持ち合わせていないものだと自分で思う。
そのあまりの潔白さにわずかに微笑み花弁に触れようとしたまさにその時、バチッとまるで弾く様にそれはⅤを拒んだ。
迂闊だったと後悔したが、それよりもⅤの好奇心と少しばかりの正義感のようなものが屋敷…いや、この目に映る世界への興味を煽る。
「…結界か…? ということは、屋敷も…?」
踵を返して屋敷のドアの前へ急ぐ。魔力は特に感じないが、何かがいそうだと言われれば、それに対して何もいないなんて楽観的なことは言えない。もしかしたら気がつかないだけでこの先は悪魔の巣窟なのかもしれない。であるとしたら今すぐに排除すべきだ。だが…。
「俺にどうにかできるのか?」
人知れず自問する。グリフォンもシャドウもナイトメアもいない自分が、仮にこの屋敷に悪魔がいたとして…それと対峙した場合、間違いなくこの魂は壊れてしまうだろう。そうでなくても不完全な存在だし、そもそもⅤ自身に選択できる攻撃の手段は少ない。最悪肉弾戦となるが、それだけは避けたい。
「……いや、行こう」
自らを奮い立たせる様にそう言う。もしも手に負えそうにないのならば逃げればいい。それに…もしも魔獣たちの手がかりがあるのならば、進む以外の選択肢はなかった。
Ⅴは立派な鉄製のドアノブに手をかける。思ったよりも軽く、まるで誘い込む様に簡単にドアは開いた。キィという高い音がそれを物語る。
エントランスは広く、美しい調度品や絵画が上品に飾られている。床には埃の一つもない。明かりは灯されていないが、大きな窓から陽の光が差し込んでいるから十分に部屋の中を見渡せる。
「…ほう、悪くないな」
目を細め一歩前に踏み出す。悪魔がいたとしてもこの広さならばなんとか切り抜けられるだろう。それになんだかとても居心地のよさそうな雰囲気すら感じる。
その瞬間だった。
先ほどの白薔薇からのショックが静電気だとすると、まるで雷に打たれたかのような衝撃がⅤを襲う。頭に雷鳴のような爆音が響き、思わず身を翻そうとするがすでに遅かった。視界が白み、なんとか意識だけは飛ばさずに済んだが…気がつくとその衝撃はⅤを嘲笑うようになりを潜めた。
「…なん、だ…?」
とっさに腕で隠した目があたりを視認する。別段変わりはないように見える…が。むしろ変化があったのはⅤの体だった。
「……どういうことだ?」
Ⅴの衣服が弾け飛んだかと思ったら、まるで女性ものの下着のような…それもなんだか妙に淫靡なそれに変わっている。股間は心もとない黒い薄手のてらてらとした生地の布で覆われている程度で、尻に至っては感覚から察するに丸出しだ。胸元も乳首を隠す様子もなくいやらしく開いている。これならばむしろないほうがましなのではとすら思う。せめて胸だけでもどうにかならないかと指で生地を引っ張ってみるが、何故かしら脱げないどころか、むしろぴったりと吸い付く様にⅤの体を包む。杖と本を取り上げられなかっただけマシというところか。
「前言撤回しよう…趣味が悪いな…」
どういうことだか意味が分からない。ただ、悪魔の仕業だということだけはわかった。振り返るとそこにあったはずの扉の輪郭がうすぼんやりと滲んでいて、Ⅴが触ってもその指はむなしく空を切った。わかりやすい罠にかかった自分も大概だが、それにしてもなにがしたいのかがわからない。
ひとまず歩き出そうとして、Ⅴは思わず体勢を崩しかけた。
「…これは」
Ⅴの足には…やはり女物の、高いピンヒールがぴっちりと覆っている。脱ごうとしたがこれも脱げない。なんてことだとつぶやくと、杖をついてやっとのことで立ち上がった。
見たところ少なくとも二階建ての建物に見えたが、エントランス付近には上り階段の様なものは見えない。ハリボテのようなものか…悪魔が見せた幻影に違いない。
慣れないヒールに苦戦しながら、なんとか壁を伝い、杖を容赦なく床に突き立てエントランスホールの奥へ進むと、忽然と下り階段が現れた。いつからそこにあったかはわからない。これも幻影か…と思い、恐る恐る足を踏み入れると、ぎしりと音が鳴りⅤの体重を受け止めた。
「地下に何かあるのか…」
転落しないように気をつけながら暗い地下への階段を降りていく。ぎしり、ぎしりという音は確実に地下へと消えていった。
その時。
「うふふ」
階下から、たしかに少女の声がした。
階層:地下一階
地下は暗く洞窟のようだった。ところどころ明かりが灯るが、電気が通っているようには見えない。おそらく魔力の類いだろう。
やっとの事で階段を降りきったⅤは、床に不自然に赤い絨毯が敷
かれていることに気が付いた。石のむき出しの坑道のような部屋には明らかに場違いなそれは、地上の部屋と同じくやはり不自然に埃の一つも落ちていない。
見せかけの床かと思い恐る恐る足を乗せると、少しだけ魔力を感じた。体重をかけても消える様子はない。ならばと思い切って乗ってみる。
その瞬間…ふわりと、それでいてしつこいような甘い香りがⅤを包む。そして、あからさまに周囲の雰囲気が変わったのを感じた。
「なんだ…?」
しかし例えば悪魔がいるだとか、部屋の形が変わっただとか、明らかな変化は見られない。どういうことだろうとあたりを見回す。地下室はその一部屋のみで、続く廊下や階段などは見られない。
悪魔もいないということはなにか他に手がかりがあるのではと歩きにくい靴に内心舌打ちしてのろのろと足を進めると、だんだんと体が不思議と熱くなるのを感じた。
「…なん、だ?」
じわりじわりと影を落とすそれは、次第にⅤの体を確実に甘く蝕む。
「…ん」
Ⅴの背中に冷や汗が浮かぶ。突然起きた異変に動揺を隠せない。その感覚にⅤは全く身に覚えがないわけではない。確かにないのだが…。
それは間違いなく甘い甘い快楽を求める体の本能だ。どういうカラクリかは知らないが、それを増強させる何か仕掛けがあるに違いない。床の赤絨毯が嘲笑うように微弱な魔力を発している。これが原因かと杖で突き刺すが何も起こらない。ばかりか余計にⅤの体にどくんと何か余計なものが注ぎ込まれるような感覚に襲われる。
少しずつしかし確実に蓄積される不穏でいて甘く苦い情動にはあはあと息が切れ始め、遂に膝をつくと、少しずつ隆起した性器が布地を持ち上げ、その存在感を増していることに気がついた。そして卑猥に開いた胸元の乳首も、薄い桃色をさせてぷくりと膨らんでいることも知った。挙げ句の果てには下腹部のタトゥーの上からまるで塗りつぶしたように濃いピンク色の模様が浮き出てきている……悪魔の催淫か、考えたくはないけれど。
「くっ…下劣な…」
刺激を求めるそれらはかすかな衣擦れですら絶頂を迎えそうになるほどで、Ⅴの苛立ちと侮蔑の言葉に聞く耳を持たず甘い快楽を齎している。
思わず性器に手が伸びるのをなんとか一度は抑えたものの、ゆるゆると指がⅤの意思に反してそこをなぞり始める。
「っや…、あ…だ、だめだ…」
一度触り始めると、更なる刺激を求め自然と腰が動く。だめ、だめと頭では考えているのに、Ⅴの細い体は今性の香りをまき散らし震えることしかできない。てらてらとした黒い布が先走りで汚れ、更なる漆黒にいやらしく染みを作る。犬のように這いつくばり布越しに性器を扱く。もはや覚えたてのように弄ることしかできない。
「いやだ…っ」
必死に首を振るが、迫る絶頂を期待する指が、掌が、性器が、体中がもはやⅤの意思をまともには受け取らない。にゅくにゅくとそこを擦ることで、Ⅴの中に押し込めている獣のような性的衝動がむくりむくりとその理性を吹き飛ばし始める。
「あっ……ああ、あ…っ」
体中に電流が流れたように体を跳ねさせ、Ⅴはぺたりと床に臥すとあっけなく達し、下着の中にびゅると吐精してしまった。はあ、はあ、と息を吐き、背徳感と虚脱感に支配された心をなんとか奮い立たせふと見ると、行く手に先ほどまではなかったはずの…さらに下に続く階段が、まるで急かすようにⅤの目の前に存在した。
「進めということか…?」
立ち上がると、どろりと精液が下着の脇から零れ落ちる。その感覚にぞくりと肩を震わせ、思わず膝をつきそうになった。一度床に落ちた視線を再び階段に移す。
「…?」
階段の前に、白い袖なしのワンピースを着た…年の頃10歳前後と見える色の白い少女が立っていた。先ほどまでは気配すらなかったのに。彼女は何でもないと言うふうにⅤの元に近寄る。おかしい。そんなはずはない。こんな場所でまともにいられるはずがない。そして気がついた。彼女の表情が、口許以外不自然に影で覆われていることに。その唇はたしかに笑っていたが、貼り付いたコラージュのようだった。彼女は人間ではない。Ⅴの本能が告げていた。しかし今の自分では戦えない。戦えないどころではない、逃げることすらできない!
彼女は無様に性に悶えるⅤの目の前にやってくると、小鳥が囀るような声で囁いた。
「お兄さんはなにに怯えているの?」
「…さあ、俺にもわからないな。お前にはわかるのか?」
気丈に言葉を転がし見上げるが、少女の闇に染まった表情に内心慄くことしかできない。彼女はⅤの問いには答える気もないようで、ふうんと少女らしい吐息を漏らすとその掌をそっとⅤに見せた。
「お兄さんの大事なもの、もらったから。返してほしかったら私と遊びましょう?」
「…! それは……! 返してくれ、今すぐに!」
それは間違いなくグリフォンとシャドウ、そしてナイトメアだった。少女は後ろ手に彼らを隠すと、うふふと笑いハッキリと言う。
「いやよ。こんなに可愛い子たち、レイシー生まれて初めて見たわ。返したくないの…だから」
「だから?」
苛立つⅤを制するようにレイシーと名乗った少女はⅤを指差して言う。
「おにごっこしましょ、タトゥーのお兄さん? レイシーが負けたら、ちゃあんとこの子たちを返してあげる。お兄さんが負けたら…レイシーと一生ここで暮らす! 約束よ?」
「…わかった、俺が追いかければいいんだな?」
一度この屋敷に入ってしまった以上、彼女の提案を呑まないという選択肢はなかった。彼女を素直に信じるわけではないが…なんとか勝つしかないだろう。少女はコロコロと笑うと、じゃあ逃げるね! と叫び階段に向かって走り出した。トタトタという音が少しずつ遠ざかっていく。
「…追うしかないな」
分の悪い賭けだ。だが仕方ない。Ⅴは自らの体を奮い立たせ、少女の後を追って行く。
階層:地下二階
なんとか階段を降りきったⅤは絶望することしかできなかった。
「同じ部屋…」
暗がりで判別はつかないが、同じような空間が広がる。そしてレイシーどころか人影すら見えない。無限回廊の類かと思うと、出口のないそれに少しばかり背筋が寒くなる。まだ下半身はひくりひくりと蠢いている。妖しげな模様も依然として消えていない。どうやらしばらくは続きそうだ。魔力によるものとはいえ、そうでなくても動きづらいというのにこれは難儀しそうだとため息をつく。
「また同じ…なのか?」
あのはしたない自分の姿を思うと少しばかり気が引けるが、今度は特に床を踏んでも何も起こらなかった。あの淫靡な魔力が爪先から駆け上ってくる感覚もない。
ゆっくりと床を踏みしめ暗がりに目を凝らすと、さらに地下に伸びる階段が姿を現した。この階には何もないのか、と少しばかり安堵してさっさと階段を降りようとすると、刹那Ⅴの足を何かが掠める。
「!」
驚いたⅤが咄嗟に足を動かすと、見えない何かがⅤの足を、腕を、腰回りを掴み、すっと少しばかりその痩躯を浮かせた。脚に絡みつくそれが触手状のものだと気が付いた時には、脚を開かれ疼いている下腹部が丸見えになる。
「ま、待て、なに…を!?」
言い切る前に、Ⅴは見てしまった。暗がりから現れたそれを。それは何かをゆるゆると震わせながらⅤにゆっくり近寄ってくる。Ⅴは思わず唇をかみしめる。その恐怖に染まった翠色の瞳をそらすことだけがどうしてもできない。触手の先はブラシのような毛が生えていて、ぬるついた何かが滴り落ちている。そしてそれは悪意を持ってⅤの体に近寄ってきた。
「ひっ……! やめ、ろ…!あっ…」
その触手がⅤの下腹部を撫でる。そのブラシのような何かが敏感になっている下腹部から性器を伝い、後ろの方まですっと降ろされ、Ⅴは声にならない悲鳴をあげた。
息を吸って吐いて、なんとかその刺激に耐えたところで気がつく。触手は一つではなかった。一つどころの騒ぎではない。無数のそれらはそれぞれに形の違うブラシを持ち、Ⅴの様子を伺っているようであった。じりじりと寄ってくるそれらに、無駄な抵抗とはわかりつつも体を捩らせてしまう。
「よ、せ……っ!」
しかしⅤの言葉を当然聞くことなく、情け容赦なく触手はⅤの体を弄り始めた。ベタベタとした液体がⅤの身体中を包み、少しずつ熱を持ち始めた。毒かと思ったが、じんわりと熟れるような、下半身に血が集まるような感覚でそれが催淫剤のようなものだとⅤは悟った。それと同時に先程の淫靡な悪夢を思い出し血の気が引く。もうあんな痴態は晒したくないと抵抗を続けるが、ブラシを持つ触手はⅤの顔や首筋、腋や背中や肩を辿り、先程からぷくりと主張する乳首を布越しに責め始める。
「ア…ッ!」
絵の具筆のようなブラシを持つ触手たちが、乳首を押したり舐るようにくるくると円を描いたりとひっきりなしに責め立てる。
細くうねうねとした触手たちがⅤの身につけている布地を引っ張り、あれほどⅤが試みても動かせなかった下着をあっけなく解くと、露わになった乳首と物足りなさそうに勃ち上がる性器をちろちろとくすぐるように刺激し始めた。
「いやだっ…あっ、あ…!」
拘束されまるで玩具のように扱われる不快感と、早く達してしまいたい欲求とがないまぜとなりⅤの思考を音を立てて犯す。すると刷毛のような大きなブラシ状の触手がいつのまにかⅤの露わになった後ろに充てがわれていた。
「ま、待て、それだけは嫌だっ! やめ、や、あ、ひぐっ…」
Ⅴの情けなく懇願する声をまるで嘲笑うかのように触手はⅤの蕾に侵入する。触手の中に先ほどの催淫性の粘液が浸出しているのだろう、どくりどくりと脈を打ちそれがⅤの中にとめどなく溢れる。体内に入ることで急速に催淫効果が回ったのか途端に体が燃えるように熱くなったのをⅤは絶望とともに知った。ぬち、と卑猥な音を立ててブラシがⅤの中をかき混ぜる。角度が変わるたびにあられもない声を上げ、悶えることしかできない。
「う、あっ……」
同時に筆状の触手たちがやわやわとⅤの性器を弄ぶと、達してしまいそうで達せないもどかしさで思わず腰が動きそうになる。その時ごり、とⅤを貫く触手がなにかに触れた。瞬間Ⅴの体がその意思に反して大きく跳ねた。
「ああっ…!」
前立腺を発見した触手はしつこいようにそこを責め立てる。ブラシの先で突いてみたり、ぐにぐにと撫であげてみたり…その度にⅤは悲鳴をあげる。
「ひ、あ、やっいやだ、いやだ…!」
高まる絶頂の気配にⅤは何度も何度も否定の言葉を口にした。言葉にすればするほど、身体中の血が逆流するような高揚感が襲いかかる。引っ掻くようにそこをなぞられた瞬間、Ⅴは体を震わせ声にならない悲鳴をまたあげた。
「あ………っ」
達したはずなのに侵入しているブラシはなおのことⅤを責め立てる。
「いやだ、やめろ…も、イって…あぁっ!」
何度も絶頂を迎えさせられる苦しみを察してⅤはじたばたともがくが、触手はそれを愉しむようにその痩躯を弄ぶように這いずり回る。
触手がいなくなったことに気がついたのはどれだけ絶頂を迎えたあとだっただろう。Ⅴが体を起こすと鈍い痛みとともに周りを静寂が包む。
剥がされたと思っていた下着はまた何故かしらⅤの体を纏っている。引っ張るが、それはまるで岩のように動かない。ともかくこの部屋にはもう何もいないようだ。散々弄ばれた後だが…ほっとしてなんとか立ち上がろうとした矢先に、それを嘲笑うように足音が階下から響いた。
「……趣味が悪い…」
わざわざ待っていたということか。レイシーは本気で逃げるつもりはないらしい。その痴態を敢えて楽しんでいるようにも伺える。後ろに塗りたくられた妖しげな液体が太腿を伝う。下腹部に刻まれた模様は薄くなったがまだ消えていない。これ以上責め苦が続くのなら諦めたくなる気持ちもないことはないが、それだけはしてはならないとⅤは自らを奮い立たせる。
「行くしかないか…」
杖を床に突き刺し、よろよろと階下に向かう。
階層:地下三階
はあはあと息を切らし、Ⅴは脚をガクガクと揺らしながら階段を下りていく。レイシーはそんなⅤを嘲笑うように階下でⅤを待っていた。その掌には相変わらずシャドウとグリフォンの気配が握られている。
「返せ…返してくれ…!」
少女はその唇を不自然に歪めるように笑うと、Ⅴの手をひらりとかわした。
「タトゥーのお兄さん、残念でした! わたしはこっちよ!」
そういって踵を返すと、部屋の奥まで走って行ってしまう。パタパタという軽い足音が、暗闇に絶望とともに響く。
今のⅤには追うことすらできない。慣れないヒールの上に、彼の下腹部には依然として妖しげな印が浮かび上がっているし、前も後ろも精液と謎の粘着質な液体でべっとりと汚れている。もうこのまままた蹲ってしまいたい気持ちのほうが強いが、彼の選択肢にそれはない。取り返さなければならないから。
部屋のだいたい中央に辿り着いたときに、どこからか少女の笑い声とともにこんな言葉が飛び出した。
「そんな必死になって追いかけてくるなんて可愛いお兄さん…じゃあ、私のペットと戦わせてあげる! 勝てたら返してもいいのよ!」
べちょ、と天井からなにかが降ってきた。それは蛍光色の、緑色やピンク色など様々な色をした…不定形なスライムのような…いや、スライムそのものだ。それが、まるで意思を持っているように、Ⅴに近寄ってくる。
「大したペットだな…」
不敵に笑って見上げてみるがその顔は引きつるしかなかった。今のⅤに戦う手札はない。どうあがいても敗北する未来しか見えなかった。杖を持ち戦う姿勢だけは見せたが、もうこれからの事態など想像もできない。せめて魔獣たちがいてくれたらと思うが、タトゥーだけが虚しくⅤの体を染めている。
その瞬間、一体のスライムがⅤの足に纏わりつき、体勢を崩す。蹴りつけようとしたときには完全に足を取られ後ろに倒れていた。だが痛みは感じない。その代わりにべちょり、と背中に、肩に、頭に、髪の毛に、不快な感触がⅤを襲う。
「ぐっ…」
脱出を試みるが、ねちょねちょと形を持たないそれらに為すすべもなく呑まれていく。冷たくもどこか生ぬるいそれらに背中が群れ為す感覚がⅤを襲うが、もう抵抗することすらできない。不意に口に何かをねじ込まれた。喉奥までそれは口腔内を犯すと、ずるりと抜かれ、再びねじ込まれる。
呼吸を奪われもがくⅤがそれにわずかに噛みつくと、スライムから何かぎりぎりとその身に似合わぬ機械のような音がしたかと思った瞬間にⅤの痩躯を絞めつけた。
「やめろ…っ!」
更に別のスライムまでⅤにのしかかると、Ⅴの下腹部を撫で上げるように刺激する。さらには後ろにも回って、先ほどブラシに貫かれたそこを抉じ開けるように侵入する。腹の中に冷たい感触が響いてその意思とは無関係に悲鳴が漏れる。
「あああッ…! いやだ、いや…っ! ひっ!」
情けない自分の声にすら嫌悪感を覚えるが、ぬるぬると体内を蹂躙するスライムにされるがままに喘がされることしか今はできない。動くたびに、スライムが肌を這うたびに敏感になりすぎた体がいやらしく跳ねる。
絶頂が近いことを察し無意識に唇を噛む。
「ふ、う…っあ、あ、あ…!」
達したことに気がついたのはそれから少し経ってからだった。虚脱感がⅤの思想を犯し、ただ甘い何かがⅤの脳内を満たす。一瞬でもそれが心地よいと思ってしまった自分が厭で厭で仕方ない。
それから何度Ⅴは絶頂を迎えただろう。気がついたらスライムの一体が人のようなカタチをして、Ⅴの体に覆いかぶさってきたことだけは覚えている。ねちょりとした感触にまた背筋が群れなしたが、その異形の人型に後ろをこじ開けられたときは何かを期待したそこがまたひくりと蠢いた。
「や、また…っも、う、いやだ…」
首を振り抵抗するⅤのそれも虚しく、再びスライムの硬くなった性器状の突起がⅤを貫く。柔らかなスライムとは思えないほど激しく揺さぶられ、Ⅴの意識は何度も飛びそうになった。チカチカと目の前が光る感覚に怯えもがくがその手はなにも掴むことができない。何度も達し、達され、Ⅴの体はとろとろにとけるように力を失ってしまった。さらさらと流れるようにスライムが消えたことに気がついたときには、完全にその体は快楽に負け、びくりびくりと震わせることしかできなかった。なんとか体を起こす。もうその体は熱に浮かされひどい離人感に駆られている。
「ふっ……」
なんとか死なずには済んだようだが、自らのあまりの痴態に精神が先に死んでしまいそうだ。それでも追うしかない。立ち上がるとそのまま目が眩んで倒れそうになるが、なんとか壁沿いを伝って目の前の階段を少しずつ降りていった。